12キリギリスの誓い

kirigirisu_title.jpg

 

 

 

気がつくと、家の中はすっかり薄暗く、先ほどまで美しい彩りを見せていた庭も、

闇に沈んでしまった。

 

美鈴は田山の腕の中にいた。

どこからか洩れて来る微かな光で、愛しい人のきれいなあごの線に見とれる。

こんなにそばから見ているなんて、うそのようだ。

 

田山は居間の柱にもたれ、腕の中にすっぽりと美鈴を抱えながら、

低い声でささやき続ける。

 

「都市の生物環境をしらべるため、不忍池周辺も調査しています。

 地元住民の協力、つまり母の友人たちのネットワークで人を集めてもらってね。

 大昔からある池とはいえ、生息する生物はかなり変わってきていますから。

 世界に稀少な『ホットスポット』を守ることも大切ですが・・」

 

 

大事なことを伝えてくれている気がするのだが、

甘い声にうっとり聞きほれて、内容がさっぱり頭に入ってこない。

この体勢では、何を聞いてもダメだ。

 

腕から出て座り直そうと体を起こすと、不意に顔が近づいて

こめかみの辺に唇が触れ、体中がぶるっと震えてしまう。

田山が低い笑い声を立てた。

 

「ダメですよ。逃げようとしては。

 このまま聞いていてください。」


はい。

 

あごのあたりに指が走り、盗むように唇を重ねられると、

美鈴はまたも、ぐにゃぐにゃになった。

 

もう立ち上がれない・・・。

 

田山の肩にくったりもたれると、よいしょ、と田山が抱きしめる手を替えた。

優しく背中を撫でてくれる。

 

「上野は、もとは全部寛永寺の所有地でしたからね。

 都心の割には、かなり、いろんな生物が残っているのですよ。

 イノシシはいませんが、ハクビシンを見た、という話も聞きます。」

 

ハクビシン、て何だっけ?

田山の指が美鈴の髪を梳いているおかげで、思考力がゼロに保たれている。

 


「あの・・田山さん。」

「まこと、と呼んでもらいたいのですが。」


あ、はい。

 

田山のまなざしがついと美鈴に向けられた。

案の定、また目が金色を帯びている。

 


「では、まことさん。

 せっかく有意義なお話をしてくれているのに、

 これでは、まるで頭に入りません。

 手を離してくれないと・・」

 

ふ・・・む。

 

「嫌ですか?

 僕は、こうやって美鈴さんに触れながら、話をするのが丁度いいんだけど。

 話をしないでいると、どうにも・・・」

 

きゅっと美鈴を抱きしめて、さっきより熱いキスをした。

美鈴は返事もできなくなった。

 

「夢中になりすぎるので・・・」

 

はあ。

 

美鈴は田山を説得するのをあきらめ、おとなしくしなだれかかった。

 

もう、どうでもいい。

お話の理解も仕事の下調べも・・・。

 

は!下調べ!!

 

美鈴は今度こそ、と自分から田山の手首を握って、起き直った。

 

 

「たや・・いえ、まことさん。

 わたし、明日お仕事が入っているのです。

 それも環境関連のお仕事なんです。

 今日、教えてもらったおかげで、言葉の意味するところが

 とてもよくわかりました。

 でも、まだ全部資料が頭に入っていないんです。

 明日までに何とかしないと、仕事がつとまりません。」

 

 

満座の中で、訳が出て来ずに立ち尽くす恐怖は、

甘い抱擁をもしのぐものだった。

 

田山はじっと美鈴を見つめると、

 

「お仕事ですか。それでは仕方がありませんね。」

 

美鈴の体を起こして、うす暗い中で向かい合った。

 

「僕は美鈴さんと一緒に、夕食を食べられると期待していたんですが・・」

 

「わたしもぜひそうしたいのですけど、どうしても時間がなさそうなんです。」

 

情け無さそうな美鈴の表情に田山がふっと頬をゆるめた。

 

「では、あんまり無理を言ってはいけませんね。

 今日来てくれて、うれしかったですよ。

 また来てくれますか?」


「はい。きっと伺います。」


「約束してくれますか?」


「ええ、約束します。」

 

 

では、指切り・・。

 

田山が美鈴の手を持ち上げて、自分の指にからませた。

 

待っていますよ、美鈴さん。

はい。

 

田山の長い指と自分の小さな指がからまっているのを見ると、

何だか美鈴は泣きたくなった。

 

あまりにも、うまく行き過ぎて怖いみたい。

 

「そんな不安な顔をしないで下さい。

 帰したくなくなってしまいます。

 それでもいいですか?」

 

いえいえ、それは・・・

 

夢中で頭をふると、二人一緒に立ち上がった。

田山がどこかのスイッチに触れると、家の中にふわりと灯りが満ちる。

見上げると、黒い鉄に枠取られた照明まで、どこか懐かしいものだ。

 

 

「これ、素敵ですね」

「ああ、古いだけですよ。さ、足元に気をつけて。」

 

 

2階に置きっぱなしになっていたバッグ類を取って戻り、

玄関でコートを羽織ると田山もコートを手にした。

 

「駅まで送ります。このあたりは入り組んでいますし・・。」

「ありがとうございます。」

 

 

 

 

 

玄関の引き戸を開けると、すでに門灯が灯っていた。

庭の敷石に降りたところで、突き出していた枝に引っかかり、

バサッ、

楓の葉から露がこぼれかかる。

 

きゃあ・・・。

 

急に降ってきた冷たい滴に驚いて、美鈴は悲鳴を上げた。

 

「ああ、いけませんね。」

 

胸許からハンカチを出して、急いで美鈴の髪を拭ってくれる。

かすかな風でもあるのか、楓の枝が笑うように揺れ、

他の木々もさんざめいている。

 

美鈴がぼうぜんと木々を見上げていると、

 

こら!

 

田山が美鈴の肩先を払うようにしたので、

 

「な、なんでしょう?」

 

田山は薄暗やみでも目が利くのか、じっと楓の枝を見つめ、

何かを手で追っている。

 

「なんでもありません。美鈴さんは虫が好くたちですね。

 あなたに飛びつこうとした奴がいたので、追い払っただけです。」

 

ひゃっ!

 

「カマキリ・・あの、ヤン夫人かしら?」

「いえ、キリギリスか、こおろぎか・・・」

 

美鈴は思わず、自分でももう一度肩先を払ってしまった。

あわてた様子を見て、田山が笑いながら、

 

「もう居ませんよ。大丈夫です。

 あなたに興味があるのかもしれないな。さ、行きましょう。」


「・・・?」

 

 

庭を振り返ると、どことなくこっちを見ているような気がした。

楓はまだ、笑うように揺れている。

 

つねよおばさんと来た庭沿いの道を田山の背中を追いながら、歩いて行く。

謎の二軒長屋の2階に灯りが見えた。

確かに住人がいるらしい。

もう一軒の家には、どこにも灯りは見えない。

 

こっちには近づくなって言われたけど・・・。

 

美鈴は田山を見失わないようにしながらも、横目で無人らしい家を見た。

薄暗い中で見る古い家は、風情が有りすぎて怖いくらいだ。

 

入口近くのお稲荷さんまでやってきた。

道路にある街灯の光を受け、祠のそばに立っている銀杏が、

夜の闇に、金色の葉をきらめかせている。

 

「まあ、きれい」

 

何ともなしに呟くと、銀杏の葉がぱらぱらとほどけて、

美鈴の上にゆっくりと降った。

 

あら・・・。

 

コートに舞い落ちた葉を拾って、手に取ると、

田山が立ち止まって、銀杏を見上げている。

 

「見事な金色ですね」

 

田山はほほ笑んだように見えた。

 

いい子だ。


「あなたが気に入ったようです。

 この樹はオスだからね。」

 

オス?気に入った?

 

「あのう・・雄ってことは、銀杏がならないってことですか?」


「そうです。この先、30メートルくらいに雌の銀杏があって、

 そっちはたいそう沢山銀杏を降らせますがね。」

 


田山が指さした先で、どことなく金色が揺れているように感じた。

 

暗い中でお稲荷さんの赤い幟を見ると、どきりとする。

祠は開けたままだったが、暗くて中はまるで見えない。

祠の前の小さなキツネがかろうじて認められた。

 

そういえば、お稲荷さんのキツネって、2匹対だと思ってたけど・・・。

 

祠の前にいるキツネは小さな一匹だけだ。

 

「あの・・・。」

 

おずおずと美鈴が田山を見上げると、きづいた彼が「何?」

と言う風に体を返して美鈴に向き直る。

 

「お稲荷さんのキツネって、2匹いませんでしたっけ?」

 

ああ・・・。

 

「ここのも昔は一対だったらしいですね。

 今は一匹だけ残ってしまっているけど。」

 

いつかは、これにも片割れが授かることがあるかな?

 

田山はそう呟いて、小さな石のキツネを撫でた。

 

「さあ、暗いから足元に気をつけて。」

 

さりげなくさし出された手につかまると、田山はにっこりとほほ笑んで、

美鈴の手を引き、木戸を出た。

 

ひんやりとしてきた空気の中で、田山の掌は大きくて温かだ。

手をつないだことで、急に美鈴は安心し、二人並んで駅へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

9 Comments

  1. まことさんはお稲荷さんの化身?????
    不忍池の主とか?
    お稲荷さんが出てくる時代小説を読んだところなので
    何だか重なってしまいました。
    開かずの家も気になるし、
    焦れ焦れ・どきどき・・・・
    展開がものすごく気になります。

  2. 何だか・・・・段々とあやしくなって来てますよね?( →_→)ジロ!アヤシイ~~~
    だれ?なに?目が金色に???あやしいでしょう!!
    何だか家もレトロ良く言えば(=σmσ)クスクス
    悪く言えば戦前の家?・・・戦争で何かあった家???
    って、私戦争を知らないんやけど・・・(本当よ!!)
    恋は盲目・・・死語の言葉が浮かんでは消える^^

  3. Annaさん、お待ちしておりました^^
    う~~ん・・なんとも・・・どう言えばいいのでしょう、この田山さんの醸す雰囲気・・・。
    どう考えても人間離れしています。
    キツネとかムシとか樹とかじゃなく、それらを超えた存在?・・・自然の精霊・・見たいな・・・(に、しては少々艶っぽいけど(*^^))
    “ひと”が安易に触れてはいけないような・・・
    それでいて一度触れてしまうと、もうどうにも離れられなくなるような心地よさ・・・
    この媚薬のような 抗いがたい田山さんの抱擁からのがれるなんて、さすが美鈴さん。
    ・・・ていうか、通訳のお仕事はそこまで過酷なのか・・・(-“-)
    でも次はきっと美鈴さん、自分から落ちてしまうかも・・・
    このお話のこの手触り・・すごく好き!わくわくします^^
    どこへ行きつくのか、ほんとうに楽しみです!
    年内、もう一回UPありますか? お待ちしてま~す(^◇^)

  4. 年内、もう一回UPありますか? お待ちしてま~す(^◇^)
    こちらかもお願いいたします、~~もう~~待ちきれずに ~~
    楽しみに待って~~~ますよ
    Merry Xmas

  5. お待ちしてました♪
    田山さんへの謎は深まるばかりで
    今日は、木の精霊かしら~?!とまで考えました@@
    田山さんの誘惑に負けなかった美鈴ちゃんもえらい!
    すっかりAnnaさんの思うツボなんだろうなあ~
    田山さんの不思議な魅力に翻弄されてます〃▽〃

  6. ぐふふ、おばんです♪
    今頃、クリスマスのパイの皮を仕込んでおります。
    読んでくださってありがと。
    裏レス(?)には「ええい、じれったい、早く押し倒せ〜」などと
    乱暴な意見も頂いておりますが・・(笑)
    ★mamaさん、
    >お稲荷さんが出てくる時代小説を読んだところなので
    何だか重なってしまいました。
    ああ、アレっすね。はまりますわあ。
    あれの20分の1でも面白いのを書けたらな。
    >開かずの家も気になるし、
    焦れ焦れ・どきどき・・・・
    展開がものすごく気になります。
    それはどうも!
    気にして頂いて何よりです。
    ★もしもし、かめさん、
    >何だか・・・・段々とあやしくなって来てますよね?( →_→)ジロ!アヤシイ~~~
    怪しい、妖しい(こっちかな)ですかな。
    レスをありがとうございます。
    >何だか家もレトロ良く言えば(=σmσ)クスクス
    そ〜なんすよ。これは、新築のマンションじゃあ、
    裏の池くらいしか魔法が聞かないけど、古い家ってねえ(笑)
    >って、私戦争を知らないんやけど・・・(本当よ!!)
    湾岸戦争ならご存知ですよね。
    >恋は盲目
    いえいえ、今も生きている言葉です。
    美鈴はだんだんハマってて、見えなくなっているかも。
    ★ちのっちちゃん、
    >この媚薬のような 抗いがたい田山さんの抱擁からのがれるなんて、さすが美鈴さん。
    ・・・ていうか、通訳のお仕事はそこまで過酷なのか・・・(-“-)
    宿題をやっていないと、確実に恥をかく。
    満座の、しかも公的な場で・・・恐ろしい職業です。
    >このお話のこの手触り・・すごく好き!わくわくします^^
    どこへ行きつくのか、ほんとうに楽しみです!
    ホント?
    わたしはいつちのっちちゃんが「ひえ〜〜、もう嫌!」と
    逃げ出すのか、ヒヤヒヤしてるんですよ。
    いろいろ考えては、「これじゃあ、ちのっちちゃんが固まるなあ・・」とか、
    とかイロエロ・・(笑)
    >年内、もう一回UPありますか? お待ちしてま~す(^◇^)
    ありがとう。頑張ってみます。
    ★Andreaさん、ありがとう!
    Merry Xmas!そちらにも。
    うちは明日(と言うか、今日)パーティなので、
    まだ今頃準備してます。
    読んでくれて、うれしいで〜す!
    ★れいもんちゃ〜〜ん。
    >田山さんへの謎は深まるばかりで
    今日は、木の精霊かしら~?!とまで考えました@@
    ふふふ、植物のくせに・・という処ですねえ。
    同じ場所に長くいる、というのが植物。
    その点ではいろいろ、神にも妖かしにもなるでしょう。
    >田山さんの誘惑に負けなかった美鈴ちゃんもえらい!
    いやもう、頭から半分かじられかけてましたからね(笑)
    お家に二人きり(?)と言うのは、むふふな状況だったのに。
    >田山さんの不思議な魅力に翻弄されてます〃▽〃
    ありがとうです。

  7. 久々にお邪魔します><
    美鈴の思考回路ゼロ、身体はぐにゃぐにゃ状態
    わかるわ~^^; そりゃそうだよね!
    まことさんのお家に着いたら進展早いし#^^#
    まことさん積極的でナイス♪
    Annaちゃん、誰かに脅迫された?(プププ)
    ところで、まことさんて何者~?
    彼の不思議な雰囲気…この世の人ではないのか、
    自然とお話のできるor自然を操れるエスパーか…^m^
    Annaちゃんの頭の中をのぞきに行きたい!
    うふふ、でもそんな事しないでお話の続きを
    大人しく待ってるからね~(^ ’)
    前話のことで申し訳ないけど、彼の目が時々金色に光る件で
    「気味が悪いですか?」「いえ。とてもきれいです。」
    の会話の後、まことさんはとても嬉しそうだったから、
    不思議少年神童まこと君時代に
    「お前の目気味悪りー」とか言われた悲しい過去が
    あるのかと思っちゃった(苦笑)
    それから「どら焼きより人形焼きのほうが、好きですか?」
    のまことさんの問いに、
    「はい、だって人形焼きにはこしあんがあるけど、
    どら焼きにはつぶあんしかないから…。でもどっちも好きです」
    と思わず心の中で返事をしていた自分に(爆)でした。
    だって読んでたら餡子ものが食べたくなっちゃったんだもん^^;
    お互いに気持を確かめちゃったから、
    この後の進展は早いのかなぁ~//^^//(期待×2♡)
    お仕事の「まことさんのおかげで上手くいきました」
    って報告しがてら、美鈴はまた会いたいだろうし^m^
    今日はイヴ、Merry Christmas!!!

  8. 田山さん・・・
    わたしもまことさんってよぼ~~
    まことさんがたとえ○○でも…
    どうでもいいです…
    なんか、怪しいまことさんから
    離れられません…
    金色の瞳を間近で見てみたい…デス。

  9. ★Gelsthorpeちゃん、聖夜にいらっしゃ〜い。
    いろいろ詳しく考えてくれてありがとう。
    >Annaちゃん、誰かに脅迫された?(プププ)
    でへへ。ジリジリしている方もいるようで(笑)
    >「はい、だって人形焼きにはこしあんがあるけど、
    どら焼きにはつぶあんしかないから…。でもどっちも好きです」
    と思わず心の中で返事をしていた自分に(爆)でした。
    あはは、そういえばこしあんのどら焼きって無いですね。
    人形焼きはつぶあん、こしあん、餡なしと3種類、
    店によってはあるのに。
    >お互いに気持を確かめちゃったから、
    この後の進展は早いのかなぁ~//^^//(期待×2♡)
    進展どころか、「話のペース遅いぞっ」との声も。
    みなしゃん、愚図でごめんちゃい。
    ゲルさんにもMerry Christmas !!
    ★きみりんさん、
    >わたしもまことさんってよぼ~~
    うん、呼んで。
    寂しくなったら名前を呼んで〜♪
    >まことさんがたとえ○○でも…
    どうでもいいです…
    ホントに?たとえ○○でも××でもいい?
    そうすると△△しかできないかも。

Leave a Reply

Your email address will not be published.


*