27キリギリスの誓い

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鉄五郎に送り出された美鈴は、マサに見つからないよう、
小走りで店を離れた。

平日午後のアメ横商店街は、まずまずの人出だが、
さっきと違って美鈴に目を向ける者など、誰もいない。

あたりの視線がまったく自分に向かわないのを確かめると、
美鈴の足取りも、少しゆっくりになった。


ええと、ガード沿いってことは・・・。


店と人の多さに酔って、方角を見失いそうだが、
頭上を通る線路はひとつ。


これに沿って行けばいいよね、うん。


ときどき上を見ながら、春日通りをわたって御徒町の方へ歩いていくと、
ガード下にもびっしり店がならんでいる。

大衆割烹、焼酎専門、カフェ、寿司、モンゴル餃子・・・
個性的な店構えが多く、小さいながらけっこう繁盛しているようである。

看板をひとつひとつ確かめながら、改札を過ぎてさらに歩くと
ガード下、ほぼどんづまりに「Fiddle」の看板が見つかった。

コーヒーショップという話だったが、ビールの看板がでんと置いてある。
入ろうとして、美鈴は自分が財布も何も持っていないことに気づいた。

一瞬、ためらったが、鉄を信じてここで待つしかない。
レトロな木のドアを開けて、中へ入った。

 

 

ずいぶん時間が経ったように思う。
目の前に置かれたカフェオレのカップはとうに空だ。

たどり着いた当初は落ち着かなくて、
何度もドアから外の通りをチェックしていたが、
飲み終わった頃から頭がぼうっとしてきた。
鉄はまだ来ないが、何かトラブルでもあったのだろうか。

昼ごはんを食べそこねたので、サンドイッチでもと思ったが、
何しろ、一円も持っていない。

万が一、鉄が来られなくて無銭飲食となっても、
カフェオレ一杯なら、そう罪も重くないはずと
注文をがまんしているうちに、がくりと体がのめった。

いけない!こんなところで眠るわけには、
と思いつつ、ドアの開く音に気づいて何度目か、
入って来た人影を確かめる。


え?


黒いキャップにサングラス、ベージュのジャケットの肩に荷物を下げている。
逆光で顔はよく見えないが、すらりとしたシルエット。

キャップの男は店内をぐるりと見回すと、美鈴をみとめ、
ほんの少し首をかしげたのち、まっしぐらに近づいてきた。


「うそ・・・」


向かいに座った男がサングラスを取ったとたん、
固まっていた美鈴の口からこぼれた言葉に、にっこり笑い、


「ほう、たしかに見違えました。
 タフな女ソルジャーですね。」


美鈴は目をぱちくりさせた。


「あの・・・どうして、ここに田山さんが?」

「でも似合いますよ。いつもとは別人みたいだけど・・」


美鈴の疑問を聞き流して、コーヒーを注文すると
かついでいたバッグを開き、美鈴の荷物を見せた。


ほら。

「鉄ちゃんから預かってきました。
 まったくの空手じゃ、心細かったでしょう?」

「田山さん」


美鈴の連呼に田山の表情が、ぱっと変わった。


「ごめん。つい、うれしくて。
 鉄ちゃんが知らせてくれたんですよ。
 大変な目に遭ったんでしたね。
 大丈夫でしたか?
 ノドとか胸とか痛かったりしないですか?」


心配そうな目でまじまじと美鈴を見ると、
見られたほうは急に恥ずかしくなった。

ここに来てから、おしぼりで顔や髪をごしごし拭いたものの、
まだどことなく粉っぽい。
ひどい顔だ。田山に見せたい顔ではなかったのに。


「いえ、だいじょうぶです。」


小さくなって答えた言葉に、実に優しい笑顔が返ってきた。


「それはよかった。ここに着くまで心配していたのですよ。」


そのまぶしさに撃ち落されそうになり、
自分のみじめさが沁みてくる。


「田山さん、その帽子とサングラス・・・」


田山は少々照れくさそうに、キャップを取ると


「僕が変装する必要はまったくないんですが、
 鉄っちゃんに言われてなんとなく。
 おかしいですか?」


おかしくない。
それどころか、おしのびの芸能人みたいで、妙にハマっている。


「実は目が弱いので、いつもサングラスは持ち歩いているんですよ。
 夜目は利くんですがね。」


そういわれて、うす暗い建物の中を何の苦もなく降りて来た姿を思い出した。
あの日のことを考えると、いまだにノドが詰まる。

気まずそうに水を飲んだ美鈴に、


「上野に来たのに僕に会うとは、ぜんぜん考えなかったのですか?」


え?


正直、まるで考えなかった。
ここに来たのは仕事だったし、田山と歩いた文化、芸術エリアと、
猥雑なエネルギーに満ちたアメ横、御徒町はまるで違う雰囲気なので、
マサに会うかも、とは考えても、田山に出くわすとは思ってもみなかったのだ。


「ええ、まったく。
 田山さんはこのあたりをよく歩くのですか?」

「実を言うとそれほど来ないんですが、
 林を覚えているでしょう?
 彼はふだん、密林だの山奥だのと人里離れた場所で調査をしているせいか、
 帰ってくると、こういう人の多いところに行きたがるんです。
 動植物の観察も人間の観察も同じだって言ってね。

 ときどき、一緒に飲みに来ますよ。」


そうなんですか。


「ところで美鈴さん、昼ごはんは食べましたか?」

「いえ、消火器騒ぎでずっと警察の事情聴取に協力していたので・・」


それは気の毒に。


「では、ぜひエネルギーを補給しに行きましょう。」

 

 


店を出ても、田山は美鈴のバッグを持ったままだ。

「あの、バッグを」

美鈴が手を伸ばしても、重いから僕が持っている方が歩きやすいでしょう、
と渡してくれない。


「ここで僕とはぐれたら、帰れませんね。」


にこやかな顔でコワいことを言う。


「せっかく、ちょっとした変装をしているのですから、
 ディープ上野を歩いてみませんか?」

「でぃ、ディープ上野?」


美鈴が真面目に聞き返すと、田山はまた微笑んで


「大したことはないんです。
 子供の頃歩いたところを、少し探検してみたくなったので。」

 

 

さっきまでは立派な昼間で、空は青く、
行きかう人の服の色もくっきり見えていたのに
いつの間にかあたりはたそがれて、黄色いガラスを通したみたいに
ものの輪郭があいまいになっている。

田山と歩くうち、都会にも「猫みち」はあるのだと知った。

建物どうしのすきまの細い道、奥は行き止まりかとおもいきや、
小さな曲がり角があって、どこかの店の横に出たり。
うす暗いビルの中庭を通ると、曲がりくねった先が、
いきなり通りに開いていたり。

ときに「行き止まり」にも出会った。

居酒屋が並ぶせまい路地を進んでいくと、奥に針金が張られ
窓ガラスの割れた空家が、小さな廃墟のように立っていたりする。

そのたび田山は、「前は通れたんだけど」と少し首をかしげ、
美鈴の背中を押しながら後戻りしては、また別の路地に入って行く。

とちゅうから、街の景色は目に入らず、
見えるのは田山の背中ばかりになった。

どこをどう進んでいるのか皆目わからないが、
こうして、路地から路地へかくれんぼのように歩いていると、
ここが東京ではなく、どこか見知らぬアジアの街を
ふたりきりで歩いているような錯覚におちいる。

いつの間にか周りから聞こえる言葉まで、日本語ばかりでなく、
韓国語や中国語のまじるエリアになっている。

ごみごみした建物や小さな店の看板が並んでいるぬけ道を曲がると
不意に田山の姿が消えた。


え、どこ?


あたりを見回しても田山の姿は見えず、
小さな雑居ビルの階段が見えるばかり。


どうしよう?


“僕とはぐれたら、帰れなくなりますね”

まさか、迷子にしたあげく置いてけぼりにするつもりじゃ、
などと、むごい考えまで、ちらりとよぎった。
背中を冷たい汗が流れる。


どうしよう・・・


「たやまさん」


できるだけ普通の声で呼んでみた。

返事がない。


「たやまさん、まことさん?」


置いてけぼりに少々パニックを起こしながら、
連呼すると目の前の階段から、田山の足が現れた。


「ああ、いきなり消えてすみません。
 あたりの様子がすこし変わっているから、お店があるかどうかを・・・」


言いかけて美鈴のようすに気がついた。
横をむいて田山のほうを見ようとしない。


「みすずさん?」


田山は少し前かがみになり、美鈴の顔をのぞき込んでくる。
ほんの少し目がうるんでいるのを悟られたくなくて、
なおさら横を向こうとした。


みすずさん・・・・


美鈴の斜め後ろに立ったまま、田山がなだめるように
声をかけてきた。


「不安にさせてしまったかな。
 許してください。
 その代わり、上野で一番うまい焼き肉をごちそうしますから。」


どうして?


「え?」


涙がこぼれそうになるのをなんとしても阻止したくて、
美鈴は無理に言葉をつづけた。


「どうしてそのお店が上野一おいしいって言えるのですか?」


それはですね。


「友人に肉の流通を扱っているのがいて、彼が太鼓判を押してくれたんです。
 その店が一番だって。」
 
「へえ。でもその方だって、上野ぜんぶの焼き肉屋さんを
 食べ歩いたわけじゃないんでしょ?」


くだらない言いがかりだとわかっていた。
だが、くたびれて不安で、泣きそうなのをごまかしたくて、
わざとつまらない口答えをしてしている。


「そうですね。」


田山の微笑は優しかった。


「でも彼によれば、自分が知らないような焼き肉屋は
 うまいはずがない、って言うんです。
 ともかく、試してみませんか?」

ふくれたほっぺたが落ちるかもしれませんよ。


ふくれているかしら?


美鈴は両手でほっぺたを押さえながら、
笑顔で手招きする田山のあとをついて行った。

 

4 Comments

  1. AnnaMariaさん
    全くの予想してない田山さんが目の前に現われて「うそ~」
    でもなんかほっとして体の緊張がほどけてクニャッっとなった
    美鈴さんかな^^  心細くなってウルウルしたお目目からは
    本当は抱きついて泣きたい!って思ってしまいます。
    不思議な空間と異次元の二人ってところかな。何十年も前にしか行ったことがないですが上野・アメ横・御徒町など知らない路地が浮かんできます。
    さあこれからどうなるか・・・お楽しみです。ありがとう❤

  2. Annaさん、UPありがとうございます(^^♪
    ジャ~~ン!!田山さん登場(^O^)/
    でも、美鈴さんの思いはちょっぴり複雑?
    いきなりの再会に思考回路が間に合ってないみたいです^^
    田山さんの方は素直に喜んでる感じだけど、おいしいもの食べて落ち着いたところで
    ふたりがどんな事話すのかとっても気になります・・・
    あっ!でも美鈴さんまだ粉まみれのままでしたね。
    早くシャワーとかしたいよね。
    勇気出して田山さんちへ行っちゃいますか?(*^_^*)
    それともまた田山さんにお家まで送ってもらって、サヨナラですか?(-_-;)
    続き、待ってま~~す(^◇^)

  3. Annaさん、こんばんは~!
    お早いアップ、有難うございます^^
    鉄五郎さん、いい人だね~~
    ちゃんとまこっちゃんにバトンタッチしてくれて^^
    美鈴さんも本当は田山さんに会えて嬉しかったでしょうに、
    粉まみれの恥かしさにお腹もすいていてあんまり素直になれない・・
    こういう時は、素直が一番よ~
    でも不安になった後にちょっとすねる美鈴さんも可愛いわね。
    優しい田山さんは全部ひっくるめて包んでくれそう~~!
    うーん、いい男の前で一度すねてみたい・・・!
    (すぐ置きざりにされるか・・・涙)
    ・・にしても帽子とサングラスの田山さん、おしのび芸能人か!
    正に!!だわ^^

  4. おひょ~~、寒くなりました。
    先日まで、この分なら今年はコートなくても・・・
    な~~んて、大間違いだと思ったくらい寒かった。
    ほんの数日だったけど。
    お忙しい中、お付き合いいただいてありがとうです。
    ★bannbiさん
    今回の美鈴はちょい、スネ気味です。
    いっちばん格好悪いところに、心づもりなしで
    好きな人が現れちゃって・・・やっぱ、悲惨だな。
    >不思議な空間と異次元の二人ってところかな。
    うふふ、ありがとうです。
    知ってる街だけど、知らない路地めぐり。
    異空間トリップを楽しめるほど余裕があればいいのですが、
    何しろ、自力で生還できないほど方向音痴なので。
    でも異国で二人っきり気分も味わえたかも。
    ★ちのっちちゃん
    >ジャ~~ン!!田山さん登場(^O^)/
    いやもう、お待たせいたしました。
    >いきなりの再会に思考回路が間に合ってないみたい
    やあ、ホントにうまい言い方で、その通り。
    「ココで再会ってありえない」と(笑)
    女には「心(体も)のじゅんび」が必要ですもの。
    続き、どうなるか、待っててね!
    ★hiro305さん、
    >美鈴さんも本当は田山さんに会えて嬉しかったでしょうに、
    粉まみれの恥かしさにお腹もすいていてあんまり素直になれない
    そぉなんです・・。
    うれしいけど、あんまりみっともなくて、飛びつけない(笑)
    前回は自分から逃げ出したみたいだったし・・。
    >いい男の前で一度すねてみたい・・・
    きゃ~、きゃ~、わかるわかる!!!!
    で「そんなにすねるなよ」と言われてみたい!
    夢だわああ。
    >帽子とサングラスの田山さん、おしのび芸能人か!
    どうしてもまぶたから離れなくて(ため息)

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