11キリギリスの誓い

遅くなってすみません。

 

kirigirisu_title.jpg

 

 

 

香ばしく入ったお茶を見て、美鈴はどら焼きを渡し忘れていたのを思い出した。

 

「あの、これ。こちらでは、めずらしくもないでしょうが・・・」

 

おずおずと差し出す包みを見て、

 

「さきほど、つねよおばさんにあげたんじゃなかったんですか?」


「実は、もう一包み買ってあったんです。

 間に合ってちょうどよかった。」

 

美鈴がなおも包みを押し出すと、田山が笑った。

 

「門番のライオンに肉を投げる。いいお手並みでした。

 あなたはいいライオン使いになれるかもしれない。

 ありがとう。では一緒に頂きましょう。」

 

 

 

 

渋茶と一緒にきつね色のどらやきを頂く。

それが悪いわけでは一向にないのだが、さっき、わたしたち、その・・・

 

美鈴は思い出して、一人で赤くなった。

 

田山は何の屈託もなく、分厚いどら焼きをきれいな手ではさんで、

ごく自然にかぶりついている。

いい男というものは、何を持っても決まるものだ。

胡麻せんべいをかじったって、絵になるに違いない。

 

わたしったら、何をバカなこと考えてるんだろう?

 

美鈴は、田山の前で大口を開ける気になれず、

ちょぼちょぼと割りとりながら、田山に見とれていた。

 

「美鈴さん・・・」

 

田山のとがめるような声で、はっと美鈴は我に返る。

 

「どら焼きより人形焼きのほうが、好きですか?」


「いえいえ、昔から、どら焼き好きなんですけど、ここのは格別に好きです。」


「そうですか。これにも作法があるんですよ。」


「え?」


「そんな風にちまちまと食べてはいけない。

 うさぎが餅をつきたくなるような満月に見立てて、こう・・・」

 

がぶっ。

 

勢い良く田山がどらやきに喰らいつき、太めの三日月にしてしまった。

 

まあ、うふふふ・・・


「ほら、笑ってばかりいないで、やってご覧なさい。」


さ、あ〜〜ん、と口を開けて・・・。

 

美鈴がついつられてぽかんと口を開け、

「そのまま、ぱくっ!」の声でかぶりつく。


「よろしい、よくできました。

 どらやきの食べ方には、僕から『A』をあげましょう。」

 

田山の目がきゅっと細まって、優しそうな笑顔になった。

美鈴は恥ずかしくてたまらなかったが、田山の気遣いがうれしくて、

さっきよりも大きな口を開きながら、どら焼きを食べた。

 

黄色い陽射しが斜めに部屋へ差し込んでいて、外に目をやると、

短い秋の日は早くも暮れかかっている。

 

柔らかな光が、年月に磨かれた壁や柱の木目を浮き出させた。

 

「いいおうちですね。」

 

湯呑みを取り上げた田山が、美鈴に目を向けた。

 

「そう思ってくれますか?」


「はい。何だか懐かしい感じがします。

 大事に手入れされて、きちんと住んできたような・・」


「このあたりでも古い家はどんどん取り壊されて、建て替えが進んでいます。

 ここも土地の形が複雑なので、道幅が狭く、万一火事がでても消防車が入れない。

 この家を壊したら、元の形にはならないでしょう。」


「庭の手入れもおばさまたちがなさっているのですか?」

 

赤や黄色に染まった木々を見ながら、尋ねた。

 

「もとはこんなに木が育っていなかったのですがね。

 母が体を壊してしまって、僕とふたり、ここに戻って来たんです。

 もともと活力のある人だったので、おとなしく寝ていられず、

 無理を重ねて、結局寝付いてしまいました。」


「それは・・・」


「紅葉する木はきれいですが、落ち葉の始末が大変です。

 何度も伐ってしまおうとしたらしいですが、

 病気の母が庭の景色をそれは楽しみにしていたので、

 結局、母の同級生たちが入れ替り立ち替わり、

 僕やこの家の面倒を見てくれたのです。」


「お母様はみんなに慕われていたのですね。」

 

どうでしょうか。

表面はともかく、本当はとても負けず嫌いでね。

 

田山は遠くを思い出すような目をしながら、苦笑した。

 

「みんな、この界隈で小さい時から一緒に育った、幼なじみですから、

 困っている者をほっとけなかったんでしょう。

 子どもの頃、僕はずいぶん、いろんな家でご飯を頂きました。」

 

そうなんですか。

 

「家に帰るときもかならず何かおかずを持たせてくれて。

 冷蔵庫の中にも、誰かが何かを勝手に入れて行くんです。

 それは今も同じですよ。」


「ええとつまり・・」


「おばさんたちにとっては、僕がどうしてもまだ子どもに見えるらしい。

 ひとりでここに暮らしていると、ろくなものを食べてないんじゃないか、

 と時々、猛烈に気になるらしくて、豆の煮物や、浅漬けなんかが置いてあります。

 ときどき、誰かとかちあったりするみたいですが。」


「田山さんには、育ての親が沢山いるんですね。」

 

美鈴がほほ笑みかけると、

 

「そのとおりです。

 だからどうも僕はおばさんたちに頭が上がらない。」

 

美鈴にも、下町レディース軍団の気持ちがわかった。

小さいときから神童で優しかった子を、親身になって見守ってきたら、

こんな卓越した美男に育ったのだ。

誰にとっても「自慢の息子」に違いない。

 

おかあさまは、あの・・・。

 

口に出してしまってから、立ち入ったことを尋ねすぎた、と後悔したが、

田山はほんの少し唇をゆがめると、

 

「下にいますよ。会ってくれますか?」

 

 

 

 

2階のぽかぽかした空気に比べ、1階はやや薄暗く、ひんやりとしている。

 

玄関右手奥の引き戸を開けると、清げな仏間になっていた。

鴨居の上に紋付を着た老女の写真があり、入って来た美鈴を直視する。

老女の髪はゆったりと丸髷に結われていた。

 

田山が仏壇の前に座り、美鈴を手招きした。

 

「あれが母です。」

 

美鈴はそっと正面に座り「お線香をあげさせていただきます」

線香に火をつけて鉦を鳴らし、目を閉じて合掌すると、仏壇の奥に目をやった。

 

きりりと和服を着込んだ、きれいな女性の写真。

おどろくほど、田山に似ている。

 

濡れたような黒い瞳と、整った鼻筋、やわらかな頬の曲線が、

往年の美人女優を思わせた。

 

「きれいなお母様ですね。」

 

田山はごく淡くほほ笑んだが、否定はしなかった。

 

「あちらは・・・」


「祖母です。こわそうでしょう?

 一度、ゼミの学生が遊びに来た時、酔っぱらった2、3人を

 この部屋に泊めたんですが、夜中に目が覚めると祖母ににらまれたって、

 青くなっていました。」

 

田山は笑って言ったが、美鈴は学生に同情した。

あのおばあさんににらまれていては、さぞ寝心地がわるかったろう。

 

写真は2枚だけ。他には古そうな箪笥がある。

お母様かおばあさまの嫁入り道具だろうか。

 

お父様は・・・と思ったが、それを尋ねる気にはならなかった。

病んだ母と二人、帰ってきたという事実だけで十分だ。

 

いったん仏間を出て、玄関を通り、居間のほうへ案内してくれた。

庭に面して黒光りする縁側があり、ガラス戸の向こうに、

下から仰ぎ見るように紅葉と桜がそびえ、

正面にもとりどりの花が咲いている。

 

「この座敷の端に布団を敷いて、縁側越しにずっと庭をながめていました。

 最初はさっきの『仏間』の場所に寝かせて居たんですが、

 すぐに起き上がって、こっちに出て来てしまうんです。

 それで仕方なく。

 襖を閉めないと玄関から丸見えなんですが・・・」

 

ああ、ここなら寂しくないかもしれない。

玄関に誰が来たかも、気配でわかる。

 

小さい田山が学校から帰っても、一番に気づけるだろう。

本当の理由はそれだったのではないかな。

布団に寝ながら、半日、田山の帰るのを待っていたのでは・・。

 

美鈴はかたわらの田山を見上げると、小学生くらいの姿を想像してみる。

 

『神童で、運動もできて優しいもんだから、もうもてて、もてて・・』

 

つねよおばさんの言葉を思い出した。

そんな息子じゃ、可愛くて仕方なかったろうに。

 

田山は、8畳ほどの居間の奥に閉じた襖を指さし、

 

「あっちが奥座敷とその隣が僕の寝室です。

 ご案内しましょうか?」


いえ・・・そちらは結構です。

 

美鈴が赤くなって返事をすると、田山は面白そうに見る。

 

「では、またの機会に」


またの機会って・・・。

 

美鈴がうつむいて当惑していると、ぎゅっと田山が手をつかんだ。

 

「あなたはほんとに可愛い人だ。」

 

ほほ笑んで正面に立ち、つくづくとまぶしいような視線を向けられると、

くらっと立ちくらみがしそうになる。

 

「この前、お会いした時、お付き合いを申し込みましたが、

 今日は返事を聞かせてくれますか。」


「は、あの・・・」

 

顔を背けようにも、体の前で手を握られているので逃げようがない。


「あなたも僕のことが嫌いでないといいんですが・・・」

「嫌いだなんて、そんな」

 

美鈴が驚いて、田山を見上げると、まっすぐに美鈴を見つめている、

一歩近づいてくると、

 

嫌いじゃないですか?じゃあ、望みはあるかな。

「僕はあなたが好きです。」

 

美鈴を捕まえていた手が、腕を通って髪を撫で、頬を包む。

甘い予感に美鈴が目を閉じると、柔らかく抱きしめられて唇が降りて来た。

 

全身が逆流しそうにざわめいている。

こんなに甘いキス、今日まで一度もしたことがなかった。

 

ほんのわずか唇を離す際、田山の柔らかい息が頬にかかり、

次のキスの合間に、美鈴は震えてしまう。

 

怖がらないで・・・。僕を怖がらないでください。

 

こぼれ落ちて来る髪を撫で、指で梳きながら、

何度も唇を重ねてくる。

うなじのあたりをかすめる指先に陶然として、体が熱くなった。

 

目を開けて・・・。

 

腕に包まれたまま目を開くと、すぐそばに田山の顔がある。

さっきのように、目が淡い金色に光っていた。

 

「田山さんの目・・・」

はい。

「ときどき、金色に光りますね。」

 

田山が両腕を回して、美鈴を腕の中に抱えこむ。

 

「気味が悪いですか?」

「いえ。とてもきれいです。」

 

回されていた腕がもう一度、柔らかく締まると、

力を込めてぐっと抱きしめられた。

 

ありがとう・・・。

「僕を好きになってください。」

 

そう囁いて、かすめるようなキスをする。

何度も何度も唇の端から端へ、そろそろと辿ると

するり、舌が入って来た。

親密な感触に、体の力が抜けそうだった。

 

もう、とっくに好きになってる・・・。

 

そう思いながら、美鈴も田山の体におずおずと両腕を回すと、

そっと唇が離れて、田山が見下ろしている。

 

「あなたの返事、聞こえたように思いましたが・・。」

「はい。わたしも好きです。」

「それは・・・うれしい」

 

思いがけないほど無邪気な笑顔を見せて、美鈴を痛いほど抱きしめる。

そのまま一つの影になって、二人、また最初からキスを繰り返した。

 

 

 

 

 

5 Comments

  1. ああ~、甘い~〃▽〃
    どら焼きより甘い二人~♪
    と、どっぷり浸っていたら
    >「田山さんの目・・・」
     「ときどき、金色に光りますね。」
     「気味が悪いですか?」
    え?!キツネ疑惑~?!
    それでも、いいか~
    田山さん、素敵すぎるからvv*
    アップがないので、ちょっと心配してました。
    どうもありがとうございます~

  2. あぁ、今回は「ライオン」ちゃんがいる。
    ご丁寧に、うさぎのどらちゃんは、「きつね」色にされているし。
    Annaさん、これはtamasu向けサービスでしょうか。うふふ、冗談です。
    で~、田山さんは、やっぱり何者なの(爆)
    >「ときどき、金色に光りますね。」
    今まで、恋する乙女の文学的表現なのかどうかと思っていたけど、
    本当にそうだったんだ。
    ふんわりした時間が流れていて、日曜の朝に読むのも楽しい。
    Annaさん、お時間のあるときのアップでいいですからね^^
    nonmamさんへ
    表紙、とってもかわいくて気に入っています。
    私も虫苦手なので絵にしていただいてどうもです。
    このきりぎりすはかわいいくて頭の良さそうな眼をしていて、いいですね。
    そして、この緑色がとってもきれいで素敵。
    童話の表紙のようで、このお話の「田山さんのまわりだけ別時間が流れている」世界にすっと入っていけます。
    本当に、この緑色、見るの楽しみにしています。ありがとうございました。

  3. いや~ん(#^.^#)あま~~い♡♡
    田山さんの甘やかさは、ただ者じゃありません。
    ・・て言うか、怪し過ぎて人間の男じゃない。と思わせます・・・
    前回のAnnnaさんのコメント
    >らぶえっちまでイケルだろうか?(笑)
    >もしそうなら、どんな形態となるのだろう??
    ・・・“どんな形態”?
    ・・・やっぱ人間じゃないんですね?
    すると、なんだろう? きつね? うさぎ?・・は目が金色じゃなくて赤だなあ・・・
    やはり、きつねか・・・ 
    ああ・・ダメ!>< すごい“形態”を想像しちゃいそうで・・・(@_@;)
    田山さん、やっぱり人間でいてくださ~~い><

  4. うぅ~~ん、なにかあるな・・・
    なんだろう・・
    こんなにも甘いシチュエーションなのに、
    なんかこう、開けてはいけない扉を開けてしまったのかもしれないぞくぞく感がただようのはなぜ?
    気づいたら美鈴は原っぱの中にぽつんとひとり佇んでいて、
    走り去る狐がふと振り向いて寂しそうに笑ったとか・・・
    んで、手にはどら焼きのはずが枯れ葉が2枚とか・・・
    まさかそんな話じゃないよねぇ~~(~o~)
    すこし前に、少年に化けたキツネと少女の切ないストーリーのお芝居を観たんだよ~。
    途中から毎回不思議な空気が立ち上るストーリー。
    毎回少しずつその空気の香りが違う。。。
    そんなふうで素敵です。
    次回の香りも楽しみです♪

  5. もう〜、風邪はひくわ、用事はふえるわ、なのに、まだ遊びに行っちゃって・・・。
    お返事遅れてすみませ〜ん!
    もっと言うならアップも遅れてます、すみません。
    ♥れいもんちゃ〜〜ん、
    >どら焼きより甘い二人~♪
    きゃはははっ、どら焼きに負けちゃいらんない。
    頑張れ、田山!
    >え?!キツネ疑惑~?!
    むか〜し「キツネ目の男」とかって話題になりましたね。
    しっぽがあるのか、ないのか・・(笑)
    心配してくれてありがとう!
    ♥tamasuちゃん、
    きつねいろの「うさぎや」ややこしいかな?
    tamasuちゃんに喜んでもらえるように「いきものがたり」できるかな。
    3人の婆は門番のイメージと、マクベスのイメージ。
    通ろうとするとぎゃいぎゃい、不吉な予言をする(笑)
    まあ、竹ぼうき持参じゃ締まりませんが・・・。
    >今まで、恋する乙女の文学的表現なのかどうかと思っていたけど、
    ううん、気のせいでしょう・・ほほほ。
    >Annaさん、お時間のあるときのアップでいいですからね^^
    ありがとう!では、遠慮なく〜〜♪
    nonちゃんにもメッセージありがとう。
    いつもわたしのワガママに付き合ってもらっているので感謝なのです。
    恥ずかしがり(??)なので(たぶん)お返事はこっそり。
    ♥ちのっちちゃん、
    >田山さんの甘やかさは、ただ者じゃありません。
    ・・て言うか、怪し過ぎて人間の男じゃない。と思わせます・・・
    うふふ、ハナシがウマ過ぎる?
    いくら婆付きって言ってもねえ(笑)
    >ああ・・ダメ!>< すごい“形態”を想像しちゃいそうで・・・(@_@;)’’’
    ふっふっふ、どんなケイタイを想像したのか、おばちゃんに言ってごらん・・
    ほれ、ほれ、ほれ〜〜(つんつん)
    しかし、きつねやたぬきはともかく、キリギリスはかなり難しいぞ。
    あちらはタマゴでしたね。
    >田山さん、やっぱり人間でいてくださ~~い><
    だいじょぶです!
    古来から異業種交流はあっても、そのときの形態は「ニンゲン」が多いようなので・・
    化けるんかな?
    ♥しーたちゃん、
    >こんなにも甘いシチュエーションなのに、
    なんかこう、開けてはいけない扉を開けてしまったのかもしれないぞくぞく感がただようのはなぜ?
    うっふっふ、開けてはいけない扉って案外近くにあるのかもね。
    で、そのまま「センとチヒロの角隠し」・・・。
    >気づいたら美鈴は原っぱの中にぽつんとひとり佇んでいて、
    走り去る狐がふと振り向いて寂しそうに笑ったとか・・・
    んで、手にはどら焼きのはずが枯れ葉が2枚とか・・
    おお、色々想像してくれてありがとう!
    でもどら焼きはほんまもんヨン。
    美鈴がキツネだとしても、葉っぱのお金で本物を買っちゃった(とか)
    >すこし前に、少年に化けたキツネと少女の切ないストーリーのお芝居を観たんだよ~。
    そ、そうか、悲恋だったのかな。
    わたしがむか〜し読んだのは、少女に化けたタヌキと少年のストーリーだった。
    自転車に乗りたくて、乗りたくて・・、でも、くしゃみしたらタヌキに戻っちゃったの。
    あの後、どうなったんだろうか。
    今、異業種交流のお話、盛んですもんね。
    こんど、本格的にそっちを考えてみようかな。
    セミとキリギリス、は難しいけど、カエルと大蛇の悲恋なんてどうだろう?

Leave a Reply

Your email address will not be published.


*