05キリギリスの誓い

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田山とは当初、駅ビルのティールームで会う予定だったが

「どうせなら、晩飯を付き合ってくれませんか?」

という願ってもない申し出があり、メールで場所を知らせてきた。

 

 

田山の指定した店は、上野、不忍池近くにある鰻屋である。

江戸時代から続く老舗で、美鈴でも名前を聞いたことがあった。

 

確か、大通り沿いに本店があった筈だが、

公園のこんな外れにも店があるのは知らなかった。

 

秋のことで、早くも小暗い坂をのぼり、角を曲がって

提灯に照らされた店の前に立つと、

江戸時代へトリップしたような感覚を抱いた。

 

あたりはひっそりと静まり、店前の細道を行く人も限られていて、

隠れ家に来たような印象を受けたが、

中へ入るとりっぱなお座敷や個室がいくつもあるようで、大層な規模である。

 

田山の名前を通すと、外に面した席に案内された。

ひさしに割り竹がならび、席のまわりに竹垣が結い回してある。

 


「特にこちらを、と言うご指定でしたので、このお席をご用意させて頂きましたが、

 お寒いようなことがありましたら、すぐおっしゃって下さいね。

 毛布もございますので・・・」

 

落ち着いた物腰の仲居さんがお茶を出しながら、笑顔で申し出てくれた。

 

「はい、そうさせていただきます。」

 

美鈴はそう答えたが、肌寒さより、清々した空気がうれしく、

外の席を選んでくれた田山に感謝した。

 

店の中を通る際、賑やかな話し声が聞こえたが、どれも中国語だ。

ここにも中国人団体客がいるのか、と思い、少々戸惑った。

 

そのうち、英語の通訳より、中国語の通訳の方が仕事が多くなるかも。

 

聞こえて来る元気のいい笑い声に、美鈴はため息をついた。

 

 

「やあ、お待たせしてすみません。」

 

待ちこがれた声がして、思わず美鈴は立ち上がった。

田山がニコニコしながら、美鈴の席へ歩いて来る。

低い竹天井に頭が届きそうで、本人も少し背をかがめている。

 

黒っぽいジャケットで凛とした様子は、パーティで出会ったときと変わらないが、

あの時より、ずっとくつろいだ表情だ。

 

「いえ、わたしも今来たばかりです。」

 

美鈴は田山を見ると、吸い寄せられたみたいに目が離せなくなった。

 

やっぱり、素敵な人だわ・・・

 

そんな視線には慣れっこなのか、田山は軽く微笑み返し、

 

「そろそろ肌寒くなってくる頃なんですがね。

 僕はこの場所が好きで、いつもわがままを言って

 外に席を作ってもらうんですよ。」

 

日が落ちてから急に暗くなって、賑やかで明るい店内とは打って変わり、

ここは葉ずれの音ばかり。

 

「あの・・・」

 

美鈴は少々ためらったが、ごく小さな紙袋を差し出した。

田山がそれを見て、目で尋ねてくる。

 

「先日、お借りしたボールペンです。

 あの時は本当に助かりました。

 ありがとうございます。」

 

ああ・・・。

 

メガネの奥で田山の目が優しく細められた。

 

「お役に立てたのなら良かった。

 使い心地はどうでしたか?」

 

「とても良かったです。

 きれいなだけじゃなくて、軽くて、とても使いやすいですね。」

 


そうですか・・

 

「では、これは山本さんにさしあげましょう。」

 

ええ?そんな、ダメです。

高価なものでしょうに・・。

 

美鈴はあわてて手をふり、紙袋をぎゅっと押し出した。

 

「これは元々貰いものなんです。

 僕はサインするのに万年筆を使うので、いつも予備なんですよ。

 山本さんに使ってもらった方がペンも喜ぶでしょう。」

 

そんな・・・

 

「このペンはあなたにお似合いでしたよ。

 熱心にお仕事されている手に金色が光って、とてもきれいでした。

 どうか、このまま使って下さい。」

 

 あれ、これは何かな?

 

田山の手が紙袋の奥に伸びた。

 

あ、恥ずかしい、こんなことになると思わなかった。

 


「あの・・・それ、実は人形焼きなんです。

 たまたま通りかかったので・・・つい。お好みもわからないのに。」

 

「へえ、うれしいな。

 僕、人形焼き好きなんです。

 あんこ入りですか?」

 

「実は餡なしなんです。男性には餡なしが人気だと聞いたので」

 

「それはすごい!

 僕は餡なしのヤツが断然好きなんです。

 ああ、この形、なつかしいな。」

 

田山の長い指は今にも袋を開けそうにしたが、なんとか思いとどまった。

2割増しになった笑顔を見て、美鈴はまた、どきんとする。

 


「では僕はありがたく、人形焼きだけ頂きます。

 ちょっとこちらへ。」

 

立ったまま手招きされて、美鈴は戸惑いながらそばへ寄ると、

田山は手に持ったボールペンを美鈴のスーツの胸ポケットに、

すらり、と挿した。

 

「これでもう、あなたのものです。」

 

飛び上がりそうになる美鈴へ満足そうな笑みを送ると、

竹垣の手前にある手すり越しに、ひょいと頭を突き出したので、

つい美鈴も、それに倣った。

 

大きな月が昇っていた。

 

ぽっかりと卵のような月が、竹垣に植えられたすすき越しに現れ、

暗く広がる夜空を背景に、まさに絵のような眺めだ。

 

「うわあ、大きい。」

 

ふふ・・・

 

「確か今夜は満月だと思いついて、ここにしたんですよ。

 どっからかタヌキが出て、腹鼓でも打ちそうな光景ですね。」

 

ススキと夜空の組み合わせは、江戸以来、いや、もっと前からの絶景だろう。

ここをひいきにした文人たちもあの月を見たに違いない。

 

「ええ、本当にきれいです。

 こんな月を見たのはひさしぶり。

 うれしい。田山さんに感謝しなくちゃいけませんね。」

 

美鈴の言葉に田山は笑って、

 

「僕が月を出したわけじゃないですよ。

 でも、喜んでもらえて良かった。

 さあ、お腹が空いてませんか。

 鰻の前に、いっぱいどうです・・・?」

 

美鈴と田山が小庭の端から伸び上がって、月を眺めている間に、

卓の上には色とりどりの小鉢や椀が並べられていた。

 

銀杏、紅葉の形をした生麩、白くほっこり煮含めた里芋に

揚げ物の籠脇には、小さな栗がいがごと添えられて、

秋の風情が料理いっぱいに込められている。

 

「さあ、どうぞ」

 

卓に置かれた白い徳利を手に、田山が眉をあげると

美鈴は抵抗できなかった。

 

「はい・・・頂きます。」

 

土の感触を残した猪口に、温かい酒を注いでもらい、

代わって徳利を受け取ろうとすると

 

「僕は自分でやりますから。」

 

田山はさっさと自分のに注いでしまい、乾杯、と目を細めて

お互いの猪口を持ち上げると、美鈴は何年ぶりかの日本酒を口にした。

 

おいしい・・・

 

美鈴のつぶやきに田山がまた微笑んで、徳利を持ち上げる。

 

「おや、山本さんはいける口ですか?」


「いえ、日本酒を頂いたのなんて、何年ぶりのことか・・・

 でもおいしいです。」

 

注いでくれる酒のうまさに、ついまた猪口を傾けてしまう。

田山は笑ったが、今度は注がずに徳利を置いた。

 

「料理もいただいてみましょう。」

「あ、はい。」

 

 

田山はもの柔らかで、話し上手だった。

仕事で出会う研究者の中には、口下手で自分の研究以外の話ができない者もいるが

田山はそうではない。

 

先日の学会での話を皮切りに、かいつまんで自分の研究を説明する合間に

さりげなく美鈴の仕事を質問し、問われるまま答えているうち、

すっかり美鈴はくつろいで、肩の力を抜いてしまった。

 

いい気持ち・・。

 

とろんとした気分で、秋草の揺れる影を見る。

飲み慣れない日本酒のせいで、どれほど自分が赤くなっているか、

確かめるのが怖かった。

 

ふと気づくと店の回りで一斉に秋の虫が鳴きさざめいている。

 

リーリー、コロコロ、コロコロ、すい〜っちょ、すい〜っちょ・・。

 

さっきまで静かだったのがウソのように、賑やかな草むらだ。

 


「山本さんは、虫が好きですか?」

 


コオロギの鳴き声を聞きながら、田山が訊いてくる。

 

「はい、嫌いじゃないです。

 大好き、という程でもありませんが、弟がいるので、

 小さいときは一緒に虫採りをしたこともありますし、

 鈴虫を飼っていたこともあります。」


「そうですか・・・」

 

田山はにっこりと美しく微笑んだ。

あまりに完璧な笑顔なので、今夜のことは全部夢で、

上野の森でキツネに化かされているのじゃないか、

とすら、思えてくる。

 

このごちそうは葉っぱで、座敷は荒れ野原で、

田山さんは・・・・。

 

目の前の田山をまじまじと見直す。

 

「キツネ」にしては、釣り目じゃないし、「タヌキ」みたいにタレ目でもない。

ただどことなく人間離れしたところがあるような・・・。

ああ、わたし、お酒を飲み過ぎたかしら。

 

「さ、鰻が来ましたよ」

「はい」

 

秋風に乗って漂ってきたのは、まさしく鰻の焼けた香ばしい匂いだった。

あれこれと頂いて、そろそろお腹がいっぱいになった気がしていたのに、

ここで登場とは。

 

重箱のふたを取ると、ぷうんと鰻の香気が鼻を突く。

鰻は江戸前の焼き方で、茶色の照りが誘うように光っている。

ひと箸、身に入れれば、ほっこりと柔らかく湯気が立ち上り、

箸でよそって口に運ぶと、御飯と共にとろけるようだった。

目を閉じると鰻独特の香りと味がすうっと鼻に抜ける。

 

ああ、おいしい!

 

「おいしいですか?」

「おいしいです!こんなおいしい鰻、初めて頂きました。」

 

それは良かった・・・・。

 

にっこりした田山が横を向くと、いつの間にか角刈りで白い板前服姿の男が、

すぐ傍に立っている。

 

「うまいってさ。鉄っちゃん。」


「おう、そら、うちは鰻やだからな。

 鰻の味には自信あんだよ。

 そいでも・・・」

 

板前姿の男は美鈴に向き直ると、にかりと笑顔を見せた。

 

「このお嬢さんみたいに旨そうに鰻食ってくれたお客は久しぶりだ。

 いや、料理人冥利に尽きます。ありがとうございます。」

 

美鈴に向かって豪快に頭を下げた。

 

いえ、そんな・・本当においしいから。

 

「はは、お嬢さんの顔見てたらわかります。

 やい、まこと、このお嬢さん、どっから、かっさらって来たんだよ?」

 

お、おじょう・・さん?かっさらって?

 

美鈴はさらに赤くなった。

 

「鉄っちゃんには教えらんないね。」

 

いたずらっ子みたいな顔で、田山が板前に言い返す。

 

「そうだ。遅くなりましたが、こちらここの若旦那。

 僕の幼なじみで鉄五郎です。」

「フルネームで呼ぶなってよぉ。」

「いいじゃないか、いよっ、テツゴロウ!」

「うるせえっ!」

 

美鈴は二人のやりとりに最初はびっくりして口を開けていたが、

 

「あの、私は山本美鈴と申します。」


「ヤマモトみすずぅ?どっかで聞いた名だなあ。」

 

鉄五郎は一瞬、首を傾げたが、すぐに笑顔に戻り、

 

「とにかく、まことの友だちなら歓迎さ。

 ゆっくりしてってください。な、お嬢さん。」

 

鉄五郎は最後に美鈴にウィンクをすると、背中を向けて去って行った。

 

美鈴はしばらくぽかんと後ろ姿を見送っていたが、驚きが去ると

 

「田山さんはこのあたりのお生まれなんですか?」


「正確に言うと生まれは違うんだけど、育ったのはこのあたり。

 鉄っちゃんとは小、中、一緒だったよ。」

 


美鈴は正直、下町のべらんめえ調でまくしたてた鉄五郎と

田山の少年時代がうまく結びつかなかったが、

本人が言うのならそうなのだろう。

 

こっちの目が奪われているせいか、田山は鰻を食べる姿まで優美だった。

 

 

 

—–

 

拍手スレにたくさんメッセージを頂きまして、

ありがとうございます。

個別にお返事できませんが、ぜんぶ読ませて頂いています。

キリギリスの扉絵は、今回もnonmamさんが作ってくれました。

 

           AnnaMaria

 

 

 

10 Comments

  1. 朝一、見~~っけ(^o^)v
    私もすっかり美鈴気分♪
    あまりにも嬉しい展開に
    『キツネ』や『タヌキ』が出てくる前に
    田山さん、実はキリギリスだったりして~って疑ってしまった(笑)
    かわいいべらんめえ口調の田山さんも素敵(〃▽〃)
    ミーハーにはたまらなく幸せな朝でした*^^*
    どうもありがとう~
    元気が出ます!
    続きがますます楽しみです♪
    では、行って来ま~す(^-^)/~~~

  2. キツネかたぬきに・・・・って気持ちわかります。
    私もそう思っちゃったもん!!!
    でもおいしい鰻は・・・本物だよ~~美鈴ちゃん!!!
    どっかで聞いたことがあるヤマモトみすずぅ~
    なんか気になります^^

  3. れいもんちゃん、忙しい朝にありがと〜〜!
    >田山さん、実はキリギリスだったりして~って疑ってしまった(笑)
    きゃははは・・笑っちゃった!「キリギリスの恩返し」
    夜の12時を過ぎるとキリギリスに戻っちゃう・・・
    ソレで書いてみるかな?
    なんて悲惨だわ〜〜!
    えっと助けたキリギリスを森へ、じゃなく、木に放してましたから、
    キリギリスが恩返しするなら、田山さんに。
    今後もよろしく〜〜!

  4. きみりんさん、
    >キツネかたぬきに・・・・って気持ちわかります。
    うふん、「化かされて」みたい(笑)
    >でもおいしい鰻は・・・本物だよ~~美鈴ちゃん!!!
    そうなのです。
    コレ書いたあと、鰻がむっしょ〜〜に食べたくなって困りました。
    ああ、モチベーションが食べ物って・・。
    >どっかで聞いたことがあるヤマモトみすずぅ~
    ふふ、漢字で書いてみるとわかりますよ「山本美鈴」
    知ってるかな?

  5. う~~ん、田山さんって、なかなか女性の扱いに慣れすぎてない?
    返してもらう気ないのに会う約束して、
    自分のテリトリーのところで食事して、
    んで「返さなくていい」って言って、さりげなく相手の胸ポケットにボールペンさしちゃうなんて・・・
    なんか、ここまで完璧にかっこいいオトコ、
    やっぱおかしいぞ。ほんとにタヌキだっていう結末かも~~!!
    あぁ、それでもいいや。こんなに幸せなひとときをくれるなら、
    ハッと気づいたら葉っぱのおさらにどんぐりが乗ってた・・・
    なんてことになっても許せるかもしんないなぁ~~(@_@)

  6. 先日観た月が目に浮かんできました。
    そして私も鰻が食べたくなっちゃったわ。
    もう田山さんたらやることが粋で
    やっぱり江戸っ子だからかしらん?
    そのくせ、ボールペンをスーツの胸ポケットに挿しちゃうなんて!!!・・・ここが今回のツボでした。
    さりげなく強引で
    でも美鈴ちゃんをリラックスさせて・・・・
    大人の上級者って感じ。
    これからどんな風に進展していくのか楽しみです。

  7. しーたちゃ〜〜ん、ありがとう!
    (遠いと声を張り上げなくちゃいけない気がして)
    >返してもらう気ないのに会う約束して、
    >自分のテリトリーのところで食事して、
    うふふ!なんか余計なことを口走りそうで、だまっときます。
    でも、彼にもちゃんと用事はあったんですよ。
    >ここまで完璧にかっこいいオトコ、
    >やっぱおかしいぞ。ほんとにタヌキだっていう結末かも~~!!
    きょああ、どうしょう〜!ばれたか?
    田山さん、どうする?お山に帰る?
    実は「キリギリス」説より、タヌキの方がいいような・・。
    「(彼が)寝床の中で一匹の巨大な虫(キリギリス)に変わっているのに気がついた・・」
    じゃあ、あんまりだものね。(じゃあ、タヌキならいいのか??)
    これからもよろしく。

  8. mamaさん、
    >先日観た月が目に浮かんできました。
    十三夜はダメでしたが、その後の満月はきれいでしたものね。
    >そして私も鰻が食べたくなっちゃったわ。
    そ〜〜なんです!
    わたしも鰻屋に走って行きたくなっちゃったの。
    あの「匂い」が嗅ぎたい、とろける鰻飯が食べたい・・。
    >そのくせ、ボールペンをスーツの胸ポケットに挿しちゃうなんて!!!
    うふ、気のある仕草・・ですねえ(笑)
    >さりげなく強引で
    >でも美鈴ちゃんをリラックスさせて・・・・
    ありがと〜です。
    美鈴が自分にのぼせ気味なのは、わかってるかもなあ・・・。
    どうでしょうか。

  9. 頑張ってる美鈴さんにとっても素敵なひと時ですね(*^_^*)
    ほんとに田山ん、完璧にかっこいいです!
    たぬき説とキリギリス説・・・
    どっちがいい、と言われれば私は“たぬき”でお願いします。
    >寝床の中で一匹の巨大な虫(キリギリス)に変わって・・・
    ひぇ~~!そんな恐ろしい・・「巨大な」ってところで想像してしまいました~~><
    でもね、このお話のタイトル「キリギリスの誓い」ですよね。
    やっぱり虫なのか? そうなのか?
    ・・・私、この先無事に読み進められるのだろうか・・・こ、怖い・・・(-_-;)

  10. ちのっちちゃん、こわごわ覗いてくれてありがとう・・・。
    >頑張ってる美鈴さんにとっても素敵なひと時ですね(*^_^*)
    こんなひとときがあれば、日頃の苦労なんて(笑)
    >どっちがいい、と言われれば私は“たぬき”でお願いします。
    そうでしょうねえ。
    ちのっちちゃんは、夏名物の○○が苦手だもんなあ。
    >>寝床の中で一匹の巨大な虫(キリギリス)に変わって・・・
    >ひぇ~~!そんな恐ろしい・・「巨大な」ってところで想像してしまいました~~><
    すみません『変身』じゃあ、ありませんから大丈夫。
    >・・・私、この先無事に読み進められるのだろうか・・・こ、怖い・・・(-_-;)
    大丈夫ですよ〜〜、たぶん(笑)

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