25キリギリスの誓い

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「あ~、困った、困った!
 み~んな出払っちゃって仕事を受けきれない状況なのよ。」

「はあ。」


通訳コーディネーターの羽柴がわざとらしく髪をかきあげながら、
片手でとんとんと机の面をたたく。
こういう時はあまり人気のない仕事を押し付けようとしているのだ。
それくらいは、もうわかる。
わかるけれど、駆け出しの美鈴は仕事を選べる立場にない。
 

「飛び込みのオファーなんだけど、紹介者はきちんとしてるから。」

「はあ。」

もう、さっさと言ってくれればいいのに。


「この日空いてるのは、あなたくらいだから、ぜひお願いするわ。
 随行ガイドなんだけど。」

「ええ?でも、わたしものすごく方向音痴で、 お客様をガイドなんかできません。」


通訳になる前に「通訳ガイド」の資格も取ったのだが、
方向音痴の上、極端に乗り物に弱いのでまるで務まらなかった。
バスの中で、ガイドがエチケットバッグ(ゲロ袋とも言う)を抱えていては
仕事にならない。

一度だけ外人バスツアーで日光に行ったが、いろは坂でゲロゲロになり、
お客に背中をさすってもらう羽目になってしまった。
以来、ガイドの仕事はほとんどしたことがない。


「そりゃ、いいの。道案内ガイドは付いてくるそうだから。
 場所がね、ちょっと変わってて、上野のアメ横を案内して欲しいっていうの。」

「アメ横?外国のお客様が?」

「そうよ。最近の外人用東京ガイドブックにも載ってるみたい。
 築地の市場も人気だけど、アメ横とか御徒町アーケードも人気なんですって。
 活気があって、安くて、色々なものが見られるとかって。
 スカイツリーがらみで、とにかく今、下町は人気なのよ。

 場合によってはかなり歩くかもしれないから、
 荷物は軽くしていった方がいいわよ。」

 

 

随行通訳と言う仕事もたまにある。

外国からの客やクライアント、場合によっては海外本社、支社の幹部などを
仕事関連の場所へ案内したり、視察に同行したりする。
行き先は地方の生産工場などが多い。

工場によってはそこの制服、ネット帽、マスク着用ということもあり、
マスクを着用しての通訳があれほど不自由だとは思わなかった。

その他に販売現場、出店予定場所の視察、コンペティターの偵察まで
屋内にとどまらない通訳もけっこう多いのである。


それにしても・・・


美鈴は隣を歩く、外国人二人を横目で見ながらため息をついた。


よりによって、アメ横の随行通訳を頼まれるなんて。


この前アメ横に来たときは、マサたちにからまれて、
婦人警官のすずめをわずらわせた挙句、迷子になり、
なんとか小糸に拾われ、田山の家まで案内してもらった。

外国人ふたりと日本人一人にくっついて、女ひとり、
アメ横商店街をうろつくスーツ姿は、やや異分子である。

田山から、おかみさんネットワークの範囲で、
美鈴の人相書きが出回ってらしいと聞かされたので、
今にも通報されているんじゃないかと、こうしていても落ち着かない。


「・・・ですか?」

は?


気がつくと、外人二人と「田中」という年齢不詳の若い日本人男性が
こちらを向いていた。何か美鈴に話しかけたらしい。


「すみません。聞こえませんでしたので、もう一度お願いします。」

いけない、仕事中なのに。


美鈴はひそかに自分にカツを入れ、3人のほうへ向き直った。


「ええと、英語の通訳をお願いしたんですが、
 こちら二人は英語のネイティブと言うわけではないんです。
 山本さんは他に何語を習得されていますか?」


他に何語と言われても。


「あまりうまくはありませんが、フランス語ならなんとか。」


外国人二人に向かっても、同じことを英語で繰り返した。


“Russian or German?”(ロシア語かドイツ語は?)


水色の目に茶色の髪の外人が、直接、美鈴に訊いてきた。
もう一人の金髪にサングラスをかけた、背の高い外人は押し黙ったままだ。
美鈴の感じでは、こっちがボスのように思う。


“I`m sorry, but No.” (残念ながらできません)


美鈴が答えると、茶髪の外人はにっこり笑って、


“OK, no problem.”


と手をふって、若い日本人にうなずいて見せた。彼もうなずき返した。


「わかりました。では行きましょう。」

 

最初に出会った際に、二人とはざっと名刺交換をしている。
茶髪外人はウィルクスと言い、知らない会社名が印刷されていた。
金髪男は名刺を出さず、名乗りもしない。
あまりないことで、失礼といえなくもないが、
今日だけの通訳に目くじら立てても始まらない。

最初にアメ横商店街のメインロードから回ることになった。

年末になるともっとも混み合う場所、生鮮食品や乾物屋がならぶあたりだ。
行先は「田中」が決め、外人二人がついて行く。
ときおり出た質問に田中が答え、それを美鈴が通訳する、と言った具合だ。

外人二人と言っても口を開くのは、もっぱらウィルクス氏のほうで、
もうひとりの金髪は黙って、鋭い目であたりを眺めまわしているだけだし、
ウィルクス氏もそれほど口数が多い方ではない。

ただ、見物には熱心で、店先に置かれている品物、看板、
天井から釣り下がっている品物にまで、しげしげと目を凝らす。
店側はこの手の「観光」に慣れているのか、商売の邪魔だ、という顔はせず、
いつも通り、大声で通行人に売り込みを続けている。

食料品の中でカニにはかなり興味を示したが、
その他のものにはそれほど熱心ではなかった。
むしろ、衣料品や雑貨に興味があるようで、実に細かく店を回って行く。

美鈴はかかとの低いパンプスを履いていたが、2時間を過ぎた頃から、
だんだん足が痛くなってきた。

途中の路地を切り込んだあたりで、金髪男が何か興味深いものを見つけたらしく、
ひと声、ウィルクス氏に合図をすると、二人で路地の奥を曲がって消えて行ったが、
残された田中氏はそれを危ぶむでもなく、平然と待っている。

一帯は雑多な店がごたごたと並んでいるエリアで、
現在地を見失いかけている美鈴は、迷子になったのではとハラハラしたのだが、
ほどなく二人が戻ってくると、何事もなかったように、
またも御徒町近くの路地をしらみつぶしに回り始めた。

ようやくアーケード内に入ると、外人二人の熱心さがさらに増し、
美鈴にはわからない言葉で短いやり取りが交わされている。


いったい、あれは何語なんだろう?


ドイツ語やロシア語なら、正確な意味はわからなくても、それと判別できるが、
そのどちらでもない。どこか東欧の言葉のように感じた。

アーケード内は化粧品店、アクセサリー店、貴金属店、輸入菓子から帽子専門店まで
ぎっしりと店がならんでおり、何軒もつづく貴金属店のウィンドウには
特に熱心に張り付いている。
店主側もインド人などの外国人もいるので、
お互いカウンター越しににらみあったりしている。

お客が無口だと美鈴の仕事もないので、歩きながら
きょろきょろとアーケード内の店に目を走らせた。
ふだん、アクセサリーや貴金属とはまったく縁のない暮らしをしているので、
店先にぎっしりとぶら下がる金のチェーンや、ダイヤモンドが珍しかった。
「高額買い取り」の張り紙もある。

今日はマサの姿を見ないが、子分らしい男は外の商店街で見かけた。
相変わらず街頭アンケートを呼びかけている。

先日、美鈴がマサたちに引っ張り込まれそうになったあたりは、
シャッターを巡らした空き店舗が目につき、
やや暗い印象を与えるエリアだ。
アメ横内でも、いろいろと浮き沈みが激しいのだろう。


最初はおずおずと撮影していた外人二人だが、だんだん、
ひんぱんにカメラを構えるようになってきた。
店を写してるのか品物を撮っているのか、判然としないが、
デジタルカメラはシャッター音がしないので、いつ撮ったのかもわからない。

貴金属店とカジュアル衣料店が並ぶ、アーケード内の交差路近くで、
金髪男が貴金属店の前にでんと立ち、
茶髪のウィルクスが店の正面から撮影しようとしているのを、
中から店主がにらみつけて、手を振ってきた。
「撮影お断り」と言っているのだろう。

ウィルクスは店主の機嫌にお構いなく、カメラを狙ったまま、
後ろに下がり始め、空き店舗の前に来たところでぐっと腰を落とした。


ブシュッ!


鈍い音と、ガタッと言う金属音が聞こえたかと思うと、
ビャーッ、シュボボ、シュボボボボ・・・と言う噴出音とともに
とつぜん、あたり一面、真っ白になった。


ウォォォォーッ!ガッデーム!
きゃ~~っ、止めろ、止めろ!!


そのほかにも美鈴のわからない言葉や怒号が飛び交っていたが、
何が起こったかわからない。
とにかくあたりが真っ白で何も見えないのだ。


「火事か?」「爆弾テロだ!」
「ちがう!消火器、消火器だよ、消火器止めろ!」


誰かの怒鳴り声で床を見ると、確かに赤い消火器らしきものが
白い煙を噴出しながら、転げまわっている。
美鈴はとびついて止めようとしたが、白煙のすごさに
消火器に触ることもできないうちに飛びのいた。

遠くからも叫び声が聞こえてくる。
どこかで非常ベルまで鳴りだした。


なんだ、なんだ!うおっ、ひでえ。火事だ!
止めろよ、誰か!なんだ、宝石強盗か?
ケーサツよべ、ケーサツ!110番しろっ!


消火器なら終わりはあるはずなのに、まだ止まらない。
ジリリリリリ・・・とすさまじいベルが鳴り響くなか、
ざ~っと耳をつんざく噴出音とともに白い霧は濃くなるばかり。
美鈴も一緒にいたはずの外人たちも近くの店の人たちも、
口を押えて咳き込み、床に座り込んだ。

長い長い時間が過ぎて(恐らくは数十秒だったのかも)、ようやく音が止まった。
白い霧は見渡すかぎり広がっている。


消火器って中身は泡なんじゃなかったの?
こんな白い煙が出るなんて、ぜんぜん知らなかった。


さらに数十秒経つと煙が治まり始め、あたりがぼんやりと見え始めた。
床や店のガラス、品物に白い粉が飛び散り、へばりつき、降り積もっている。
もちろん美鈴の全身は白い粉まみれ。

一緒にいた外人たちも田中氏も、店から飛び出してきたらしいインド人も
真っ白だった。

治まりかけた煙越しに、外の道からアーケード内を覗き込んでざわついている
数十の顔が見えた。
みんな被害を恐れて、遠巻きに見物している。

呆然としていると、インド人店主がウィルクス氏につかみかかった。


薄汚い泥棒め!煙にまぎれて品物を盗もうとしたんだろう!


ブロークンな早口英語でまくしたて、襟首をつかまれたウィルクス氏も
何事か大声で反論しながら、インド人の手をもぎ放そうと格闘している。

金髪(だった)で大柄のもう一人の外人も粉まみれになりながら、
ウィルクスをつかんでいる手を外させようと、
インド人の首をぎゅうぎゅう押し始め、田中氏は呆然と突っ立っていた。

カッカッカッカッカッ・・・

靴音がいくつも響いてきたと思うと、制服姿の警官が4人走ってきて
その後ろには、先日、顔見知りとなった婦人警官のすずめもいた。


「止めろ!」


中でも屈強そうな警官二人が、もつれた三人に割って入り、
なんとか別々に引きはがしたが、3人とも顔を真っ赤にして息を切らせている。


「こいつら、どろぼう!
 消火器を吹き付けて、その隙に品物を盗もうとした!
 つかまえて!」


流ちょうな日本語でインド人店主がまくしたてると、


“No!”

こんなものがあったなんて、俺は全く知らなかった。
こんなものを置きっぱなしにして、こっちはえらい目にあった。
この始末をどうしてくれる?


真っ白く汚れた自分のスーツの襟をつかんで、
インド人店主に食って掛かろうとする間に、美鈴が今の言葉を通訳すると、
ウィルクスを押さえていた警官が、粉まみれの美鈴と田中に目を留め、


「この二人の同行者ですか?」


警官が尋ねてきた。
仕方なく、二人がうなずくと、


「奥の空き店舗の横が臨時の事務所代わりに使われています。
 そこでお話を聞かせてもらいましょう。」


いつの間にか警官の数がさらに増え、張り番を立てて、
アーケード内を覗き込もうとする野次馬を止め、
転がっている消火器を調べている。
背中から視線を感じると、婦人警官のすずめが美鈴を認めたようだった。


「あなた・・・」


あまりの姿に絶句したあと、白い手袋をはめた手で、美鈴の髪やジャケットから
積もっていた白い粉をぱんぱんと払ってくれた。


「知り合いか?」


上司らしい恰幅のいい警官がすずめに尋ねると、


「先だって、アンケート被害に遭って、取り調べにご協力いただいた方です。」

ほう・・・


「失礼ですがお仕事は?」

「通訳です。今回はこの二人の随行通訳を頼まれてここにいたのです。」


精いっぱい威厳をとりもどして答えたつもりだったが、
何しろ髪まで粉まみれの無残な姿なので、どう見えたかわからない。


「では、こちらに来てもらいましょう」


先に連れていかれた二人の外人、インド人、田中氏と共に
美鈴も空き店舗横の事務所に連れていかれる羽目になった。

 

 

 

 

 

 

 

*この話はフィクションです。実際の場所、店とは一切関係がありません。

 

 

3 Comments

  1. 美鈴ちゃん、かわいそう。
    それにしてもハプニングによくあいますね。
    同行している外人お二人、どうも胡散臭い。
    頑張れ、美鈴!
    続きが楽しみです。

  2. Annaさん、みっけ!^^
    早めのUPありがとうございます。でも、田山さんがいない・・・
    なんだか怪しげな外人さんととんでもないハプニングに巻き込まれて
    美鈴さん、大変です(+_+)
    一歩間違えれば泥棒さんの片割れにされそうな勢いでしたが
    すずめさんがいてくれてよかった!!
    これだけ大騒ぎになれば、きっと誰かが田山さんに通報しますよね。
    そして田山さん登場!・・かな?
    ・・・でも、美鈴さん粉まみれです~~(T_T)

  3. は~~い、なるべく週1アップを守ろうと努力しております。
    早々と見つけてくださって、ありがと!
    ★キーナさん、
    >それにしてもハプニングによくあいますね。
    ハプニングに合う人って、ホントに信じられない体験を
    いくつもしておられます。
    でも今回ばかりは美鈴のせいじゃないな。
    >同行している外人お二人、どうも胡散臭い。
    ですね(笑)
    いきなり初対面の人と仕事する怖さは、
    相手の素性、人柄が完全には読めないことです。
    ★ちのっちちゃん、
    >でも、田山さんがいない・・・
    うん、ごめんです。でも虫さんもいないです(笑)
    >怪しげな外人さんととんでもないハプニングに巻き込まれて
    そうなんですよ。
    すんごく怪しげなんですが、受けちゃった仕事なので、
    投げ出すわけにもいかない。
    ・・・のうちに消火器が!!
    >美鈴さん粉まみれです~~(T_T)
    そおなんです。
    消火器の粉は人体に無害らしい(消防局に問い合わせました)
    ですが、何しろすごい風体。

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