35キリギリスの誓い

kirigirisu_title.jpg

 

R表現があります。
苦手なヒトは、こちらでUターンを(AnnaMaria)

 

 

「美鈴さんはお腹すいてない?」


美鈴のコートをクロークに仕舞ってくれながら、田山が訊いた。


「ぜんぜん・・・。
 食べ過ぎくらい、いろいろ食べちゃいました。
 たや、とと、真さんこそ、あまり食べなかったでしょ?」


二人きりの時「田山さん」と呼ぶと即、ペナルティが課せられる。
「相手の言うことをひとつ、なんでも聞く」って奴。
これまでに2度、ペナルティを喰らったが、
どんな望みをかなえたのかは、とても言えない。

真さんは顔に似合わず、横暴なところがあるわ。

今もちかっと田山の目が期待に光ったが、あやうくセーフ。
美鈴はそれほど、スイッチの切り替えがうまくない。


「僕はおみやげをもらったので。」


やや古風な折り詰を紙袋から出して掲げる。


「へえ。そんなのが出るんですか?」

「あの会は昔風で、講演者にお礼とお土産を出すんですよ。
 最近ではあまりないけど。」

「じゃ、わたし、お茶をいれます。」

ありがとう。


ここのやかんは古いけど、いつも顔が映りそうにピカピカだ。
やかんだけじゃなく、ちょっとレトロな流しも食器棚も。
下町レディースがいっしょうけんめい磨いてくれているのだろう。

もし、自分がここに住むことになったら、
こんなにきれいにしてられるだろうか。

にぶい金色のやかんをガスにかけながら、美鈴は台所を見まわした。
食器棚から青い絵付けの小皿と湯呑みを取り出す。

新しく買ってはいないから、誰かが使っていた湯呑みだろう。
おかあさんかな、おばあさんかな。

テーブルに持っていくと、ちょうど田山が部屋に戻ってきたので、
無言で問いかけると


「風呂をわかしてきたんだ。」

「あ、はい。」


そう言われただけで赤くなるのも変なのだが、やっぱり顔が熱くなる。
田山はそんな美鈴を横目で見ながら、折詰を開いている。

二段になっていて、一段めに笹巻き寿司、
もう一段にはおかずが詰合せてあった。
開けたとたん、ぷんと笹と酢めしの匂いが漂う。

鮮やかな笹の緑に白いご飯、玉子、かんぴょう、のり、海老の赤。
二人でいろどりの良い箱庭をのぞき込む。


「へえ、きれい。」

「まだ少しならつまめるでしょ?
 美鈴さんのお皿も持ってきたら。」

はい。


結局、美鈴はパーティでさんざん食べたにもかかわらず、
お土産の折りを分けてもらった。


「うふ、おいし。」


美鈴の満足そうなつぶやきに、田山が微笑した。


「いいお顔だ。
 お寿司に妬ける。」

 

あら。

 

「食べてばっかりでごめんなさい。」

「いや。
 美鈴さんが居てくれてうれしいよ。」


美鈴は、田山がきれいな箸使いで食べるのをうっとり見とれていた。
何をしてもきれいな人だ。


「そういえば、林さんもいっしょにご飯食べたそうでしたね。」

「ああ、いつかね。」


急に口調が冷たくなる。

食べさせてあげたところ、見てたのよね。


「さっきは林さんが不器用で、どうしても春巻きがうまくつかめなかったの。
 それで・・・」

「あいつなんか、ほうっておけばいい。」


やっぱり気に入らなかったか。


美鈴は上目づかいで、お茶をすすった。
こぶりの筒茶碗で、あっさりした赤絵がついている。


「これ、誰の湯呑だったの?おかあさまの?」


話題を変える接ぎ穂が欲しくて、そんなことを訊くと


「いや。母のは仏壇にあげてあるから。
 おばさんたちの、誰かのじゃないかな。
 前はなかった気がする。」

「じゃあ、わたし、ここに自分のを買って来ようかな。」


とたんに田山が表情をなごませた。


「ああ、ぜひそうしたらいい。」


ガタガタと雨戸の鳴る音がした。
この季節にしては、それほど寒くない夜だが、
家の外では風が強くなってきたようだ。

田山がついと立ち上がった。


「ちょっと外を見てくる。
 先にお風呂に入っていて。」

はい。


またしても意味なく赤くなりながら、美鈴はうなずいた。
だが田山といっしょに「外」に行きたいとは、決して思わない。
何度ここへ泊っても、あちらの「離れ」に近づく気は金輪際なかった。

お風呂に向かおうと、着替えを出していると
寝間着がないのを思い出した。

これまで、あまり寝間着を着る機会がなかったのだが、
お風呂上りにワンピースを着る気にはなれない。

仕方ないか。

 


美鈴が風呂からあがって、髪を乾かしていると、後ろで気配がした。
鏡を見ると田山がドアに手をかけて、こちらを見ている。

だまったまま、じっと見つめているので、恥ずかしくなったが、
田山の視線は動かない。

不意に田山の見ているのは自分じゃないのかも、と気づいた。


「あの、また借りちゃって・・・」


言いわけのように、着ていた浴衣を引っ張った。
最初に泊めてもらったときに借りたものである。
美鈴が借りると、いつの間にか洗濯されてしまわれていた。

つまり、美鈴がいつ泊まったのか、おばさんたちには
完全に把握されているということだ。
考えると身がすくむほど、恥ずかしい。

田山は何も言わずに軽く頭を振り、それでもなお視線は外さなかった。


「これが気になる?」


横目で見ていたのが、真正面に向き直り、視線をぶつけてきたので、
美鈴のほうが鏡に向き直り、軽く髪をまとめた。


「おかあさまのだったよね。」

「ああ。」


わたしの後姿がおかあさんに似てるって、誰かが言ってたような。
もちろん顔はまったく似ても似つかないわけだから。


「思い出す?」


田山はこちらを凝視したまま、黙っていたが、
ふっとため息をついた。


「ちょっとだけね。」


田山の視線が重くて、茶化してしまいたくなった。


「じゃ、ママって呼んでもいいわよ。」

いらっしゃい。


そう言って笑いながら、腕をひらいた。

すっと田山が入ってきて、腕をひらいた美鈴ごと抱きしめた。
服の表面は冷えていたが、ふれあった頬は熱い。


「ママなんて呼んだことはない。」


耳元でぞっとするほど低い声がひびいた。

そうなの。じゃあ、おかあさん・・・


「それに母にこんなことしない。」


熱いキスが落ちてきた。
片手で美鈴の湿った髪をさぐり、うなじにも唇を押し当てる。
ぞくりとした美鈴は、気づかずに身をよじったが、
がっちりと抱きしめられたままだ。

うなじに落ちた唇は遠慮なく肩をすべってきて、
すこしずつ衿もとがくつろげられる。


う・・・・ん。
ダメ、まだ・・・。


「まだ、なに?」


さらにゆっくりと両肩があらわになるまで押し広げられて、
さっと冷たい空気が触れ、背中にすっと指が走ると、
思わず声が出て、逃げ腰になる。


あ・・・。


腕をつかまれて半回転すると、洗面所から引っ張り出され、
廊下の冷たい壁に体の前面を押しつけられた。

風呂でほてった体に、木の壁がひやりとする。

耳から首すじへとやわらかい感触が動いて、
熱い息が肌に感じられた。


「寝室以外では襲わないようにしていたのに、
 あなたが・・」


やわらかくではあるけれど、肩の付け根をかまれた。

後ろから声が聞こえるだけで、顔は見えないが、
きっと瞳が金色にけぶっているだろう。

さらにぐっと押し下げられた衿もとから、裸の胸がこぼれだし、
手のひらでゆっくり覆われながら、板壁に押される。

固くて冷たい。

やわらかく胸がつぶれ、冷たい壁に胸の先がこすれる。
じりじりと体のあいだへ指が回ってきて美鈴を確かめ、
両手で腰をつかまれた。


僕のものだ。


ぐっと後ろから突き上げられた。
あっと思わず声が出る。

恐ろしくあられもない格好だろうに、
自分を求める男の息があがるのを聞き、
とてつもなく感じてしまっていた。

肩と胸に冷たい壁がこすり、後ろから熱い体に抑え込まれ、
どしん、どしんと言う規則的な衝撃と共に奪われる。


僕のもの。僕のもの・・・


不意に不思議な視線を感じた。
家の中には誰もいないはずなのに、何かに見られているような・・・。

はっとふり向きたい衝動に駆られたが、
後ろから押さえつけられていてはかなわない。

 

ヤン夫人かな。
それとももっと他の・・・?

 

美鈴の思考力を破壊するように、後ろからの衝撃が激しくなり、
打ちつけられる度ごとにいつしか、声をあげていた。

 

 

 


目を覚ますと温かい繭の中だった。
温かく堅い肩が顔の下にあり、ぎゅっと胸の中にくるまれている。

そうっと自分の身体を撫でてみたが、浴衣の残骸は見当たらない。
どこかで脱がされてしまったのだろう。

この部屋はぴっちりと窓が閉められているので、時計を見ないと
朝なのか夜なのかがわからない。

そっと首を持ち上げて、大きな体ごしに
ベッドサイドテーブルにあるはずの時計を探す。

この家にある唯一のデジタル時計らしいが、
この暗がりに美鈴の視力では数字を判別できない。
焦ってさらに体を起こそうとすると、
背中にあった腕にさらうように抱きこまれ、
まぶたに唇が触れた。


まだ朝じゃない。
おやすみ、みすず。


かすれた声。
真さんはこの部屋の中でだけ、わたしを美鈴と呼ぶ。

そのうち、この部屋の外でも呼んでくれるのかな。
その時はちゃんとお嫁さんになっているんだろうか。

今はなに?こいびと。
それも少し焼きもちやきの恋人みたいだね。

わたしに焼きもちなんて、ぜんぜん必要ないのに。
だって・・・。

美鈴は傍らの温かい体にぎゅっと手足を巻き付けた。

こんなに大好きなんだもの。

 


 

 

2 Comments

  1. サイト、メンテ中のことで、スレが2本立ったり、
    エラーが出たり、いろいろしますが、どうかご勘弁を。
    ちっとも進まない話ですが、春めいた夜に、
    もあ~~っと読んでみてくださいね。

  2. みなさま
    作業に伴い、コメント欄が非表示になりますが、
    読んだよからはメッセージが送れます。
    ご迷惑をおかけしますが、よろしくお願いいたします。

Comments are closed.