16キリギリスの誓い

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「美鈴さん、車に乗って大丈夫ですか?」

 

うす暗いタクシーの後部座席に、ぼんやりと田山の横顔が浮かんでいる。

 

「ええ、もう大丈夫です。

 でも林先生が友だちとは驚きました。すごい偶然ですね。」


「自然科学や環境分野の学術仲間は狭いので、顔見知りが少なくありません。

 世界の果てみたいなところで、フィールドワークを続けていて、

 滅多に学会に顔を現さない者もいますがね。

 林はどちらかと言うと、現場での調査が多くて、

 いつもアウトドアなんですよ」


「何となくわかります。」

 

林の頑丈そうな体躯や陽に焼けた笑顔を思い出して、うなずいた。

 

「それにしても・・・心配しました。」

「はい、すみません。」

 

美鈴は思わず、身を縮めた。

 

「美鈴さんは大人の女性だし、一人前のプロですから、

 僕が余計なことを言うつもりはないんですが・・。」

「いえ・・・」

 

美鈴は決然と田山のひざに手を置いて、

 

「ぜんぶ、わたしが未熟だったせいです。

 未熟だったせいで下調べに時間がかかり、睡眠が不十分なまま仕事に行き、

 そんなところにお酒を飲んだものだから、

 すっかり回って、冷静な判断ができなくなってしまって、

 あんなことに・・・」


「あんなこと?」

 

田山が穏やかな声で聞き返した。

 

「い、いえ、何でもありません。」

 

美鈴は首を振って、うつむいた。

 

「とにかく、少し休むことです。

 ここから美鈴さんのお部屋まで、20分くらいでしょう。

 少し目を閉じていた方がいい。

 着いたら、起こしますから」

 

そんな。20分くらい、目を開いてたってだいじょうぶです・・。

 

美鈴は答えたのだが、田山が手をとって、すうっと撫でると、

自然にまぶたが閉じて来る。

 

あれ、変だな。


「ほんのしばらくですから・・・」

 

田山の声が、遠くで聞こえたような気がした。

 

 

 

 

 

 

「美鈴さん・・・着きましたよ。」

 

美鈴の手にきゅっと力が加わると、何度かまばたきをしながら、

目を覚ました。

気がつくと田山が料金を精算している。

 

あ、わたしが・・・。

 

「さ、降りますよ。」

 

田山は先にタクシーを降りると、美鈴が降りるのに手を貸した。

 

「ああ、わたし、ホントに一瞬眠ってしまって・・・」

「それでいいんです。」

 

タクシーは美鈴のマンションの真ん前で止まっていた。

途中の記憶がないので、タイムトリップしたような気さえする。

 


「美鈴さんのお部屋はどこですか?」

「あ、2階です。」

 

美鈴はタブでオートロックを解除すると、マンションのロビーに入った。

当然のように田山もついて来る。

 

え〜っと、ドアまで送って下さるつもりかしら?

それともちょっと中まで、というつもりかな。

どうしよう!

部屋に案内する、という想定をしていなかったから・・。

 

美鈴は階段を上りながら、忙しく考えを巡らした。

 

今朝あわててたから、部屋の中はどうなってたかしら?

服だけ着替えて何にも食べずに出たから、キッチンは片付いてるけど、

ベッドはどうだったかな?

 

あぶない!

あいた!

 

美鈴が最後の段を踏み外して、つんのめったところを、

田山に捕まえてもらった。

 

「大丈夫ですか?」

 

美鈴の腰を支えながら、田山が訊いた。

 

「あ、はい。もう着きました。ここです。」

 

茶色のドアを指さしながら、鍵を取り出す。

 

「美鈴さんが無事に中に入るのを見届けたら、僕はここで失礼します。」

 

え?そんな、ここで帰っちゃう?

折角覚悟を決めたのに。

その・・つまり部屋に入ってもらう覚悟だけど。

 


「同じですから、どうぞ中まで。散らかっていますけど。」

 

言いながらドアを開けた。素早くささっと中を見回す。

 

大丈夫、それほど散らかっていない。

 

「いや、僕は・・」

「どうぞ・・・」

 

美鈴はドアを閉めながら、半ば強引に田山を部屋に招きいれた。

玄関に立って見回せば、全て見終わってしまうようなワンルームだ。

 

それでも一応、奥のベッドスペースの隣に棚をしつらえて、

玄関から直接、見えないようにはしてある。

 

田山はしばらくためらっていたようだが、覚悟を決めたように

 

「では、少しだけお邪魔します。」

 

と部屋にあがってくれた。

 

いつもの部屋に、田山のような男性が立つと、急に部屋が小さくなったようだ。

田山はこの部屋には上等過ぎ、整い過ぎた存在で、

美鈴の使っている家具やソファまで、妙にぺらぺらと安っぽく感じ、

少し気後れがしてきた。

 

田山は美鈴のそろえたスリッパを履き、礼儀正しく部屋の中を見回している。

 

「あの・・・そちらのソファに。

 今、お茶を入れますから。」

 

おかまいなく。

 

「美鈴さんの体調が悪いから、送って来たんですよ。」


「でも・・・わたしも飲みたいので。」

 

美鈴が強いて言うと、田山は仕方なさそうに笑った。

 

「では、お茶をいっぱいだけ・・・」

 

美鈴がキッチンでやかんに水を入れていると、田山はソファに座らず、

カーテンを開けてベランダへ降り立っている

 

大したベランダではない。

休みの日に洗濯物を干したり、ぼうっと外を眺めたりするくらいだ。

そういえば放りっぱなしのプランターに、

去年植えたローズマリーだけが茫々と茂っている。

他はみんな枯れてしまったのだ。

 

美鈴が湯呑みを出しながら、ベランダの様子を窺うと、

田山は上を見たり下を見たり、体を乗り出して、あちこち見回しているようだ。

 

特別なものが見えるわけではない。

マンションの隅に植えられた木が一本あるだけなのに。

 

あれは何の木だっけかな。

 

「さざんかですね。」

 

田山が答えたので、びっくりした。

あ、でも単に木をながめていただけなのか。

 

美鈴がお盆を持って、ソファ前のテーブルに置くと、

田山がベランダから戻って、元通りきちんとカーテンを閉めた。

頭が窓にぶつかりそうである。

 


「いただきます。」

 

田山のきれいな指が湯呑みを取り上げて呑むのを、うっとりと見とれてしまう。

この人は本当に細部まできれいだ。

 

「もう気分が悪くありませんか?」

「はい、だいじょうぶです。」

 

答えてしまうと、並んでソファに腰掛けているのが、

妙に気恥ずかしくなり、美鈴は前を向いてお茶を呑んだ。


何となく田山の視線を感じるので、

だんだん顔が熱くなってくる。

 

しばらくは気づかないふりをして、湯呑みに顔を隠していたが、

我慢できずに田山の方へふりむいた。


田山は、ほとんど動かずに美鈴を見つめている。

 

あの・・・・。

 

美鈴が言いかける前に、田山の手が美鈴の肩に置かれ、向かい合う格好になる。

 


「誘惑、されないで欲しい。」

「あの・・」

 

どうして、ピエールにほいほいとついて行ってしまったことがわかるの?

超能力があるわけじゃないのに。

 

「あなたは可愛いひとだ。

 あなたに惹かれる男は沢山いる。

 でも、そんな誘いに乗らないで。

 僕のことを忘れないで下さい。」

 

ごめんなさい・・・。

 

肩に置かれていた手が美鈴のあごに回ると、軽く上向きにされる。

 

「林だって、男なんですから・・・」


え?


「あの・・・林先生は・・」

 

言いかけたところで、唇がふさがれた。

背中一面に腕がまわり、思い切り抱きしめられる。

 

「やっとあなたを見つけたんです。

 どこにも行かないで下さい。」


「真さん・・・」

 

どこにも行きません。何があってもついて行きます・・・

 

「本気ですか?」

 

美鈴の心が聞こえたように、田山が腕をゆるめて美鈴をのぞき込んだ。

またも目が、金色を帯びている。

 

「ええ。本気です」

 

美鈴もまっすぐに田山を見て、答えた。

 

「ずっと?いつまでも?」

「はい、もし真さんがよければ・・・」

「では・・・」

 

田山は重ねて何かを言おうとしたようだが、苦笑して、

 

「これを訊くには早過ぎますね。

 美鈴さんをもっともっと知りたいし、僕のことも知って欲しい。」

 


ソファから美鈴を持ち上げると、すぽりと自分の膝に落とした。

背中に腕を回して抱きしめ、逃げられなくなった美鈴の髪を

微笑みながら、ゆっくり、ゆっくり撫で始める。

美鈴は魅入られたように、ぼうっと田山をみつめている。

 

「かわいい、かわいい人。

 僕をよく知っても、嫌いにならずにいてくれるかな・・・」


そんな・・嫌いになんて。

 

美鈴が言おうとするとキスが落ちて来た。

 

「もっと僕を好きになって。置いていかないで。

 お願いだから・・・。」

 

何度も繰り返されるキスと低いささやきに、

美鈴は体中が溶けてしまったよう。

 

柔らかい唇と優しい指と、

ときどき目を開けると見える金の瞳以外は、

なんにもわからなくなってしまった。

 

 

 

 

14 Comments

  1. あ~、田山さん、お久しぶりです~〃▽〃
    またもや謎を秘めてて
    エスパー田山か?!
    そして、この台詞三連発!
    >「やっとあなたを見つけたんです。どこにも行かないで下さい。」
     「かわいい、かわいい人。僕をよく知っても、嫌いにならずにいてくれるかな・・・」
     「もっと僕を好きになって。置いていかないで。お願いだから・・・。」
    何者なんだ~田山さん@@
    金色の瞳に魅入られながらも、謎は深まるばかりです。
    アルファポリス、ポチッとしてきましたヨン♪
    応援してます~

  2. 待ってました~!真さんと美鈴ちゃん♡
    真さんはすぐにベランダに…
    そりゃ、虫たちから報告を受けないといけないから、
    私は虫たちと交信していたのだと思ってました^m^
    真さんへの謎を深めるあの台詞三連発+金色の瞳!
    あなたはいったい何者なのでしょう、真さん!
    それに…
    >「…どこにも行かないで…」
     「…僕をよく知っても、嫌いにならずにいてくれるかな」
     「…置いていかないで。お願いだから」
    なんてちょっと弱気な部分もあって…(@_@;)
    美鈴ちゃん、この日の終わりに真さんに会えて幸せだったと思うわ♡
    次のお話が早く読みたいですぅ♪

  3. れいもんちゃん、ありがと〜〜!
    アルファポリスも応援してくれたのね。
    皆様の愛を目いっぱい感じておりますです。
    >田山さん、お久しぶりです~〃▽〃
    すんません、ど〜も規則的にUPできなくて。
    >またもや謎を秘めてて
    エスパー田山か?!
    うふふ、どんな能力があるかな。
    >金色の瞳に魅入られながらも、謎は深まるばかりです。
    どうぞ、気楽にお考えください♪

  4. Gelsthorpeちゃん、ありがとう!
    >そりゃ、虫たちから報告を受けないといけないから、
    私は虫たちと交信していたのだと思ってました^m^
    ははは、虫さんレポーター?
    虫の親分かも〜。
    >「…どこにも行かないで…」
     「…僕をよく知っても、嫌いにならずにいてくれるかな」
     「…置いていかないで。お願いだから」
    なんてちょっと弱気な部分もあって…(@_@;)
    確かにちょっと弱気です。
    何でもできる人ってどっか欠けてる。
    本人はそれをよく自覚しているでしょうから。
    >次のお話が早く読みたいですぅ♪
    う〜〜ん、頑張ります。

  5. ええ~~~(!o!)オオ!
    大丈夫かえ???
    人間あんまりよく知らん方がええこともいっぱいあるよd(^-^)ね!
    知ってしまうと怖そう・・・
    影が無かったり?・・・
    手を撫でただけで寝ちゃうんよ!!
    おかしい!絶対おかしいけん!!!
    怪しいよ・・・

  6. 真さんだぁ~~~~!!!!
    やっと・・・逢えた・・・もう逢いたかったの~~
    で・・・真さんってば~エスパー疑惑???
    お手手触ったら眠っちゃうの?
    じゃあ、私のおしゃべりがうるさいとすぐ眠らされちゃう?
    美鈴ちゃん・・・
    ここまで来たら真さんがどんなでも良いよね^^b
    わたしもいいわぁ~たとえ真さんが○○でも・・・

  7. もしもし、かめさん、いらっしゃ〜い!
    楽しいレスをありがとうございます。
    >人間あんまりよく知らん方がええこともいっぱいあるよd(^-^)ね!
    そうたい、そうたい(笑)
    >影が無かったり?・・・
    手を撫でただけで寝ちゃうんよ!!
    えっと影はたしか確認したんだっけな。
    まあ、眠いと子どもも背中をとんとんしただけで
    寝ちゃいますから・・・。
    >おかしい!絶対おかしいけん!!!
    怪しいよ・・・
    真ちゃ〜〜ん、怪しまれてるよぉ。

  8. きみりんさん、
    >やっと・・・逢えた・・・もう逢いたかったの~~
    すいません、引っ張り出すのに時間がかかって。
    >お手手触ったら眠っちゃうの?
    じゃあ、私のおしゃべりがうるさいとすぐ眠らされちゃう?
    うふん・・・
    『君の寝顔が見たかったから・・』(by 真)
    ってことにしときましょう♪
    >わたしもいいわぁ~たとえ真さんが○○でも・・・
    ほんとうに?
    ○○○でも、○○でも、○○○でもですかぁ?(笑)

  9. 田山さ~~ん お久しぶりです~ぅ(*´∀`*)
    やっと会えましたね~^^
    でも、ますます謎めいて来ました(-_-)
    ほんとに“細部まできれい”な人だからこの際何でもいいです!
    昆虫系でさえなければ、妖精でもエスパーでも吸血鬼でもいいです!!
    しかし・・・“嫌いにならずにいて”とか“置いていかないで”とか
    そんなに弱気になるような、あなたはいったい何者なのでしょう・・・?
    そしてついに、ついにR18突入か!なラストだけど・・・
    きっと田山さん、「では、おやすみなさい」なんて言って帰ってしまうんでしょうね・・・^_^;
    ふたりのあま~~いシーンはいつかしらん゜゜(´O`)°゜
    次回とてもとてもお待ちしていま~~す^^

  10. ちのっちちゃ〜〜ん、ありがと〜ん。
    >田山さ~~ん お久しぶりです~ぅ(*´∀`*)
    すんません、綿貫くんがどかっと居座ってて・・・
    ここのスタッフに「いっぺんに二つなんて書こうとするから・・」と
    呆れられていますです。
    >昆虫系でさえなければ、妖精でもエスパーでも吸血鬼でもいいです!!
    ほんと?血を吸われてもいいの?
    ちのっちちゃんだと「実はボクはセミの妖精で・・」
    ってのはダメなんだろうなあ。
    昆虫系って足がひっかかるのがどうもねえ。
    >ふたりのあま~~いシーンはいつかしらん
    ふふふ、美鈴ちゃん、体調不良なのでね。
    >次回とてもとてもお待ちしていま~~す^^
    ありがとう。頑張ります。

  11. めちゃ萌えました!!!!
    この、じっと見られるシチュ、たまらんです~~~@@
    で、、、、
    >すんません、綿貫くんがどかっと居座ってて・・・
    ( ゚Д゚)_σ異議あり!!
    言いつけてやるから~~~~~って誰に、、、、滝汗

  12. いやぁ、ほんとにミステリアスですね。
    あんなちゃんはいつも「気楽に考えて」と言うけど(笑)
    この田山さんの不可思議には、いったいどういう結末が用意されてるのかな。
    わからないわ~~。
    でもとにかくこの大変な一日は甘いひとときで終わったと言えるのかな?
    いや、この一日の最後になにかあるのかな?
    じりじりと次を待っています。

  13. rzちゃん、ありがと〜〜!
    >めちゃ萌えました!!!!
    この、じっと見られるシチュ、たまらんです~~~@@
    ははは、今日はちょっと正直(弱気?)な田山くんです。
    結構すばやく告白したつもりだったのに、
    本人のガードの甘さから、結構虫が付きやすい女だった(笑)
    虫好きなのに、虫がつくのがきらい。
    あれ、わかりにくいなあ。

  14. しーたちゃん、
    >あんなちゃんはいつも「気楽に考えて」と言うけど(笑)
    この田山さんの不可思議には、いったいどういう結末が用意されてるのかな。
    はっはっは、気楽に考えて、きら〜〜くにね。
    細かい辻褄が合わなくても、気にせずに・・(汗)
    なんて、許されないな。
    >でもとにかくこの大変な一日は甘いひとときで終わったと言えるのかな?
    うん、仕事をこなし、ビジネスの話を詰めるつもりが食べられそうになり、
    どうにか逃げたものの、気分が悪くなって、別の男に拾われ、
    なぜか、交際相手に送ってもらうことになった・・・
    あ”〜〜、つなげて並べてみるとあり得るような、あり得ないような・・・
    でも、世の中って以外に拾いようで狭いときもあるし、
    終り甘ければ、全て良しってことで、どうかご勘弁を。

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