28キリギリスの誓い

kirigirisu_title.jpg

 

 

息が詰まるほどせまい階段をみっつのぼり、
本当にこんなところにお店があるの?と疑いだしたとき、
小さなネオンが見えた。

焼き肉の油でべとついたようなドアを開けると、
夜にはまだ少し間のある、中途半端な時間帯なのに
店内は6割ほど、客で埋まっている。

開けっぱなしの窓から、隣のトタン屋根やビルの屋上が連なって見えた。

肉の焼ける音にまじって、どっと笑い声があがる。
女性ばかりの宴会らしく、小さな子供たちも混じっている。


いらっしゃい。

奥から黄色いTシャツの男が現れ、無表情に席を示そうとして


「マコト?」


するどい眼光が、一瞬やわらぐ。
男の目がざっと美鈴をスキャンし終わると、片方の眉をあげ、
微笑みと見えなくもない程度に口角が上がる。

座敷を指さすと、勝手にビールを持ってきた。


「これはうちのおごり・・・。AとBがおすすめだ」

 

焼き肉はほんとうにおいしかった。
肉が口の中でとろけるようで、いくらでも入ってしまいそう。

田山は澄ました顔で、どんどん肉を焼いては
「早く食べないと、焦げますよ」と美鈴にすすめる。


「おいしい!ホントにおいしいです。」

「上野一だって認めますか?」

「上野の焼肉屋さんに入るのは、今日が初めてですけど、
 生まれてから今まで食べた中で、いっちばんおいしいです。」


美鈴の言葉を聞いて、田山が微笑んだ。


「やっと笑いましたね。」

あ・・・。


そんなに今まで仏頂面をしていたのかと、恥ずかしくなった。


「ごめんなさい。つっかかってばかりで・・・」

いえ。


久しぶりの田山は、焼き肉を食べてもやっぱりきれいだった。
流れるような箸の使い方も、少し伏せ気味の目も、笑うとのぞく白い歯も。
ついつい、ぼうっと見とれていると


「まだ足りない?もう一人前、頼みますか?」


いえ、もうお腹がいっぱい、と答えたのに、
田山は軽くウィンクして、首をふり


「まだまだ。
 ここへ来たら、ぜひ石焼ビビンバを食べなくちゃ」


あつあつ、ぱりぱりのビビンバとデザートの柿まで、
結局、するりとお腹に収まってしまった。

お腹がいっぱいになったら、先ほどのいら立ちが消えている。

そろそろと田山を見上げると、美鈴の視線に気付いて、
にこりと微笑んでくれる。

うれしいけど、どこか後ろめたい。

気づけば店内は満員で、来たときの倍のにぎやかさ。
こんなわかりにくい場所にあっても、
おいしければお客はちゃんとやって来るものらしい。

てんてこ舞の黄色Tシャツ兄さんに目で別れを告げ、
人が並んでいる、きゅうくつな階段を下りて狭い路地に戻る。

小さく切り取られた空間に、白い月が浮いていた。


「きれいな影絵みたい。」

「ホントだ、シンプルな構図ですね。」


細い路地に立ったまま、ふたり前後して、紙のような月をながめる。

やがて、田山が振り向いて美鈴にうなずくと、ゆっくり歩き出した。
うす闇に浮き上がる白っぽい背中を追おうと近づきかけたが、
急に自分の息が気になる。


「・・・・」


2、3歩先で田山が半分こちらを向いて、追いつくのを待っている。
まだ美鈴の荷物を肩にかけたままだ。


「おいしかったけど」


田山の頭が少しかしいで、先を促す。


「すごくニンニクが効いてたみたいで・・・どうしよう?」

「ニンニクが嫌い?」

「そうじゃないけど、ちょっと気になって」


美鈴が口元に手を当てながら、遠慮がちに歩み寄ると、田山は微笑んだ。


「僕も食べたんだけど・・」


そう、そうですよね、と答えて美鈴も笑った。

歩き出すと建物の屋根越しに、見えたり隠れたりしながら、月がついてくる。
表はにぎやかな繁華街でも、一歩入ればこんな静かな異世界だ。

時おり、すれちがう人たちは誰も急いでおらず、
迷った風もなしに、どこかへと歩みを進めている。
都会の猫みちには、あちこちに巣穴があるようだ。


「どうしました?」


立ち止まって、さまざまな店に消えていく人を眺めている美鈴に、
田山が声をかけた。


「う~ん、巣穴にもぐる動物みたいだなって。
 田山さんの研究は都市と自然でしたよね。
 その中には人間も入るんですか?」

「人間も動物で自然の一部ですが、その行動を調べているというより、
 人間によってもたらされる影響を調べています。」

「虫を使って?」


田山はこちらを見上げている美鈴から、目を離さずに答えた。


「虫や植物を通じて。

 土と水と空気も調べて、この世界がどう変わっているのか
 解き明かしたいんです。」


そうですよね。それがお仕事ですものね。


うなずいた美鈴を田山がじっと見ていたが、
どちらからともなく、また歩き出す。

人通りの多い小路に出ると、田山は酔漢からかばうように、
ぴったりと隣に並んでくれた。

闇雲に歩いているあいだ中、自分の現在地がつかめてなかった美鈴だが、
頭上にガードが見えてくると、ここがどこか、ようやくわかった。

右に行けば上野駅、左に進めば御徒町駅。
どちらからともなく立ち止まった。

 

「もう少し、時間はありますか?」


美鈴はちょっとためらった。
ええ、といいかけて、「いえ」と言い直した。


「明日も仕事があるのに、準備が済んでいないんです。」

そうですか。


ガード下の小路は呑み屋が密集しているせいか、人通りは絶えない。
そんな場所でも別れがたくて、向かいあい、無言で見つめあった。

近くをまた酔漢がかすめて通り、田山は守るように一歩美鈴に歩み寄る。
視線はひたり、と美鈴に据えたままだ。
田山の顔がぐっと近づく。

無意識に瞳の色を探ると、縁のほうから金色の輝きが増してくるのが見えた。
周囲から音が消え、燃えるように輝く瞳に魅入られる。

そのまま、どのくらい立ち止まっていたのだろう。


「そろそろ。・・・帰ります。」


やっとのことで、美鈴が言葉を押し出した。


「そうですか」


田山の目が細くなり、まなざしがやわらいだ。


「では、気をつけて」

「はい」


別れの言葉を告げたのに、どうしても歩き出せない。
だまったまま、さらに立ちすくんでいると、酔っ払いが「ち、邪魔だよ」と
つぶやきながら、よろめいてくる。

田山は美鈴の背に腕を回してかばうと、駅の方へそっと背中をおした。
背中から温かい熱が伝わってくる。


「行きましょう。」


この腕から離れたくない。

強烈な思いが、体を貫いた。
自分で断ったくせに、引き留めてくれない田山が恨めしくなる。
一緒に住みませんか、とまで言ってくれたのに。

どんなにゆっくり足を運んでも目的をもって歩けば、
あっという間に着いてしまう。
そんな場所だ。ここらはしょせん小さなエリアなのだ。

御徒町の駅に着くと、田山は美鈴の背中から手を離し、
バッグを肩から外して、美鈴の手に握らせた。


「では、お仕事がんばってください。」

「はい・・・」


さよなら、と言えばいいのだとわかっていたが、言いたくなかった。
また今度・・と言っていいのかわからなかったが、言いたかった。
でも言えない。


「いろいろありがとうございました。
 ごちそうさま。」

「いえ。気をつけて。おやすみなさい。」


重い足を踏み出して、改札の中へと入る。
一度振り返ると、田山が手を振ってくれた。
美鈴も小さく手を振って、こんどこそ階段を上る。
折よくホームに電車が滑り込んでくる。
どっと吐き出される人を待って、美鈴も乗り込もうとした。

が、どうしてもできずに、人の波にさからってホームに残った。


やっぱり、どうしても、もう少しだけ、一緒にいたい。

美鈴は回れ右をすると、ホームからの階段を駆け下り、改札口に走り寄った。
田山の姿はすでにない。

バッグから携帯をひっぱりだすと、大あわてで田山の番号を押す。


「お客様のおかけになった電話番号は、電源が・・」


駅のあたりを駆けまわって見回したが、あの懐かしい背中はどこにも見えない。
田山は行ってしまったのだ。

 

 

酔っ払いを躱しながら、ゆっくりと歩き始めた田山だが、
小路を曲がろうとしたところで立ち止まる。
見知った顔があったからだ。


「変なところで出会ったな。」


田山が声をかけると、小糸が笑いながら近づいてきた。


「見てたよ、さっき。
 二人であんな風に見つめあってたら、通行の邪魔じゃない。」


田山は答えずに歩き出した。


「あの人と付き合ってるの?」

「ああ」


田山は顔をあげなかった。


「付き合っている二人がさよならするには、まだちょっと早いんじゃない?」

「そうかな。」


小糸は田山に並ぶと


「弱気だね。」


その言葉にふと田山が顔をあげた。


「彼女に何か、言われた?」

「べつになにも。」


田山が顔を前にもどした。


「うっそ、すっごいがっかりした顔してるよ。」

「そうかな。」

「そうよ、しけた顔。ふられたみたい。
 ねえ、一杯だけやってかない?」

小糸は顔のまえで、くいっと手首を動かすとさっさと歩き始めた。

 


「マコちゃんが誰かと付き合ってるって聞くの、初めてかも。」

「僕だって付き合ったことくらいある。」


小路からほど近い居酒屋だ。
店内はびっしり人が詰まっているので、外に置かれた小机と椅子に収まった。
小糸は親のちあきおばさんと違って、辛党を任じている。


「昼間、鉄に会った。」


あはは、と笑って、小糸が豪快にコップ酒を飲んだ。


「マコちゃんは、あたしの顔見ると、鉄の話ばっかするね。」
「付き合ってるんだろ?」

まあね。
鉄はいい奴だから。


「でもね、鰻屋のおかみさんになりたくないんだ。」


小糸の服装は地味に見えるが、どれも自分でデザインして、
作ったものと知っている。
多色使いのストールがぴりりと利いていた。


「ならなければいい。
 小糸はデザイナーを続ければいいじゃないか。」


そうかな。


「鉄のおばさんは、そう考えてないよ。
 鉄の嫁は、一緒に店を切り盛りすべきだって思ってる。
 ホントは鉄だって、そうして欲しいんじゃないかな。」

「小糸に無理をさせたくないはずだ。」


小糸は顔をあげて、隣の田山を見た。
こういう雑然とした酒場にいると、端正な美男ぶりが際立つ。
となりのテーブルの女性たちが、ちらちらとこっちを盗み見ているのがわかった。

なんとかに鶴って言葉、ぴったりだよね。


「なんか言ったか?」


田山が顔を近づけて、小糸の口元に耳を寄せたので、
すこし、あわてた。
照れ隠しに、つい言葉が飛び出た。


「あたし、昔ひどいこと言った。」

「・・・・」


問い返さないところを見ると、田山も覚えているのだろう。


「マコちゃんの目、ぎんぎん光って気持ち悪い、とか、
 お化け屋敷に住んでて、狐に取りつかれてる、とか、
 魔物だ、とか・・・」

「覚えてないよ。」


小糸はゆっくりかぶりを振る。


「ほんとはね、すごくきれいだと思ってたからなんだ。
 マコちゃんの目、ときどき金色に光る。
 怖いくらいきれいに。」


田山は、ちらりと小糸をながめたが何も言わない。


「あの通訳の子、服のセンスは最悪だけど、なんだかいじらしいね。
 マサが目つけるのわかる。
 あのタイプには、もっとガンガン行っていいんじゃない?」

「無理じいしたくない。」


ほら、また弱気。


小糸は水を飲むようにコップを空けた。

「ばけものだって、魔物だっていいじゃん。
 だって、すっごくきれいなんだから。」

「ばか。ぜんぜんなぐさめになってない。」


小糸が酔っ払ったら、今度は自分が鉄を呼ぼうと、
お代わりを注文する小糸をながめながら、田山が小さくため息をついた。

 

7 Comments

  1. お待ちしていましたよ~。
    田山さんと小糸さんが一緒のところを美鈴さんが見てしまって、
    誤解するっていう展開はないですよねー・・・・。
    また小糸さんって微妙な雰囲気の人ですね。
    鉄さんとつきあってるけど、ほんとは田山さんが好き!ていう感じ。
    危ない、危ない美鈴さん。
    小糸さんに取られないようにね!
    そんな心配いらないかもしれないけど。
    世の中、何が起こるかわからんから・・・・。

  2. Annaさん お忙しい中、きりぎりすをありがとう。
    しかし、帰っちゃうのかい?世間はクリスマス気分なのに。。。
    って、田山さんの世界は違う季節か。
    美鈴ちゃんの気持ちもわかるけどね。
    もう一押ししてくれればってのもわかるけど。
    でも、今の田山さんにそれを望むのはちとかわいそう。
    なんてったって、虫さんやら不思議ちゃんモードで
    美鈴ちゃんにびびられてしまったもんね。
    でも、すれ違い。
    うぅ、Annaしゃん、ここは番外編で別バージョン作って、
    Anna作品を良い子でまっているファンのために
    ケーキよりあま~いクリスマスプレゼントを読ませて下さいませ m(_ _)m

  3. Annaさん、UP待ってました~ありがとうデス^^
    でも、ちょっぴり切ない展開ですね・・・
    ギリギリのギリギリでやっと踏みとどまった美鈴さんなのに
    田山さんの姿がない・・・
    美鈴さんは、果たしてそのまま諦めて帰路についたのか
    追いかけて、小糸さんと連れ立って歩く田山さんを見つけてしまうのか・・・
    Annaさんのお話はいつも一筋縄ではいかない感じだから(そこがいいんだけど)ちと心配です・・・(-_-;)
    ヘンな風にこじれませんように・・・
    そして、早くあまあまの二人が見られますように!^m^

  4. たびたびです (*^^*ゞ
    >田山の目が細くなり、まなざしがやわらいだ。
    ここはやわらぐんじゃなくて、寂しそうになったとか残念そうになったってところじゃないか、はたまた桜の下のドンヒョクかってって気になってました。
    また読みにきて、田山さんは美鈴さんへの思いが強まると、瞳にメラメラって金色の焔が立ちのぼっちゃうんですね。
    で、美鈴さんが帰っちゃうとわかって、その焔も鎮火してしまったと。
    今回の金色の輝きは、いかないでビームだったんだろうな。
    ってことに気づいたので、またまたおじゃましにきました。
    小糸さんは、昔はちょっぴり仲良かったのかな。
    そんな女の子にこんな事言われると、繊細な男の子としてはおちこんじゃいますよね。
    いじめるって妬みからきているのかな。
    なら、学校でいじめはやめましょうっていうだけじゃなく、いじめられるのは、あなたが素敵だからって言ってあげたら、いじられてる子も救われるんじゃないかしら。
    いじめている子も、「やーい妬んじゃって」って言われると「そんなんじゃないやい」とか言っていじめるのをやめるかもしれない。
    I wish you a Merry Christmas!

  5. Annaさん、アップを有難うございます^^
    クリスマスが終ってやっと時間ができたら、うーーむ、
    肝心の田山さんと美鈴ちゃんがクリスマスモードじゃない・・・
    あの焼肉屋さんから先は、切ない2人になっちゃったんですね^^;
    お互いに遠慮してあと一歩が踏み出せない。
    ・・・ちょっと押してくれれば・・・
    ・・・ちょっと待っていれば・・・・
    世話焼きオバサンが2人の手を引っ張ってやりたいわ~~!
    次の接点をもてるのか心配です。
    田山さん、「無理じい・・」もたまには必要よ!!

  6. 追伸です~^^
    今年1年(実はその前も・・)楽しいお話を
    沢山読ませていただき、本当に有難うございました^^
    Annaさんやここdalの作家さんたちには
    いつも気持ちをほっこりできる時間をいただき
    とてもとても感謝しております^^
    どうぞ来年もわがまま読者を見捨てず宜しくお願い致します。
    お元気で、良いお年をお迎えくださいね~~♪

  7. 遅くなりまして、みなさま。
    年が明けちゃいました。
    ★キーナさん、
    いつも優しいレスをありがとうございます。
    きちんと読みこんで下さって、もう未熟者は毎回、汗をかいてますが、
    とってもうれしいです。
    クリスマスも年末も過ぎてしまいましたが、
    愛と感謝を贈ります。
    田山ではないですが、愛のハグを・・・
    むぎゅっ♪
    ★tamasuちゃん、
    クリスマスに2度も来てくれて、ホントうれしいです。
    クリスマスのばたばたに巻き込まれながら、
    頭では、いろんなお話を夢見ていたんですが、
    いかんせん、文字にする暇がなくて・・・
    ちゃんとした書き手なら、真夏でも秋でも、
    クリスマスの話が書けるんだろうになあ。
    ま、クリスマスプレゼントにはなりませんでしたが、
    年末置き土産くらいとなったので、また読んでくださいませ。
    ご愛顧、ありがと~~!
    ★ちのっちちゃん、
    いやあ、ちのっちちゃんの苦手なものがときどき
    出てくるのに、よくぞずっとお付き合いくださって、
    本当に感謝しながら、ときどき心配しております。
    >Annaさんのお話はいつも一筋縄ではいかない感じだから
    そお?
    それはすごく褒め言葉ですの(笑)
    いっつも、ああ、ひねりがない、芸が足らん、と
    反省しておりますものですから。
    もっともっと、精進いたします。
    ★hiroさん、
    ごていねいなご挨拶までいただいて、
    ネットの向こうから、ハグを贈ります。
    クリスマス、年末を過ぎて、ますますフカフカになったので、
    気持ちいいよん、ぼよ~~~ん!
    お話は、読んでくれる人がいてこそ生きるもの。
    読み手のいない、お話は一方通行の片思い。
    受け止めてくれる皆様に感謝してます。
    どうぞ、こちらこそ、お見捨てなく。

Leave a Reply

Your email address will not be published.


*