26キリギリスの誓い

kirigirisu_title.jpg

 

 

インド人店主と美鈴のクライアントは、別々に事情聴取を受けた。

警察の調べにより、消火器のピンはあらかじめ抜けていたことがわかり、
ウィルクス氏が「わざと」消火器をぶちまけて混乱を呼んだ、
という疑いはなくなったようだ。

その説明を聞いた外人ふたりの「自分たちは被害者」のトーンはさらに上がり、
憤激していたが、急速に疲れてもきたらしく


“ノドが痛くて気分が悪い。補償も何もいらないから、すぐホテルに帰りたい。”
“病気になって倒れそうだ”


胸とノドを押さえて、いかにも苦しげに二人が訴えるので、
警官が困った顔で


「わかりました。では、パスポートを見せてもらって、宿泊先を確認し、
 ここにサインと拇印と押してもらえば・・・」


美鈴が通訳するとすぐにパスポートを提示し、さらさらとサインはしたが、
断固、拇印は拒否した。


“我々は犯罪者ではなく被害者である。拇印を押す必要などない。”

「しかし・・・」


若い警官は困って、上司らしい警官を見上げたが、
外人ふたりはさらに胸を押さえて、苦しい、苦しい、と訴え、
さっさと立ち上がると


“義務は果たした。車をつかまえてホテルに帰る”と言い残し、
やんわり止めようとした警官を振り切って、出て行ってしまった。

美鈴と田中は粉まみれのまま、さらにしばらく事情聴取につき合わされ、
1時間近く経った頃、ようやく解放された。

美鈴は田中に、仕事が中途半端に終わったことを詫びかけたが、
田中は手を振って止め、通訳派遣会社にはこちらから事情を伝えておく、
と言って小さく会釈すると、あっさり消えてしまった。


なんだか、ヤな感じ・・・。

こっちに落ち度がなくても、依頼人の顔を立ててすみませんを言いかけたのに、
粉まみれのまま、こんなところに置き去りにするなんて。


アーケード内はテープが張られ、清掃が始まっていたが、
野次馬は治まるどころか、さっきより増えたようで、
粉まみれの美鈴を興味津々の目で見ている。


「おい」


ぐっと腕を引っ張られたので、反射的に抵抗したが、
相手を見直すと、マサだった。

相変わらずこめかみにシルバーのメッシュが光り、
珍しいものでもながめるように美鈴を見ている。


「ひでえカッコウだな。え?そのままじゃ、帰れねえだろ。」


こっち来いよ。


強引に美鈴の手を引っぱってアーケード街を進むと、
衣料品店の前で止まった。
カジュアルな品ぞろえだが、こぎれいな店構えだ。


「ここで服買って、着替えてけよ。
 それじゃ電車はとうてい乗れねえし、
 表に出てタクシー拾うにも、指さされちまうぞ。」


おうい、サム!


店の奥に声をかけると、スウェットにアポロキャップの男が現れた。
どこかで見たような顔だと思ったら、
真の同級生でバレーボール大会の話をしていた男だ。

美鈴のありさまを見ると


「うわ~、ひでえ。
 あのボヤ騒ぎ、あんたがかかわってたのか。」

「ボヤじゃねえよ。消火器の暴発だ。」


美鈴が反論する前に、マサが切り捨てた。


「消火器ぃ?なんだ、そうだったのか。
 遠目に見たら白い煙が立ち込めてたから、おれ、てっきり・・・」

「だったら、とっくに消防車が来てんだろよ。
 ところであんた、あの男とどこで知り合った?」


マサが美鈴に向き直ると、急に訊いてきた。


あの男って?


マサの言葉に美鈴は首をかしげた。


「今日は随行通訳の仕事を依頼されたんです。
 田中さんはこの界隈にくわしいとかで・・」

ちがう!


「日本人のほうじゃねえ。あの金髪のでかい男だ。」


金髪と言えば、名乗らなかった方の無口な男だ。
きちんとジャケットを着こなし、服装はまともだったが、
こちらを寄せ付けない雰囲気があった。


「だから、通訳を頼まれたお客さまで・・・」

お~~~い、マサ!


アーケードの向こうから、警官が手招きしている。


「ちょっと話ぃ、聞かせてくれ。」

「あ、はい!」


マサはすぐに返事をすると、


「ち、しょうがねえな。
 善良な市民の義務として、警察には協力しなけりゃなんねえ。

 いいか?
 サムんとこでいつもの葬式スーツより、マシな服見つけてもらえ。
 終わったらすぐに迎えに来るからな。」


ちったぁ気分直しでもしようぜ。


にやりとして親指を立てると、マサは悠々と警察の方へ歩いていく。

サムは後ろ姿を見送っていたが、美鈴に向き直ると人なつこい笑顔を見せた。


「あんた、マサのお気に入りだねえ。
 ま、入んなよ。」


サムが手招きして、美鈴を招き入れようとした途端、


「待てよ、サム。」


後ろから、黒いTシャツ姿の男が滑り込んできた。
ちらっと美鈴を見ると、「よ、こんちは」と白い歯を見せる。

鰻屋の鉄五郎だった。


「おう、鉄か、珍しいな。どうした?野次馬にとんで来たのか?」

「いや。このお姉さん、借りるぜ。」


鉄五郎が美鈴の腕に手をかけて、店から引っ張り出そうとすると


「おい、そりゃダメだ。マサになぐられる。
 頼むって言われたんだからさ。
 それにどっちにせよ、服が要るだろ?」

「この人、マコトの彼女なんだよ。」

「なんだか、そんなような話も最初に聞いたけど、
 そうでもねえってマサが言ってたしよ。
 おいこら!鉄!」


行こう、と耳元で促され、ぼうっとしていた美鈴は
鉄五郎に連れ出されるまま、サムの店を出ようとした。


「おおい、俺、マサに殺されちまうよ。どうしたらいいんだ?」

「走って逃げられちまったって言っとけ。」

「そんなこと言ったって・・」

「お前、こないだ俺に5千円借りたろ?
 そのあと、大統領で飲んだ時も踏み倒したじゃないか。
 俺が責任もつからさ。マサに見つからないようにしてやりたいんだ。
 お前も見てみろよ、彼女にはまこっちゃんの方が似合いだろ?」


美鈴の両肩をつかむと、くるりとサムの方に向けた。


ううむ。


サムがうなると、鉄五郎はためらわなかった。美鈴の手を引っ張ると、


「じゃ、あばよ。わりいな。
 ほら急いで。マサが戻ってくっぞ。」


店横の小さなドアからアーケードの外へ忍び出ると
すぐ近くの店へ美鈴を引っ張り込んだ。

ジャングルのように、店先、天井、壁にびっしりと服がかかっている。
何段にもかかった服を分け入って店内に入ると、表から姿は見えなくなった。

ミリタリー専門なのか、中はカーキ色や迷彩柄でいっぱいで、
「米軍放出品」「中国人民軍」「自衛隊装備」などといったポップがある。

奥から刈り上げヘッドのマッチョな店主が現れると、


「いらっしゃい。お、珍しいな、てっちゃん。
 彼女連れ?」


鉄五郎が美鈴の手を引いているので、そんなセリフが出たのだろうが、
鉄はかまわずそのまま奥まで入ると、やっと手を放してくれた。


「や、ひでえありさまだねえ。
 さっきのボヤ騒ぎに巻き込まれたのかい?
 大変だったな。」


缶コーヒーでも飲む?と刈り上げ店主が外へ出ようとするのを止めて、


「悪い、ノボルさん、急いでるんだ。
 大至急、彼女にひとそろい探してやってくれよ。
 このままじゃ、外歩けねえだろ?」

「それはいいけど・・・」


刈り上げ店主は、粉まみれになった野暮臭い紺のスーツに目を走らせ、
どうしたもんかとアゴに手を当てた。


「うちの店ので、どんなのが似合うかな?」

「なんでも似合うよ。とにかくサイズの合うの、出してやって。」

そうだな。


店主はじっと美鈴をながめてから、「こっちへ」と手招きした。

ラックからいくつか服を外し、棚からTシャツをつかみ取ると、
店内にあるカーテン奥へと押しやった。


「まずは、このへんで試してみなよ。似合う似合わないじゃなく、
 とりあえず、体に合う服を探すつもりでさ。」


店主の渡してくれた「このへん」とは、迷彩柄のカーゴパンツに
オレンジのTシャツ、カーキ色のナイロンパーカだった。

パンツはマジックテープでウェストを調整する必要があったが、
他はサイズがぴったりだった。
見た目よりずっと着やすい。


「どう?着られる?」


外から声をかけられたので、美鈴はとりあえずカーテンの外に出た。
内側に鏡はないので、自分の姿を確かめることはできない。


「ほおう・・・」


外で待っていた男ふたりが美鈴を見て、ユニゾンで驚きの声を漏らした。


「似合うねえ、意外にも。いや、ぴったりだよ。
 うん、かわいい、かわいい。」


店主が目を細めて美鈴の服をチェックしていると、鉄五郎は目を見張っている。


「うへ、こんなにしちゃって、まこちゃんに怒られないかな。
 どうしよ?」

「こんなにって失礼だな。いや、すげえかわいい。
 髪が白っぽくって、お顔が汚れてるのもカモフラージュ風でいいじゃない。
 あっちに迷彩柄のミニスカもあるんだけど、穿いてみる?」


店主が取りに行きかけるのを、鉄五郎が制して、


「ダメ!急いでるんだ。今はこれでいい。
 帽子とかない?」

帽子ね、ハイハイ。


店主は、カーキのミリタリーキャップと黒いニット帽のほかに
U.S.Air Forceのパイロット帽を手にしている。


「へへ。マニアにはすごい人気なんだ。いっそ、どう?」


店主は乗り気だったが、鉄五郎が呆然としたままの美鈴に
すばやくミリタリーキャップをかぶせると、つばで顔が見えなくなった。


「OK!これでいい、最高!
 ぜんぶでいくら?」

え~と。


店主が店の奥から電卓をもってくる間に、
外から怒号が聞こえてきた。


「バッカ野郎、走って逃げたぁ?
 じゃあ、追いかけりゃあいいじゃねえか。
 あんな服着せたまんま、お客を行かせちゃったのかよ。」


聞き覚えのあり過ぎる声である。つい、美鈴まで縮こまってしまった。

気の弱そうなサムがマサに殴られてやしないか、と心配になったが、
マサには今、見つかりたくない。


「まじいな。」


鉄五郎も唇をかんで、じっと考え込んでいたが、
美鈴の姿を見直すと、にっと笑って


「でもこれなら目の前通ったって、わかんねえ。
 だいじょうぶだ。」

ありがとうございます。


美鈴は小さな声で礼を言って、ぺこりと頭を下げると
自分の黒いパンプスを履いた。


「うえ、それ違うな。ね、ここ靴も置いてたよね?」

「うんあるよぉ、ジャングルブーツにコンバットブーツ。
 防水もばっちりだし、蛇や虫にもだいじょうぶ。
 米軍がアフガニスタンで使ってるやつでさ。
 でも、男物が多いんだよなあ。足いくつ?」

「24です。」


ないなあ・・・今、24切らしちゃってる。


「ま、多少合わないけど、そういう着こなしだって自分で思えば・・」


店主がにこにこと言いかけると、外からまた声が聞こえてきた。


「だから、探してこいっつってんだろ! 
 あんな粉まみれのかっこなんだから、表歩いてたら目立つだろ?
 ほら・・」


マジ、まずい!


「いいか、美鈴さん。
 ここから山の手線のガード沿いにずうっと進んで、信号渡ってから、
 御徒町駅の改札を過ぎてすぐの“Beckers”で・・・」


言いかけてから、鉄は首をふり、


「あそこはダメだな、表からガラスで丸見えだ。
 んじゃ、いっちばん奥の”Fiddle”ってコーヒーショップで待ってて。
 いい、南口改札だよ、北口じゃなくて。
 バッグとか着替えとか、荷物はあとで俺が持ってくから。」


とにかく早く!帽子はぜったい脱がないで。
必ず行くから待ってろよ。


鉄五郎に尻をたたかれるようにして、美鈴は店を出ると、
サムの店の方はわざと見ないようにして、人ごみに紛れ、
御徒町へ向かう流れに飲み込まれた。

 

5 Comments

  1. Annaさん、UPありがとうございます。
    でも、また田山さんがいない・・・(TTTT_TTTT)
    なんだか 訳わかんない事になってますが、美鈴さんは大丈夫でしょうか・・・
    外人ふたりも田中さんも怪しいし、マサも危ない感じ・・
    ここは鰻屋の鉄さんが一番信頼できそうですね^^
    それにしても美鈴さん、大玉送りの玉よろしく人から人へコロコロと渡されて行きますが
    その先に田山さんいてくれるんでしょうか・・・(-_-;)
    そして超ド級の方向音痴美鈴さん、無事に言われたお店に辿り着けるのか・・・それだけが心配です><
    次回こそは田山さんを!!
    田山さん プリ~ズ カンバ~~ック!!(ToT)

  2. Annaさん 面白~い \(^▽^)/ 
    でも 田山さんが いな~い 。゜゚(>ヘ<)゚ ゜。
    鉄五郎はまこっちゃん派のお友達なのね。
    都合よくマサを呼んでくれたおまわりさん、これも鉄五郎の作戦かしら。
    黒子に徹して地味なスーツの美鈴ちゃん。
    これを機会に 私服で遊んでみるのもいいかも。
    店主の趣味だけでなく 予想外に似合っている気がする。
    顔のよごれがカモフラージュ風っていう解釈がいいね。
    お友達がみんな店主っていう下町ワールド、
    毒を食らわば皿までの勢いで美鈴ちゃんもはっちゃけちゃえ。
    しかし このお話読んでいると 通訳さんて大変そう。
    私は語学だめだから通訳さんて尊敬なんだけど
    何事も仕事になると大変なのね。それにしても。。。
    仕事はきつい 上司はきたない お客はこわい の3Kですね。
    これ読んで通訳志望をやめる人がでないよう祈ります。
    で、最後は大声で 私も
    次回こそは田山さんを!!
    田山さん プリ~ズ カンバ~~ック!!(ToT) ②

  3. こんにちは~
    美鈴さん、みじめー、かわいそー。
    でも是非、田山さんに、美鈴さんのこの晴れ姿(ガハハハ)を見せてあげてほしいです。
    田山さんの目がテン状態を見てみたい・・・・・。
    マサさんの中では、田山さんと美鈴さんはそれほどでもない仲と思ってるのですよね。
    田山さん、その思いが間違いであることを思い知らせよ!頑張れ!
    って、過激なキーナでした。

  4. Annaさん、こんにちは~^^
    美鈴さん、次々に大変な目に会っちゃって
    今回は真っ白、粉まみれですか・・・・
    変な外人さんとのちょっと危なげなお仕事の後には、
    マサさんに連れて行かれそうになったり。
    マサさん、美鈴さんがお気に入りなのかもね^^;
    危ない、あぶない・・・
    下町の皆さんは親切だけど、ちょとごーいん。
    彼女はダメ!と田山さんにしっかり掴んでいただかなくては!!
    それにしてもちゃんと目的のカフェにたどり着けるか
    私も心配です。。。
    そこに田山さんがお迎えにきてくれますように。
    マサさんに見つかりませんように。

  5. うう、今日からいよいよ師走。
    今年もあとひと月となってしまいました。
    さて、まだウロウロしている美鈴です。
    ★ちのっちちゃん、
    >でも、また田山さんがいない・
    ごめんにょ、虫も出ないけど田山さんも出ないの。
    そろそろ出る頃だと思いますが・・、すみません。
    >大玉送りの玉よろしく人から人へコロコロと渡されて行きますが
    おほほ、うまい!
    大玉に手足が生えて、ごろごろ転がされて・・って想像しちゃった(笑)
    美鈴本人がショックで呆然としてるので、
    つい意志もなくごろごろ転がされてますぅ。
    >超ド級の方向音痴美鈴さん、無事に言われたお店に辿り着けるのか・
    ありがと!
    アメ横は通りが平行なんだけど、何しろ路地が細かい。
    自分がどっちに向かってるのか、把握しないと。
    >田山さん プリ~ズ カンバ~~ック!!(ToT)
    はは、は~い!呼んできます。
    ★たますちゃん、
    >鉄五郎はまこっちゃん派のお友達なのね
    そうなんです。
    まこっちゃんを親子で応援する鰻屋さんなの。
    >黒子に徹して地味なスーツの美鈴ちゃん。
    これを機会に 私服で遊んでみるのもいいかも。
    ありがとう!
    たますちゃんと違って、ファッションセンスも知識もゼロなの。
    通訳ってファッション性を求められないので
    どんなスターの後ろでも、あの地味スーツ姿。
    >仕事はきつい 上司はきたない お客はこわい の3Kですね。
    仕事がきつい、は確かにそう。
    初対面の人と「公式の場」で仕事をしなくちゃならないのも、
    大変な一因ですね。
    駆け出し通訳には、ときに「はずれ」のクライアントも。
    >田山さん プリ~ズ カンバ~~ック!!(ToT) ②
    はいはい。
    ★キーナさん、
    >田山さんに、美鈴さんのこの晴れ姿(ガハハハ)を見せてあげてほしいです
    真っ白、粉まみれ。
    見せたくないだろうなあ(ため息)
    >マサさんの中では、田山さんと美鈴さんは
    それほどでもない仲と思ってるのですよね
    田山のうちがわからなくて、ウロウロ迷子になってるのを
    目撃してますからね。
    ちゃんと付き合ってれば、そんな事態にならんだろうと。
    >田山さん、その思いが間違いであることを思い知らせよ!頑張れ!
    ふふ、まず出てこなくちゃね。
    ★hiro305さん、
    >変な外人さんとのちょっと危なげなお仕事
    そう。
    通訳コーディネーター側は、この仕事をヴェテランの
    通訳には、振れなかったんでしょうね。
    まあ、これも修行の一部であります。
    >マサさん、美鈴さんがお気に入りなのかもね
    なんででしょうね。
    下町には珍しいタイプなのかも。
    トロい、野暮い。
    >下町の皆さんは親切だけど、ちょとごーいん
    江戸っ子は気が短けえ=気が早い=早飲み込み
    話半分で引っ張ってっちゃうので、もう。
    >ちゃんと目的のカフェにたどり着けるか
    私も心配です
    心配して下さってありがとう(美鈴)

Leave a Reply

Your email address will not be published.


*