02 真夜中のギター(後編)

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こんなふうに、また風に乗れるなんて・・・。

 

 

マズいところに手が触れないよう、気を遣って捕まりながら、夜空をあおいだ。

 

ぶあつい雲が覆って、星ひとつ見えないけれど、

こっちが流星になって奔っているみたいだ。

体のおもてをなでる風、メットを持って行かれそうになる感覚、

1瞬で景色が線と面に変わるスピード。

 

最高だ。

 

バイクに乗るのは、ひさしぶり。

まして女の後ろに乗せてもらうなんて、生まれて初めてで、

我ながら、よくもあんなことを提案できたもんだ。

 

つかまっている背中から、時折、革の匂いが立ちのぼる。

 

河川敷で見かけたときは、細身の若い男だと思ったが、

黒革に包まれた小柄な姿を見た瞬間、どこかアンバランスな印象を覚えた。

 

誰にも聞かせるつもりはなかった。

 

久しぶりに外の空気の中、たった1人、自分の音を聞いてみたかった。

はるか昔、スタジオ代も払えないとき、ここで朝までギターを弾き、

川に向かって歌ったりもしたから。

 

聞いているのは、川風とホームレスのおっちゃんくらい。

「兄ちゃん、眠れないよ」と苦情も言われたが、

そのうちあきらめてくれた。

ジョギングや、犬の散歩をしている人は、うさん臭そうに避けて通った。

 

好きな曲、得意な曲、懐かしい曲・・・・。

手の覚えている限りのヤツを片っ端から弾いていると、土手から降りて来た人影。

 

聞き手なんか要らないと思っていたのに、

いざ現れると、ぜひともちゃんと聞いて欲しくなった。

弱っちいもんだ。

 

 

 

どこへ連れて行くつもりなんだろう。

 

肩越しに見る深夜の国道は、

昼間とちがい、上下6車線、がらりと視界が開けることもある。

閉じた街並を両脇に見て、背中から彼女の動きについて行く。

 

俺を乗せたら重いだろうに。

ハンドル操作もぐっとむずかしくなるはずで、そのせいかスピードは抑えめだ。

 

途中で国道を逸れ、水辺の方に向かう。

桜並木で有名な公園の周回道路を飛ばし、

交番のある箇所では少々、スピードを落とす。

 

手慣れたもんだ、毎日バイクに乗っているんだろうか。

 

初めて会った女の背中にくっついているのに、

まるで違和感がなく、それどころか無性にうきうきする。

 

そりゃ、そうだよな。

どう見ても俺よりかなり若い女性に、ぴったり密着しているんだから。

 

ほんの少し、彼女より早めにコーナリング体勢に入り、

背中から包んで動きを誘うようにすると、素直にそのまま倣ってきた。

 

胸と腹から伝わる体温と、体の外側を撫でるひやりとした風を同時に感じ、

ハンドルを握る者と一体になって夜の街を滑る。

 

気持ちいい。

 

たまに交差点でひっかかって止まると、足元から熱気が這い上る。

 

懐かしい・・・。

 

いつまででも乗っていたいくらいだが、風を直に味わいたくて、

口を開けたせいか、無性に喉が渇いて来た。

 

女がぐるっと一回りして、また川に戻る気配を感じると、

 

「なあ」

 

ヘルメットがほんの少し後ろに動いたので、聞こえているのがわかった。

 

「喉が渇いたんで、その、ちょっとだけ・・・」

 

軽くころがるような笑い声が聞こえ、信号が青に変わると

一気に川へ続く道へなだれ込んで行く。

 

俺としては、どこかのコンビニにでも寄って、と思ったんだが、

彼女は違うようだ。

 

少し行ったところの、川べりの駐車場に並んでいる自販機の前に

バイクがいきなり停車した。

 

お、ありがと。

 

ほんのわずかのツーリングなのに、足がちょっとふらつく。

バイクから降りて、自販機の前に行き、ドレを買おうか迷った。

 

俺だけビールってわけにも行かないよな・・・

 

小銭を入れて彼女に「何にする?」

問うと「冷たい水」と返ってきた。

水を買って、バイクを停めた彼女に投げてやり、

自分も水のボタンを押そうとすると

 

「ビール飲みたいんじゃないの?」

 

笑いを含んだような声で言われてしまった。

 

「それはまあ、そうだけど・・・。

 乗せてもらっている身で、俺だけってわけにも」

「遠慮しなくていい、無理しないで。だからココに停めたんだから。」

 

カッとペットボトルのフタを開けて、もう勢い良く飲んでいる。

 

じゃあ、遠慮なく・・・

 

ビールのロング缶を買い込んで、すぐにプルリングを引き上げる。

喉を通り抜ける冷気に、ううむ、と思わず声が出る。

 

これじゃ、まるで親父みたいだ。

だいたい俺が運転していたわけでもないし・・。

彼女を見ると、何となく笑っているようだ。

 

 「悪いな・・・」

 

笑い声を含みながら、彼女が首を振る。

それから、何となく連れ立って川辺に寄った。

 

梅雨時の川水はたっぷりとたたえられ、流れも速い。

星のない暗灰色の空をそのまま映し、

土手をはさんで上下シンメトリーな景色を見せている。

 

俺と彼女は、川べりの階段の上に並んで座った。

背中のギターを下ろす。

 

「お疲れさん・・・」

 

缶ビールを彼女のペットボトルにぶつけて、乾杯のマネをした。

 

「うまい!いや、悪いな、俺だけ」

 

飲み干すビールがあんまり旨いので、ついつい詫び言が出る。

彼女はまた笑ったが、

 

「そんなに言うなら・・・」

 

俺は、隣を向いて次の言葉を待った。

 

「ビールより酔わせる奴を聞かせてよ。」

 

ふむ。

 

彼女のペットボトルは半分以上カラだ。

 

「それが支払いなら、断るわけに行かない。」

残りのビールをあおると、後ろに置いたケースを開いてギターを取り出した。

 

ぼろろろろ・・・

「何がいい?」

 

彼女は少し考えるようだった。

眉のやや太い、目鼻立ちのくっきりした顔立ち。

いったい幾つくらいなんだろう。

 

「うんとファンキーなやつと、スローなやつ。

 終わったあとも、ずっと耳に残るような・・」

 

OK

ぼろぼろろん・・・

 

「じゃあ、あんただけのために。」

「あんたって呼ばれるの、好きじゃない。」

 

そんなら・・・。

照れ隠しにギターをいじる。

 

ぼろぼろぼろ・・たたたた・・。

 

「名前を教えてくれるか?」

 

目の前の唇が一瞬、きっと結ばれた。ふうっとすぼめて息を吐く。

 

「あおい・・・・」

「あおいって花の?」

 

答えずにほんの少し、首をふる。

 

てぃたらた、てぃたらた・・・・。

つい手が動いて、つま弾いてしまうが、俺はうなずいた。

 

「では『葵』のために」

 

タタタ、チャッチャッチャチャッチャッ・・・。

 Shake it up, baby, 

 Twist and shout.

 C’mon c’mon, c’mon c’mon baby, now

 Come on and work it on out・・・♪

 

 

ビートルズの「Twist & Shout」をここまで歌って、急に歌い止めた。

 「どうしたの?声がでないの?」

 

大きく目を見開いた葵の言葉に苦笑するが、「いや」と首を振る。

 

「昔、この歌を夜中に歌って、おまわりに注意されたのを思い出したんだ。

 確かにファンキーだが、深夜にこの歌はマズい・・・

 別のナンバーにしよう・・」

 

ぼろぼろろん・・

ジャカジャカ・・・

 

When the night has come

And the land is dark

・・・・

Just as long as you stand

Stand by me, so

Darlin, darlin・・・

 

「スタンド・バイ・ミー」。

今、傍らに座る人へ歌が届くように。

俺に風と温もりを同時にくれた人に、感謝をこめて。

 

歌っている間、葵は最初、みじろぎもしなかったが、

そのうち、手のひらでひざを小さく叩き始めた。

歌い終わると、くっきりした目を細めてうれしそうに微笑んだ。

俺もうれしくなる。

 

ぐんとギターの音を抑えて、ほんのわずかなリズムの背骨にする。

 

♪ずっと道にまよってた

 ずっと何かを探してた

 だけど君を見ただけで、もうわかった

 昔と同じ瞳で、僕をみつめてくれる

 なつかしくて、手がふるえてくるよ

 

 君に歌をうたっていいかな。

 もういちど、隣にすわっていいかな

 こんどこそ、好きだと言っていいかな

 ねえ、答えてくれないか・・・

 

葵は固まったように聞いてくれた。

終わるとふっと横を向いて、空を仰いだ。

 

気に入った?と聞きたくなるのをぐっとこらえ、

黙ってギターをなで、そっと音を消して行く。

 

「あなた・・・プロだね。」

 

葵がこちらを向いて言った。

何も答えなかった。もちろん、それが答えだ。

 

「今のうた、どこかで聞いたことがあった。

 ずっと前だけど・・・」

 

そうだ。もうずっと前になる。

あれから色んな人の前で歌って来たけど、ひさしぶりに今夜は俺の歌が風に乗って、

誰かの胸まで届いた気がする。

 

「よかったよ、すごく・・。ありがとう。」

「こっちこそ・・・いいツーリングだった」

 

答えて手を差し出すと、葵が手を握ってくれた。

ひんやりと冷たいがしなやかな手だった。

 

そのまま放さずに少し、お互い見つめ合っていた、と思う。

黒い目が夜露の葉っぱみたいに濡れているのがわかると、

俺は何と言っていいのか、迷ってしまった。

 

葵の表情がかすかに動いて、するりと立ち上がる。

 

「じゃね。どうもありがとう。

 おやすみ・・・・」

 

俺はまだギターを抱えたままだった。

そのせいで、一瞬、体を起こすのが遅れた。

 

葵が背筋を伸ばして、駐車場に停めたバイクに向かって歩いて行く。

背中から、いくじなし、と小さく嘲られた感じがした。

 

「待てよ・・・」

 

立ち止まって振り向く。

駐車場の常夜灯で、葵の影がうすく長い。

 

「また会いたくなったら、どうすればいいんだ?」

 

きらっと、葵が頬をゆるめた。

ジャケットの胸ポケットを探ると、何やら取り出し、

きれいなテイクバックで、俺に投げて寄越した。

 

紙マッチ。

 

「あなた、タバコ吸うでしょ?それあげる。

 そこに連絡して・・・」

 

またすぐ、向こうを向いてしまう。

俺から逃げようとしているのだろうか。

 

「俺は恭一朗。黒木恭一朗だ。」

 

キョーイチロー・・・・。

ふり向いた葵が大きな声で、繰り返した。

 

「おやすみ、恭一朗・・・。またね」

 

後ろ向きに歩きながら、笑顔で手をふってくれた。

俺はギターをつかみながら、手を振り返す。

ほどなくエンジンの音がして、すぐそばから風が飛び立って行った。

 

常夜灯に近づいて、手元のマッチを見る。

 

BAR – DAL 0044

 

 また、会えるよな。

 

 

5 Comments

  1. う~ん…素敵!
    ヨッ!あんなちゃんのおしゃれ泥棒!
    そうか~あたしもバイクに乗れるようになって…
    夜の韓江でも流してみると…
    こんなオイシイことが、あるかもしれないのね♪
    あたし行きつけのBARだし…
    よし、ガンバロ!

  2. う~ん…素敵!②
    この二人が、ギターの調べにまかせ、バイクで風に乗るように、
    私はAnnaさんの筆の流れに身をまかせる。
    >どこへ連れて行くつもりなんだろう。
    と、ふと思いがよぎることもあるけれど、
    いつのまにかまたこの心地よい流れのままに読んでいました。
    >聞き手なんか要らないと思っていたのに、
    >いざ現れると、ぜひともちゃんと聞いて欲しくなった。
    >弱っちいもんだ。
    別にどうとはないのかもしれないけど、どことなく屈託を持っていそうな恭一朗。
    >無性にうきうきする 
        なんて無邪気を装っていたのに
    >ぴったり密着しているんだから
        と、しっかり男している。
    >背中から、いくじなし、と小さく嘲られた感じがした。
    いい出会いですね、恭一郎くん。 
    >ほんの少し、彼女より早めにコーナリング体勢に入り、
    >背中から包んで動きを誘うようにすると素直にそのまま倣ってきた
    バイク乗ったことないけど、こういうのいいですね。
    恭一郎、「BAR – DAL 0044」は居心地のいいところよ。
    私も通っているから、また会いに来てね。
    Annaさん、素敵な夏の一夜をありがとう。
    Dal0044、1周年おめでとうございます。
    来るのが遅くになりましたので、この場を借りてご挨拶。
    &Dalの皆様、はじめまして。
    今までずっとROMっていましたが、これからは一緒に遊んでやってくださいませ。

  3. rzちゃん、ありがと〜!
    いきなり後ろに乗せろって言われたら、置き去りにして逃げるよね。
    でも、ミニステージの後だったから(笑)
    古来より、歌のうまい男はいい目を見る。
    >そうか~あたしもバイクに乗れるようになって…
    >夜の韓江でも流してみると…
    すうっと赤いフェラーリが伴走してきて、
    ウィンドウがす〜っと開いたりして(笑)
    「こっちにも、ちょっと乗ってみませんか?」なんて。
    rzちゃん、フェラーリ、後ろは超狭いからね!
    >あたし行きつけのBARだし…
    へい、毎度ごひいきに。

  4. tamasuちゃん、いらっしゃい〜!
    レスをどうもありがとう。
    一周年のお祝いも、確かに受け取りました。
    ぼっちぼちペースの面々ばかりなので、ごゆっくりおつきあい下さい。
    ちょい若向けのコミックで「荒川UNDER THE BRIDGE」
    ってのがあるんですが、荒川河川敷に住む、変な面々の話で、
    河川敷ブームかな、と(そんなのない)
    河川敷の橋下に、週末ドラムセットを持ち込む男性や、
    オカリナ男性は実在し、もちろんギターを弾いている人も見かけます。
    あんまり派手にやると目立っちゃって、
    お巡りさんの取り締まり対象になりますが、
    ちょっとなら・・・ね。
    >>弱っちいもんだ。
    >別にどうとはないのかもしれないけど、どことなく屈託を持っていそうな恭一朗。
    鋭いな。
    恭一朗はノーテンキというより、ちょっと屈託ある男です。
    ミュージシャンなんて、浮き沈み激しいし・・。
    >>背中から、いくじなし、と小さく嘲られた感じがした。
    >いい出会いですね、恭一郎くん。 
    うふふ、こういう女性の「心の声」を拾える男は
    モテますよねえ。
    今回は、出会いが「線」につながるかな。
    また、バンバン遊びに来てね〜!

  5. うぉ~~~!!
    最後にこんなオチがあるなんてぇ~~~!
    すっごくかっこよくてスマートで、ほれぼれするようなお話でした。
    うぅ~~ん、とにかくかっこいいな。
    dalの記念日にこういうの持ってくるなんて、あんなちゃん、粋な人だね。
    いいもの読ませてもらって、いいひとときでした。
    サンキュです!!
    このギタリスト、誰かモデルがいるのかな?

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