39キリギリスの誓い


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「ふうん・・・」

 

美鈴は昨今の不思議をかいつまんで、鉄五郎に話した。

ピエールといたホテルの窓に虫がたかっていたこと、
歩道橋を歩いていたとき、白い蝶が飛んできて、
その蝶がマンションの廊下でじっとしていたように思えたこと。

話し始めてみると、どれも「気のせい、妄想」
と片づけられても仕方ないほど、
我ながら根拠のない話ばかりに思えてきたが、
鉄五郎は途中でさえぎったり、笑ったりせず聞いてくれた。

モモちゃんは聞こえないふりをして、隣で資料読みを続けていたが、
いちど「あ!」と言って、テーブルの下に潜った。
何やら落としたらしい。

元の姿勢に戻ると、にっこり笑って、


「あ、ごめん、話の邪魔しちゃって。つづけてね。」


と、またすぐ資料に目を落とす。


「あの・・・どれも気のせい、って言えば
 言えるのかもしれないけど。
 鉄五郎さんは、今までにこれに類した話聞いた覚えあります?」

「ない。」


きっぱりとした答えに美鈴はしょぼんとうなだれた。

やっぱり、勝手な思い込みなのか。


「ただ・・・」
「ただ?」


座りなおした鉄五郎がむずかしい顔で、


「小学校のときマコトが転校してきて、ちょっと浮いてたけど、
 俺たちは構わずいっしょに遊んでたんだ。

 そしたら小糸がちょっとイジメっつうか、
 仲間外れみたいにされたことがあったんだけど、
 そのうち、やった方の子たちが次々事故にあったんだよね。」

事故?

「命にかかわる交通事故とかじゃなくて、
 工事現場を通りかかったら、地面に穴が開いてて足をくじいたとか、
 池の中にランドセルを落としちゃったとか。

 神社の階段を踏み外しておっこって、
 足を折ったってのが一番重かったかな。」

「そんなことがあったんですか。」

「その神社がたまたまお稲荷さんだったから、罰が当たったって言われてさ。
 マコトの仲間をいじめると狐のたたりを受けるとかって、
 いっとき騒ぎになったよ。」

はあ・・・。


噂は噂を呼んで、だんだん大きくなったのが、
見えるようだ。


でも狐?虫じゃなくて。


「でもどれも偶然重なったって言うような事故だったし。
 小糸をいじめたせい、って考えるには、根拠がなさすぎた。」

そう、ですね。確かに。

「化けもの屋敷に住んでるだとか、目の色が変わるだとか
 言われだしたのはその時だ。
 あの家も今よりもっと、うっそうとしてたしな。」

あ!


声をあげたのはモモちゃんで、またテーブルの下に潜って、
ゴソゴソしてる。

テーブルから顔をだしたモモちゃんを、美鈴と鉄五郎が見つめると
ニコニコしながらも、少し困ったような顔をしている。


「どうしたの?」

「いや、アタシ、田舎育ちだから、
 こういうところで見かけると、ついやっちゃうの。」

「何をやっちゃったの?」

「ほら、あのいちじくの木とかについて、木を枯らしたりするアレ。」


えっと?何の話だろ。


「ゴマダラカミキリ。」


鉄五郎がぼそっと言った。


「そう!あれを見かけたから、ついやっちゃったの、きゅっと。」


いっしゅん、3人に沈黙が落ちたが、美鈴が気を取り直し、


「あ、あんなの、冬でもいるもんなのかしら?」

「そうよねえ。
 きっとこのお店が、新鮮ないちじくとか使ってるのかも。
 ついでに赤ちゃんのGも見かけたから、つい紙ナプキンで。」

「Gって何?」

何のイニシャルだっけ。

「知らない?
 小学生の甥っ子がいつも『G』って言うから。
 英語だと頭文字が『C』よね。」

「俺も聞いたことある。最近の子は『G』って言うよな。」


う、もしかして、あの黒くて素早いやつか。


考えると背中が寒くなりそうだから、考えるのをやめた。

まさかヤン夫人や蝶の代わりに
奴が来たってことはないよね?
モモちゃん、つぶしちゃったみたいだけど。
 

くっくっく・・・。


鉄五郎が低く、体を揺らして笑ってる。


「まあ、なんだかわかんねえけど、
 とにかくもうちょっとあいつを信じて、
 このまま、やってってくんねえかな。
 確かに正体がわかんねえみたいなとこ、あるけどさ。」

あいつが『彼女』って連れてきたのは、
あんたが初めてなんだよ。


「はい、わかりました。
 貴重な時間をありがとうございました。」


つまんない相談をした自分が、急に恥ずかしくなった。
お嫁さんになりたい、とまで言った自分より、、
友だちの方から厚く信頼されているなんて、
田山さんに申し訳ない。


伝票を取ろうとすると、すぐそばの窓越しに手を振っている男が見えた。


ん?あれって・・・


その男は、あっと言う間に店の中に入ってくると、
迷わず、どさっと鉄五郎の隣にすわりこんだ。

黒い革ジャンにサングラス姿のマサだった。
相変わらず髪の両脇に白くメッシュを入れ、アブナイ雰囲気だ。

美鈴たちの後ろのボックスから、男がひとり振り向くと、

「よ!」と手を挙げる。

古着屋のオーナー、サムだ。


「俺がマサに知らせたんだ。わりいね。」


サムが美鈴に笑いかけた。


う、いつからいたのかしら?
もしかして、話を聞いてた?


不安顔の美鈴に構わず、マサは、


「実は折り入って、ちょ~~ど相談があってよ・・・・。」


鉄と美鈴たちの方へ、身を乗り出した。


「また相談かよ。」


鉄がうんざりした顔をした。


「いや、マジな話。
 あんたらがここにいる方が都合いいから、
 サムの知らせで飛んで来たんだ。」


な、上野のためにパッとひと肌脱いでくれ。


「ひと肌ぬぐって、その・・・」


おどおどと美鈴が言いかけると


「ばぁか!力貸せってことだよ。
 あんた通訳のくせに日本語わかんねえの?」

「わかってます、もちろん!
 ただ、不安だから確認しただけです。」


口をとがらせながら、美鈴が説明した。


「だいたいアンタ脱がせても、ぜんっぜん面白くなさそうだしよ・・・」


マサがじろじろと美鈴の体をねめつけながら言う。


「コホン!で、なんでわたしがひと肌・・」

「あんたマコトの女だろ?マコトは上野のちょい有名人って言うか、
 腹立つけど、出世株にはちげえねえからな。

 で、映画のエキストラなんだよ。
 あんた、早起きは得意?」


ぜ、ぜんぜん話が見えない。


「いえ・・・・あんまり。
 けっこう夜中まで調べものとかしてるから、寝るの遅いし」

「ふうん、ま、どうでも、いちんちくらい早起きしてくれ。
 アメ横を舞台にした映画を撮るってから、俺も協力しなくちゃ。」

「アメ横が舞台?どんな映画だ?」


鉄五郎が訊いた。


「組織の薬をパクった野郎が、上野に潜伏しやがって、
 組織の方が血眼に探す。
 で、野郎の知り合いで通訳の女が奴を逃そうとするんだが、
 逆につかまって監禁されるって話。」

「え~~?なんで通訳なんですか?」

「知らねえよ。
 監督がこの辺ロケハンしてエライ気に入ったんで
 設定変えてまで、ここでロケやるって意気込んでんだよ。

 呑み屋で俺と意気投合しちゃってさ。
 しぶい外人監督だけど有望らしいから、アカデミー賞は無理でも、
 ヨーロッパとかの映画賞ならいけるかもしれねえ。
 カンヌとか、いろいろあるだろ?」

「よく知ってますね。」

「俺、映画好きなんだよ。それも映画館で見るのが好きだ。
 北野武作品とかもぜんぶ見てる。

 とにかく、外国との友好親善、新米監督応援、上野の宣伝って、
 こんだけありゃ、どうしたってやんなきゃな。
 エキストラのとりまとめとか、地元の俺らが仕切っから。
 いいな?」


マサが順々に顔を見て行く。


「う。わかりました。」


美鈴が返事をし、鉄五郎が渋い顔ながら首を縦にふると、
マサは満足そうに顔を崩した。


「へへ。あんた、来たら、驚くぜ」


モモちゃんは先ほどより、資料から顔を挙げ、
とまどったようにこっちを見ている。


「おい、ちょっとそこの、まるまっちいの。」

「ちょっ!失礼でしょ?」


怒りかけた美鈴を制するように、


「えへへ、また丸いって言われちゃった。」


モモちゃんはニコニコ笑っている。


「美鈴のダチなら、あんたも乗りかかった船ってことで、
 エキストラ、手伝ってくれねえかな。
 いちんちだけど、人が多い方がいいから。」

「あ、はあ。それは。」

「マコトにも声かけんのか?」


鉄五郎が訊いて、マサとサムは美鈴たち越しに顔を見合わせた。


「いや、かけねえ。」


マサが答えると


「なんで?マコトの彼女に声かけて、なんでマコトに言わない?」

「マコトは目立つからヤなんだよ。
 あいつが来るとババアどもがきゃあきゃあ騒ぎやがるし。
 エキストラはフツーの奴でいいんだ。
 で、そっちは・・・」


美鈴にあごをしゃくって、


「通訳だろ?通訳のからむ話なんだよ。
 だから来てもらうわけ。わかったな?」

「んだよ、もう、ぜっんぜんワケわかんねえ。」


鉄五郎が頭をふって、口をとがらせた。


「いんだよ、わかんなくたって、急いでる話なんだから。
 あ、すずめとか小糸にはもう連絡したぜ。」

「で、いつなんだ、その撮影は?」

「明日の朝、5時からだ。」


え~~~っ!


美鈴と鉄五郎が一緒に大声を上げた。


「あしただと?」

「おうよ、だから急いでんじゃん。
 夜の撮影を早朝、撮るんだと。
 その方が人も少ないし、面倒がないからって・・・」

「でも、あしたって・・・」

「あんた、朝の5時から仕事あんの?」


サムが後ろの席から、のんびり尋ねてくる。


「いや、ないですけど明日は。」


美鈴はつい正直に答えてしまい、マサの得意そうな顔を見て、
しまったと思った。

明日は一件ビジネス通訳が入っていたのだが、
相手先の予定が変わったとかで、
急きょ、キャンセルになったのだ。


「じゃ、ごくろうだけど、そっちの丸顔お嬢さんといっしょに、
 通訳っぽいカッコで、5時にアメ横の看板あたりまで頼むね。」


にこにこ、サムが言うとモモちゃんは
「ハイ」と素直にうなずいている。


「っとモモちゃん、受けちゃっていいの?」

「う~ん、朝5時ってちょっと大変だけど、
 ここの宣伝になって映画になるんなら、少しくらい協力する。」


そ~~だよ!よく言ってくれた。


マサが身を乗り出して、モモちゃんの肩をポンっと叩いた。


「松田優作の“ブラックレイン”みたいだといいがな。
 いやあ、楽しみだ。じゃ、明日は頼むぜ。」


美鈴がレシートを取り上げようとすると、マサが手を振って、


「ここはいいから。」

でも、わたし・・・

「俺がいいって言ってんだろ!
 その代わり、明日死んでも寝坊すんなよ。

 お、そうだ!
 あんたらの携帯番号聞いとこう。さ、出せよ。」


美鈴とモモちゃんの携帯番号を赤外線でコピーすると、


「じゃな、早く寝て、早く来いよ。
 マコトと一晩中べたべた、やってんじゃねえぞ。」


マサ、サム、その上、鉄五郎にまで手を振られて店を出ると、
先に出たモモちゃんが少し上を見上げている。


「どうしたの?」


美鈴が訊くと


うん、アレ。


モモちゃんが指さしたのは、店の前に置かれている木で、
山茶花か何からしく、赤い花をつけている。
そのつやつやした葉っぱの上に、うす茶色のものが歩いていた。


「おっきいカマキリね。もう真冬なのに。」


モモちゃんが珍しそうに言った。

確かにこの時期カマキリは珍しいのだが、
美鈴にとってはあまり珍しくない。

だが今、店内にかけもどって
「こんな季節にカマキリがいる!」と
鉄五郎に訴えても何が言いたいのか、
わかってはもらえないだろう。


「モモちゃん、わたしのせいで巻きこんじゃったね。」


明日のエキストラの件は、マサが仕切りなので少々不安だが、
鉄五郎やすずめ婦人警官も一緒なら、そう妖しいこともあるまい。


「ううん、エキストラってやったことないから楽しそう。
 通訳のときのスーツ着てくればいいんだよね?
 じゃあ、美鈴ちゃん、今日はごちそうさま。」

「こちらこそ、付き合ってくれてありがとう。
 じゃあ、急だけど、また明日の朝。」

うん、バイバイ。


モモちゃんの顔みたいにまんまるい月が、
東から上ってきている。

はあ、今日は食べ過ぎ、とお腹をおさえていると携帯が鳴った。

 

 

5 Comments

  1. Annaさん、特急UPありがとうございます^^
    ・・・と、「本題」はいつのまにやらうやむやにどっかへ行ってしまいました・・・
    しかし、モモちゃんはとんだ伏兵かも。
    何気に「ムシ」達と親しそうだし(潰しちゃったけど) 隣りで奇妙な話聞かされてもてんで動じないし・・・。
    案外これから先、美鈴さん達の「お助けキャラ」かも^^
    そしてお話はとんでもない方へころがってますね。
    しかも田山さん抜きだし・・・(-“-)
    これは波乱の予感です。。。
    次回が相当に楽しみです♪
    いつ頃になりそうですか?Annaさん^m^

  2. あんなちゃん
    すばやいUPが嬉しい!
    うれしいけど・・・謎はかえって深まった気分なんだけど。
    なんでかなぁ~~(~_~;)
    んでさ・・・
    マサ、くせものでしょ。
    なんか、映画の話、うさんくさくないか?
    ちのっちさんの言うとおり、これでまた一波乱きちゃうだろうな。
    でもさ、こういう急展開の場面って、どんどん書けちゃったりするよね(^^)v
    だから、待ってるね♪

  3. こんばんわ~~ん!
    お寿司やで宴会してきたAnnaMariaです。
    満ぷく+アルコールで頭ぐちゃぐちゃですが、
    おいで下さってありがとう♪
    ★ちのっちちゃん、
    >「本題」はいつのまにやらうやむやにどっかへ行ってしまいました・
    あ、あはは(汗)覚えてた?
    モモちゃん一人でお話書けそうなほど、
    変わった子なんです。
    >そしてお話はとんでもない方へころがってますね。
    ぐふふ、ころがってます、まるまったまま・・
    って、それはワタシですが、お話もころがしてます。
    前回と今回で一話分なので、続けてアップさせてもらいました。
    いつ頃かな。
    とにかく週1アップをキープしたいと努力しております。
    ★あ、朝からオデン喰いのしーたちゃん、
    >謎はかえって深まった気分なんだけど。
    ほほほ、別の言葉でいえば「ごまかされた」みたい?
    >なんか、映画の話、うさんくさくないか?
    ほほほ②、もちろんうさんくさいです。
    でもマサが映画狂なのもホント。
    >こういう急展開の場面って、どんどん書けちゃったりするよね
    書いてるの、楽しいです。
    いろいろ浮かんできちゃいます。
    しーたもどんどん書いてね♪

  4. 早速の更新をありがとうございま~す。
    季節はずれの虫たちがいるってのは、やっぱり不気味。
    美鈴ちゃん、マコトさんには直接尋ねないのかしら?
    友達に確かめるってちょっと悲しい・・・・。
    でも、もしかして、マコトさん、
    虫たちがマコトさんが知らないところでいろいろしていること、
    全く知らないってことないでしょうね?
    とにかく、どういう展開になろうと、
    美鈴ちゃんとマコトさんが一緒にしあわせになりゃ、
    わたしゃ、何でも我慢します。

  5. キーナしゃん、
    いらっしゃいませ~~♪
    >季節はずれの虫たちがいるってのは、やっぱり不気味
    そ、ですよね。
    冬には虫は死んじゃってるか、冬眠しちゃってるか、
    が多いのに。
    さすがの美鈴も疑問に。
    >美鈴ちゃん、マコトさんには直接尋ねないのかしら?
    「あなた、虫使って、わたしのこと、見張ってる?」
    と聞けたらいいのに、意気地なしで(by 美鈴)
    >虫たちがマコトさんが知らないところでいろいろしていること、
    全く知らないってことないでしょうね?
    うん、いい着眼点です。
    で、どうなんでしょうねえ。
    >どういう展開になろうと、
    美鈴ちゃんとマコトさんが一緒にしあわせになりゃ
    ふふふ、確か目次にハッピーエンドをお約束って書いたような。
    だから、たぶん大丈夫でしょう。
    なに、そのうち美鈴も慣れるでしょうし(笑)

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