18キリギリスの誓い

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どうしようかな。

 

平日、田山は大学の講義があって忙しいだろうと連絡していない。

それでも何となく「上野」に心惹かれて来てみたら、あの始末だ。

彼の住む「上野」を少し知っておきたかっただけなのに。

 

結局いつもの定番「うさぎや」へ回って、どら焼きを何となく二包み買い、

ぶらぶらと大通りを戻っている。

 

田山さんチのあたり、ちょっと探検してみようか。

いえ、決してストーカーなんて言うんじゃなく、

好きな人の匂いを嗅ぎたいように、住んでいる町のたたずまいを知りたいだけ。


じゃあ、ちょっとだけ。


心が決まると足取りも決まる。

足取りが決まると、歩くたんびにアンケート用紙を差し出されたり、

「ちょっといいですか?」と声をかけられにくくなる。

 

商店のかけ声と人ごみの繁華街から、動物園と美術館の建ち並ぶエリアへ。

先日は田山とふたり歩いた道を、今度はひとり、きょろきょろしながら進む。

 

西洋美術館のロダン彫刻を横目に博物館をめざし、

博物館を過ぎると、芸大の2棟の間を抜けた道をずんずん進み・・・。


あれ?


「上野桜木」ということは、谷中エリアに来てしまった。

そう言えば、田山さんは少し手前をどこか左に曲がって

「池の端」の住所だったような。

 

来た道を途中まで戻り、こっちかな、という方向を目指して歩き、

それらしい路地を曲がったり、坂道を上ったりした。

 

が、田山の近所エリアに着かない。


それどころかゆるい坂を上ったり下りたり、

両側の軒先すれすれに細く、他人が通り抜けちゃマズいのでは、

というような路地を通り抜けると、いきなり何もない空き地に出たり・・・。

 

何度か同じ場所を彷徨った挙げ句、きれいな三毛猫が

「ついて来い」とでも言うように、にゃおん、と鳴いて歩き出した。

 

この際、着いていってみようと猫の後をつけると、

しばらくして、ぱっと低い塀を駆け上がり、

塀の上からばかにしたように美鈴を見下ろすと、

後ろ脚で首のあたりを掻いて大あくびをする。

 

う・・・猫なんか信じたわたしが馬鹿だったわ。

 

もしや先日伺った田山さんのうちは幻で、わたしが行ってみると

そこにはお稲荷さんの祠だけがぽつん・・・。


なんてことはないわよね。


さっきから、きわめて狭いエリアをぐるぐると回っているので、

道の落ち葉を掃除しているおばさんに

不審な目を向けられているような気がする。

 

ダメだ・・・。

とても田山さんチに、たどり着けない。

群馬生まれのわたしが、一度で上野の地理を覚えられる筈もなかった。

 

通訳業のときほど、重いバッグを持っているわけではないが、

生徒の宿題プリントと資料がしっかり入っており、

余計などら焼きの包みまで増やしたので、歩き回るとかなり消耗してきた。


あきらめて帰ろうかな・・・。


べそをかきたいような情けない気分になり、

古い民家の板塀の前でバッグを下ろし、あたりを見回していると、

ふと、視線を感じた。

 

振り向くと小さな道祖神の脇で、男がタバコを吸いながらこっちを見ている。

両サイドを白く染め分けた髪に覚えがあった。

さっきアメ横のアーケードで出会った革ジャン男だ。

 

「あっ!」

 

驚いてつい声を出してしまい、大あわてで口に手をあてた。

逃げなくちゃ。恨みに思っているとマズい。

 

「待てよ。あんた、こんなところで何してんだ?」

 

何してる、と訊かれても。

「交際相手」の家が見たくなって、嗅ぎ回っていたとも言えないし、

まして、その家が見つからず、迷子になってるとも言いづらい。

 

「気がついてねえかもしんねえけど、アンタ俺の前をいっぺん通ってんだぜ。

 え、何してんだよ。」

「え、あの・・・」

「もしかして真のところに行こうとして、道に迷ってるとか?」

 

美鈴がびく、と震えると、男は面白そうにタバコを踏み消した。


「へえ。服もドンくさいけど、やっぱ中身もドンくせえんだな。

 ツラはそう悪くもねえのに、頭がわりいのかい?」


ははは、と男は笑い出した。


「来いよ、案内してやる。」


男は人差し指をついっと動かして、首をしゃくってみせたが、美鈴は動かない。

 

「アンケートには答えませんから」


精いっぱいの勇気をかき集めて美鈴が言い放つと、


わはははっ、こりゃあ、おもしれえや。


腕組みしたまま、男が今度は大声で笑い出した。

 

「アンケートはもういいよ。アンタ、ぼろぼろじゃねえか。

 ホントにコーヒーをごちそうしてやるよ。

 俺ん店に行こう。真のダチとかにも会いたいだろ。

 

 みんな元は同じ学校だかんな。

 あいつがガキんとき、どんなだっかた知りたくね?

 ふっふっふ、変わってたぜ。昔っからよ・・・」

 

ほら来いよ、重そうだな、コレ持ってやる。


美鈴のバッグを持ち上げようとする手を、何とか除けると

 

「あの・・・あなたはどうして、こんなところに居るんですか?

 さっきはアメ横にいたのに。」

 

「俺んち、っつうか、ばばあが住んでる家が直ぐソコだからさ。

 今日、大福なんぞ持ってきやがった奴が居てよ。

 事務所で、男同士、大福つまむのもしまらねえ。

 堅くなる前に家に放り込んどこうと思ってな。」

 

ちょうどババアは留守だったし・・・。

 

「おばあさんを待ってなくていいんですか?」

「おばあさん?母親だよ、一応な。

 俺の顔見っと、があがあ説教始めやがるからよ。

 ふた言めには『まこっちゃんみたいになれ』ばっかだ。

 ったく、うぜえし。」


はあ・・・。

 

この男が田山を煙たがるワケが、何となくわかったような気がした。

よくは知らないが、おかあさんは真ファンにちがいない。

理想の息子と実の息子を比べては、小言を並べているのだろうか。

 

「いいから、来いって。

 あんたみたいにトロいのも悪くねえ。

 機関銃みてえな、気のつええのには飽き飽きしてんだ。」


おい、ここにいても仕方ねえだろ。


「こん先は袋小路だぞ。」

 

男に言われて小路の先を見ると、コンクリート塀が見えた。

男の言葉は本当なのだろう。

仕方なく、美鈴はしょぼしょぼと歩き出した。

どこかわかるあたりまで案内してもらって、今日はもう・・・

 

「あんた、ホントに真と付き合ってんの?

 付き合ってたら、ウチを探して迷子ってわけもねえし、

 真が迎えにくんだろうに。え?」

 

痛いところを突いていた。

自分の行動が知れたら、馬鹿な女だと、また田山に恥をかかせるかもしれない。


黙りこくっている美鈴の顔色から、男は答えを引き出したらしく

 

「まだ、付き合ってるってほどでもねえんだな。

 大方、鰻屋で一緒に飯食っただけなんじゃね?」

 

どういう返事をしていいものか、実に困った。

困ったせいで唇を結んだまま、じりっと一歩後じさると男が破顔した。

さっきアメ横で出会ったときより、ぐっと親しみやすく見える。

 

「アタリか。まあいろいろあるわな。

 おい、だから、そっち行ったって袋小路だっつうに。」


しょうがねえな、めんどくせえ女だ。

 

言いながらタバコに火を付けると前に進み出し、

美鈴がついて来ているか、ときどき振り返る。

 

歩き出すと、どこからか、ざっざっと威勢のいい音が聞こえてきた。

美鈴が顔を上げると、金色にきらめく銀杏が見え、

近づくにつれ、独特の匂いまで漂って来る。

 

「おお、くっせえ、くせえ。この時分、ここらは通らねえようにしたのに。」

 

革ジャン男が鼻をつまみながら通りがかると、

銀杏の落ち葉を掃き集めていた背の高い若い女性が、

 

「なんだい。こっちこそ変な匂いがすると思ったら、マサかい。

 ここらは禁煙。歩きタバコは罰金だ。すずめに言いつけるよ。」

 

威勢良く言い返して来た。

 

「すずめなら、さっき出くわして説教くらったばっかだ。

 おめえのまでは要らねえ、小糸。ばばあはどうしたい?」

 

「警官に説教されるなんて、また悪さしたんだろう?

 おかあさんは、腰が痛くて寝てる。

 代わりにあたしが、神社の掃除と真っちゃんトコの世話を頼まれてんの。

 銀杏拾っといてとも言われてんだけど、ずいぶんつぶれちゃってるし。」

 

足元につぶれている銀杏の残骸に眉をひそめながら、箒を使っている。


へえ、そりゃ、おもしれえ。


マサと呼ばれた革ジャン男は、にやりと笑って美鈴をみやった。

 

「俺は落しもん拾ったんだ。 

 具合よさそうだから、俺がパクっちまおうかな、って。」

「落としもの?」

 

小糸と呼ばれた若い女は、歩き疲れてぐしゃぐしゃになった美鈴の姿を見、

頭のてっぺんからつま先までざっと舐めた。


「あなた、もしかして・・・」

 

どうして上野では一度も会っていない人たちから、

次々と好奇の目を向けられるのだろう。

上野って都会じゃなくて、実はせまい田舎なの?

 

「いや、何でもねえ。

 ちょい道に迷ってるのをナンパしたら、ついて来たんだ。

 さ、行こうぜ。」

「ナンパなんてされてません。」

 

美鈴がにらんでマサに言い返すと、


「ベコベコにくったびれて、泣きそうな顔してたじゃねえか。

 そんなどでけえバッグ持ってさ。」


楽しそうにマサが答えた。


「ちょい待ち。いや、あたしも頼まれもんしてんだ。

 ちょうど良かった。この人はあたしが案内するよ。」

 

「何でだよ?」


「何でだっていいだろ。この人が現れるかもしれないって、聞いてたからさ。

 お鈴さんだっけ?」

「みすずです。」

「あれ、だから年寄りのメールは・・・もう」

 

小糸は、ふわりと赤茶色の髪をかきあげた。

結構、おしゃれだ。

美鈴には難しい、柄タイツとショートパンツの重ね穿きをして、

きゅっと締まったヒップがキュートである。

 

「じゃあ、マサ、ご苦労さん、案内ありがとう。

 美鈴さん、こっちに来て。」

「おいおいおいおい・・・、俺が拾ったんだぜ。」

 

小糸は右手に竹箒を持ち替えると、左手で美鈴の背中を押した。

 

「行こ。

 どうしてもマサとコーヒーが呑みたいって言うんなら別だけど。」

「いえ。ご一緒します。」

 

何だかわからないが、真の家の世話を頼まれている、と言った。

小糸について行けば、少なくとも真の家はわかるだろう。

そしたら、約束なんかないことを説明して、こっそり帰らせてもらおう。

 

小糸と美鈴の後を、何となくマサもついて来る。

 

箒をもったまま、どこまで行くのかと思ったら、

片側に小さな神社のある細い参道をまっすぐ歩くと、

先日、真が見せてくれた銀杏があった。

さっきの銀杏は、ここの対の雌銀杏に違いない。

 

こんな近くまで来ていたなんて・・・。

 

美鈴は見覚えのある景色を見渡して、がっくりした。

その様子をマサが面白そうに見守り、


「あんた特別、方向音痴みたいだな。

 真とヤルときは、ようく目を開けとけよ。」


美鈴にささやいて笑うと、ぶらぶらと銀杏の坂を下って行った。

つい後ろ姿を見送ってしまったが、小糸はてきぱきと木戸の鍵を開け、

携帯を取り出して何やら打っている。


「ほら、入んなよ。」

「いえ、あの、わたし、約束してたワケじゃなくて・・・」


後ろを振り返って、マサに聞こえないかを気にしながら、小声で小糸に言いかけると


「いいから。そのうち帰ってくるよ。

 先に入って。」

 

でも・・・。

 

ぐずぐずとためらっている美鈴を見て、小糸はため息をつくと


「じれったいねえ。

 ここで立ってたって、どうにもなんないでしょ。ほら早く」

 

美鈴は小糸のいらだちを感じ取って、またも落ち込んだ。

上野の女性にとって自分は「愚図」で「トロい」らしい。

 

小糸はそんな美鈴にお構いなく、ずんずん進んで稲荷の祠を通りすぎ、

レトロな(よく言えば)長屋の前を歩いて行く。

 

美鈴は何となく気になって、奥の長屋のベランダを眺めた。

今日は淡いグリーンのエプロンが2枚、干してある。


?女性なのかしら?


美鈴の視線に気がつくと、「あっちが気になんの?」小糸が問いかけて来た。

ええ、まあ。どうなってるのかな、と。

 

「あたしは、あっちの面倒は見ないから。」

 

言い放つとまたずんずん進んで行く。

長屋の玄関は二つとも、しんと閉じられたままだ。

 

あっちって、つねよおばさんが「近づくな」という家のことかな。

小糸さんも入れないってことなんだろうか。

 

ぼうっと考えてまたも足が止まっていると、小糸の姿が小さくなっている。

小走りで追いかけると、すでに小糸は、持っていた鍵で玄関を開け始めていた。

 

「あの!」美鈴が言いかけたところで、玄関前のもみじの根っこにつまずき、

べしゃっと転んで手をつく。


「ったっ!」

「あら、大丈夫?」

 

小糸が振り返って、美鈴に声をかけた。

 

おっちょこちょいねえ、そんなにあわてることなんかないのに。


そう言いながらも、美鈴を助け起こして、汚れをはたいてくれた。

 

「待ってください、小糸さん。わたし、真さんと約束とかしてません。

 真さん、今日はきっと大学で、まだ帰ってみえないと思います。」


いいから・・。

 

ガラガラ・・・と玄関の引き戸を開け、美鈴を押し入れて自分も入ると、

 

あら・・・!

 

小糸が美鈴に近づき、髪から何かをつまみ取った。

ごく小さな緑色の虫を指に挟み込んでいる。

 

「あの・・・何かいましたか?」

 

美鈴が頭を押さえながら言うと、小糸は何でもなさそうに引き戸を少し開け、

ぽい、と何かを放り投げた。

 

「わかんない。なんかちっちゃい緑色の虫。

 さ、あがって。もうじき帰ってくるわよ。メールしたし。」

 

ええ、そんな、どうしよう!

 

「あの、わたし、帰らなくちゃ。帰ります。」

 

美鈴が言うと同時に、ガラガラと引き戸が開いて、

田山がそこに立っていた。

 

4 Comments

  1. Anna様
    出勤前に見っけぇ
    でも帰ってからまたゆっくりあじわいます~^^
    まってたんだもん!

  2. 美鈴ちゃん~~上野の町で迷子・・・・
    そんでもって、ぐちゃぐちゃ状態???
    そんなときばっか真さんと会うのね^^
    しっかしぃ~~まこっちゃん情報網はすごいな~~~
    トロイ(失礼)美鈴ちゃんのかわりに下町レディースの方たちが
    ちゃんと根回ししてくれちゃうからよかったじゃん^^
    それから、マサって~後でまこっちゃんから怒られるね~
    手出すんじゃないぞ!!!って^^
    あ・そうそう、
    わたしも幻で狐の祠しかないんじゃないかって思ってた^^
    よかったね、お家があって。
    でも、でも~~~真さんの声が聞きたいよぉ~~~~~♫ღ

  3. ねぇねぇねぇ、Annaさん。いつになったらタネ明かししてくれるの?
    田山さんは何者?
    もう気になっちゃって気になっちゃって。
    更新のたびに今度こそ!と思って読むけど、謎が謎を呼ぶばかりで・・・。
    それにしてもお鈴さん、じゃなかった美鈴さん。
    ずいぶんぼろぼろになっちゃって・・・
    おんなじところぐるぐる回った揚句、いまひとつ信用できないマサに拾われちゃうし
    小糸さんには思いっきりじれったがられちゃうし、さんざんです(T_T)
    そして最後に田山さん登場!
    でも、約束してないし、こっそりお家のあたりを窺うだけのつもりだった美鈴さんには
    ええ~(@_@;)な展開なんでしょうね・・・
    田山さん、ぼろぼろの迷子になっちゃったお鈴ですけど優しくしてね^m^

  4. アップの曜日がもうメチャクチャに。
    でもあきらめました、どうか、このペースでお付き合い下さい。
    ★bannbiさん、
    みつけて下さってありがと〜〜!
    読んでくれるのが一番うれしいです。
    またよろしく♪
    ★きみりんさん、
    美鈴って基本とろくて、田山といると特にぼうっとしているので
    てんで道を覚えてなかったんです。
    上野の住宅地には、道がまっすぐじゃないところもあって、
    まがってもう一度曲がっても、元の道路に着かない。
    >まこっちゃん情報網はすごいな~~~
    日頃から下町ネットワークがあるんです。
    そのメンバーで色々活動してたり、集まってたりするので・・。
    >わたしも幻で狐の祠しかないんじゃないかって思ってた^^
    そうですねえ。
    わたしも方向音痴で以前行った場所に着けないと
    「幻」だったか、と思っちゃいますが、
    単に道筋を間違えてただけ、とかね。とほほ。
    ★ちのっちちゃん、
    >いつになったらタネ明かししてくれるの?
    すみませ〜ん。ももも、もうすぐです。
    おいおいですが・・。
    >美鈴さん。
    ずいぶんぼろぼろになっちゃって・・・
    荷物持ったまま、1時間近く、小さな路地や坂を上り下りしてると
    すっかり消耗・・・(笑)うまく戻れないんです。
    >田山さん、ぼろぼろの迷子になっちゃったお鈴ですけど優しくしてね^m^
    ちのっちちゃん、優しい。
    次回は田山さんたっぷりです。

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