01 真夜中のギター(前編)

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へえ、めずらしい。

 

疾走していたバイクを止め、その辺りで少し休憩するのは初めてではなかった。

 

夜中の河川敷、梅雨どきでも思わぬ冷えた川風が吹き抜け、

空と川がひらけた景色に、気分がすっとする。

 

降ったり止んだり、照ったり翳ったり。

紫陽花の色みたいに気分屋の梅雨空のもと、

濡れない場所を求める者は、路上生活者、人目をしのぶ男女。

 

さらには、常にうるさいと文句を言われ続けている「音」を奏でたい者たち。

そんな者のたまり場が、人家からかなり離れた、その橋の下らしい。

 

どうやって運び込むのか、週末ごとに立派なドラムセットを持ち込む男が現れ、

それほど上手いといえないドラムの騒音に、段ボールハウスの住人たちは引っ越し、

カップルは逃げ出し、土手を走るランナーや犬の散歩をする者が、

ほんのひととき、珍しさに足を止めるばかり。

 

そのうち、ドラムばかりではなく、朗々とつんざくトランペット、

じゃかじゃか・・と時雨のような音をかき鳴らすギタリスト

時にコンクリートへの響き具合を試した、オカリナ奏者の澄んだ音色まで混じる。

 

日によって、どんな音が流れてくるのか決まっていないが、

週末の橋架はまるで、ライブのリハーサル場のように、

聴衆のいない演奏がかならず流れているようになった。

 

 

フルフェイスのメットを外して、川風に髪をなぶらせ、

濡れない場所にバイクを停める。

濡れた路面での走行に緊張し続けたせいか、少しふらつく足元を気にしながら、

コンクリートの橋下へ降りて行く。

ここの床面は夜目にも白っぽく乾いていた。

 

今夜、演奏していたのは、ギタリストだ。

土手でしばらく聞くと、とんでもなく上手い。

 

生では聞いたことがないほど、巧みな演奏に興味を惹かれ、

いつになく土手まで下りて、コンクリートの地面に降り立ってみる。

 

完全に橋下に立つと、演奏する音が辺りの橋げたに反響し、

4チャンネルスピーカーのような効果を出して、

体全体にサウンドが戻って来る。

 

なるほど。

これなら、ちょっといい気分にひたれるかもしれない。

 

この場所の特性に感心し、しかしこれ以上、

演奏者には近寄らないように、一定の距離を置く。

 

 

ギタリストは黙々と演奏している。

チェックのシャツに、こなれたデニムを履き、

もしゃもしゃした髪がギターを奏でる度、ほわっと揺れる。

 

向かいの、ちょっと離れた橋脚にしゃがみ、

自分は聴衆ではなく、単なる休憩の片手間に聞いているに過ぎない、

という格好をつけていたが、演奏があまりに巧みなので、

つい引き込まれてしまう。

 

弾き手もこちらの存在を意識したのか、

流れるようなアルペジオを多用した切ない曲や、

ノリのいいRBのリズムを刻む、シンプルなロックンロールを奏で出すと、

好きなサウンドだけに知らんふりができなくなった。

 

知っている曲も、まるで知らない曲もあった。

 

ギターワークの印象的な曲をいくつか流した後、

低い口笛を吹きながら、特徴あるイントロを奏でると、

今夜初めて聞く声で「Let It Be」を歌い始めた。

 

ヴォーカルもうまい。

低く甘い声が、夜の風に乗ってどこまでも伸びる。

梅雨時の分厚い雲を吹き払うように、澄んだ声が流れ終わると

思わず拍手してしまった。

 

ギタリストはほんのわずか首を傾けて、拍手に応えたが、

その後はだまってギターを肩から下ろし、ケースに仕舞い始めたので、

思わぬ長居をしたことに気づき、こちらも立ち上がる。

 

コンクリートの橋の影から出て手のひらをかざし、夜空をうかがうと、

さっきまでちらついていた小雨が、今は止んでいる。

 

暗く煙る川の向こう岸、遠いビル群のてっぺんには赤い航空灯が光っていた。

 

星でもあるかと、どんよりした雲の切れ間を探したが、ない。

橋の上を通る電車もなく、そろそろ真夜中に近いだろう。

背を向けて土手を上り始めると「よう!」と、よく響く声がかかった。

 

ふりむくとギタリストがケースを背中にしょい、

タバコを吸いながら手を挙げている。

骨張った、大きな手だった。

 

「よかったら、いっしょに一杯やって行かないか?」

 

どう返事しようか迷ったが、小脇に抱えていたメットを掲げる。

 

「バイクか・・・」

 

こちらを見て目を細めると、ふうっと煙を吐き出した。

 

返事をしかねて立っていると、ギタリストがこっちへ近づいて来る。

顔がわかる程度に近づきそうになると、背を向けて土手を上りきり、

バイクの場所に戻ろうとした。

 

「おい、待てよ。」

 

停めてあった場所に着くと、ギタリストが追いついてのぼって来た。

急いでメットを被る。

 

「聞いてもらった礼に缶ビールでもと思ったが、バイクだとまずいか。」

 

メットを被ったままうなずくと

「最近は取り締まりが厳しいからなあ・・」のつぶやき。

 

体つきは細身だが、肘までまくりあげたシャツの腕は意外に太い。

目尻にちょっとしわができた笑顔がどこか不敵で、いい面構えだった。

 

メット越しに笑い返しても相手には見えないと思いつつ、

つい微笑んでしまう。

 

フルフェイス越しにそれが見えたとも思えないが、

「あれ、もしかして・・・?」

と疑問のつぶやきが聞こえた。

 

ふつうなら、こんな時、まず絶対にメットを取らない。

だが、何となくこのギタリストには親しみを覚えて、タネあかしをしたくなり、

勢い良くメットを引き抜き、大きく微笑んだ。

 

ほう・・・・!

 

ギタリストは目を丸くして、口をすぼめている。

驚かせてやったのが面白くて、気分が良かった。

 

「女性ライダーだったのか。」

 

かっこいいな・・・。

 

こちらを眺めてつぶやく顔が、ちょっと意味深になる。

アブナイ目線とも思えないが。

 

こちらは、ひと目で女とわかるスタイルはしていない。

 

革のライダースジャケットは、体にぴったり沿うデザインではないし、

髪も伸ばしてないから、ちょっと見だけでは、わからない筈。

人気の少ない河川敷での単独行動で、

つまらないトラブルを引き寄せたくない。

 

「ギター、よかった。」

 

声に出して、ほめると、ギタリストは照れ臭そうに下を向いた。

 

「いいもの聞かせてもらった。ありがとう。」

 

重ねて言い、背中を向けようとすると、

ギタリストがあわてて、手を挙げ、

 

「なあ、こんなこと言うのは図々しくて気がとがめるんだが・・・」

 

いぶかしげにギタリストの顔を見る。

 

 「ちょっとだけ、俺を乗せてくれないかな?」

 「・・・・」

 「こんな場所で、あんたみたいな女性ライダーに遭ったの初めてだし、

 俺のギターほめてくれたし・・・。

  何と言うか、もう少しだけ、一緒の空気を吸ってみたい。

 ダメかな。」

 

 

唐突な申し出だった。

タンデムは時々するが、それほど得意じゃない。

まして、こんな立派な体格の男を後ろに乗せたことなんか、なかった。

 

「バイク乗ったことあるの?」

 

あるある・・・一時はかなり乗ってた。

 「だから、ちゃんとコーナーもついて行くし、大丈夫だ。

 これ、250?」

「ああ・・・。」

 

どうしようか考えたが、ギタリストが懐かしそうにバイクをなでる手つきを見て、

ちょっとだけなら・・と言う気持ちになっていた。

 

シートの下から予備のメットを出し、ギタリストに差し出す。

一気に、くしゃくしゃの笑顔になった。

 

「おおお、ありがとっ!

 ノーヘルが警察に見つからないように、河原でも流してもらうつもりだったけど、

 これなら大丈夫だな。」

 

だって、ヤバい目に会うのはこっちだから・・・。

 

今度こそ、メットをしっかり被って顎まで引き下ろす。

男が被り終わるのを待って、土手の道までバイクを上げた。

 

先にまたがって軽く後ろをふりむくと、男が乗って来た。

ずうんと車体が沈むのが感じられる。

 

「手をかけていいか?」

「どこに?」

「あんたの体に」

 

ははは・・と、笑い飛ばしてみせた。

 

「つかまってくれないと一体になれない。

 遠慮は要らないから、しっかりつかまって。

 でも・・・」

 

男の手が腰に回ったのを感じてから、付け加えた。

ギターを弾いていたあの、いかつい手。

 

「変なとこさわったら、振り落とすよ。」

 

今度は後ろから笑い声が聞こえた。

 

OK、邪念を捨てて乗るよ。」

 

 では出発!

 

スロットルを全開にして、踏み込む。

重い!いつもの車体の感じとまるで違う。

自分の体重が倍に増えたみたいだ。

 

重さとハンドル操作に慣れるまで、すこしゆっくりと走ろう。

頭の中の地図に、指で太い線を描くと、

その線に沿って大まかに走り出した。

 

2 Comments

  1. あらっ♪
    一周年、おめでとうございま~す!
    えっと…さまよう…似たもの同士?
    あんなさん、美術とか…音楽系のお話が…
    すっごく…私の知らない世界なので…
    いつも、招待状をもらったような気分になります。
    次、待ってますね~❤

  2. rzちゃ〜ん、ありがとう!
    >一周年、おめでとうございま~す!
    いえいえ、何しろ、4日も遅れて出したもので(恥)
    読んでくれてありがとう。
    >えっと…さまよう…似たもの同士?
    うふふ、rzちゃん、知ってるね(笑)
    タイトルは時々、頂いてくることがあります。
    「裸でごめんなさい」はフランス映画。
    「セピアの宝石」はチョコの商品名。
    ここはぜひ、歌のタイトルからもらおうと思ってた。
    >美術とか…音楽系のお話が…
    >すっごく…私の知らない世界なので…
    >いつも、招待状をもらったような気分になります。
    わたしも門外漢ですが、興味があるの。
    体育会系じゃなく、完全文化系(笑)
    なんてことのない話だけど、後編も読んでね♪

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