40キリギリスの誓い


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「で、昼からうなぎ懐石のフルコースを制覇してから、
 抹茶小倉パフェを平らげた。」

「そうなんです。」


こぽこぽこぽ・・・。
田山が慣れた手つきでお茶を淹れてくれている。


「それはよかったね、あの店は地元民しかあまり知らないし。

 で、こんな近くまで来ていたのに、
 まさか、あのまま連絡せずに素通りする気は・・」

「そんな・・・まさか。」


美鈴の額に、冷たい汗が少々流れた。


「電話してみようかな、と思ったところでした。」

「だけど、僕が誘っても晩ごはんはつきあってくれない、と。」

「えっとあの、すみません。
 パフェを食べたら、急にお腹がいっぱいになって」


美鈴はできるだけすまなそうな声を出したが、
あまりそう聞こえなかったようだ。


お茶漬けくらいなら食べられるかな。


きれいな手つきで差し出されたお茶を見ながら、
そんな不謹慎なことを考えた。


「僕は土曜日、講義があるから、残念なことに
  美鈴さんと昼ご飯を食べられない。」

「はい。」

「でも明日は日曜日だから、一緒に晩ごはんを食べて・・」


かたん、と自分の湯呑を美鈴のとなりに置き、
座らないまま、美鈴の後ろで立ち止まる。

美鈴の肩にあたたかい指が置かれ、
撫でるように優しくすべる。


「二人でゆっくり夜を過ごせたら・・・と思っていたのに。」

「ごめんなさい、今日は帰ります。」
 

肩に置かれた指の熱を感じてクラクラしながらも
美鈴は言った。


「明日、仕事が入ったの?」

「いえ、そうじゃなくて、実は・・・」


どうせバレるに決まっているなら、早めに言った方がいい。

美鈴は鉄五郎が和風パーラーに連れていってくれたこと、
そこでマサからエキストラを頼まれたことを話した。


「朝5時集合ってことで、急きょ友だちまで巻きこんじゃったから、
 どうしても行かなくちゃ。」


美鈴の肩をもみほぐすように、しなやかな親指が凝った筋を
的確にマッサージしてくれる。


あ!
気持ちがよくて、うなりそう。


「ここから行けばいい。近いでしょう。」

「でも通訳っぽい扮装で、と言われたから、
 帰って仕事用スーツに着替えてから行かないと。」


ふうん。


不満げに動きの止まった指先へ、きゅっと力がこめられた。


つ!
痛いけど、気持ちイイ。


「た、たかがエキストラだけど、いちおう画面の端にでも映るなら、
 ちゃんとシャワー浴びて、着替えて行きたいし・・・」


ふうん。


「僕も行こうかな。」

「あ・・の、田山さんは目立つからイヤだって、マサさんが言ってた。
 おばさんたちが騒ぐからって。」


マサの言うことなんか関係ない。


ところで・・・。

やわやわと田山の腕が美鈴の首の前で交差された。


「この家で田山さんって言ったら、お仕置きするって言ったよね?」


はっ!


「貴重な土曜の夜なのに、いっしょにごはんは食べない、泊まらない。
 なのに早起きして、マサの仕切るエキストラにはいそいそ行く。
 あなたはいったい誰の恋人なのかな。」


マコトさん・・・・。


美鈴は懇願するように呼びかけた。


「そんなイジワルばっかり言わないで。」

「イジワルを言ってるのは、あなたのほうだよ。」

 
首に回った腕がきゅっと少しきつく締まった。
頭のてっぺんに田山のあごを感じる。


どんなお仕置きにしようかな。


のんびりしたささやきを聞いて、美鈴はぞくっとした。
前回の「お仕置き」を思い出したのだ。


「ままま、まことさん・・・」

「なに?お仕置きのリクエスト、というのは聞かないからね。」


さわさわ・・と後ろから美鈴の頬に田山の頬がすりつけられる。


「期待でふるえてるんだ。かわいい、ホントに・・・」

「期待しているわけじゃ、ない・・から。」


ふと目を閉じた脳裏に、またしても白っぽい映像がよみがえった。
白いはばたき。光に舞う白い羽。

どうしても頭から離れてくれない。

くっと固まった美鈴を、背中から抱きしめていた田山が前に回り込む。
目をあけると、真正面に田山の顔があった。


「あなたは、僕を信用してないね。」


田山の目はいちだんと明るい金色に燃えて、
その中心の黒い瞳が、まっすぐ美鈴に向けられている。


「心の底から、大好きです。」


きちんと目を見返して答えた。

これはほんとだから。

ただ、あの蝶が何をしようとしたのか、
わたしが引っ張らなければピエールに何が起こったのか。


美鈴の思いが聞こえたかのように、田山は腕をゆるめた。


「どうして僕に訊かない?」

「聞いたら、答えてくれるの?」


田山は答えなかった。
代わりにじっと美鈴の目を見つめる。
いつのまにか頬をそっと撫でられていた。

目をつぶってしまいそうになるけど、頑張って開けていた。


言えることと言えないことがある。

秘密は・・・
知る者が多いと、秘密にしていられなくなるから。


「あなたもわたしを信用してないわ。」


美鈴の言葉に田山の瞳がきらっと光ったように見えた。


そう・・ではないけど。


「自分をさらすのが怖いんだ。
 あなたが離れて行ってしまうようで。
 なにを聞いても僕から離れない、とは言えないだろう?」


何を聞いても。


確かに怖い。

知らないままも怖いが、田山の秘密を知ってしまうのもやはり怖かった。
どんなことを知っても絶対に離れない、という確信を今は失っていた。


返事を美鈴の表情から読み取ったのだろう。

田山はほんのかすか、さびしそうに微笑んだ。


「僕はもう、あなたがいないとどうしようもないのに。」


ゆっくり美鈴を抱きしめると顔を近づけてきた。


みすずさん・・・
このままでは帰せないよ。


謎めいた視線に魅入られて、息ができなくなりそう。
近づいてきた唇を前にそっと息を吸い込むと、田山の首に手を回した。

 

 

この家には、自分と真しかいないのだから、
こんなに律儀にドアを閉めなくても、と思うのに、
美鈴を寝室に連れ込むと、いつも
「かちり」と音がするまでドアを閉め、
場合によっては、鍵までかけた。

灯りを消さないのもいつものこと。

寝室に入ると真の表情や体つきまで、少々違って見える。

最初にゆっくりと手が伸びて、美鈴の服を脱がせようとするとき。
手つきは優しげなのに、どうしても体がびく、と震える。
でも動かない、動けない。

獲物にしびれ薬を差し、自由をうばってから捕食する虫を思い出した。
この部屋の外では、穏やかなインテリそのものなのに、
ここにいる時の真は、時折、ぞわりとする獣性を感じさせる。

熱い視線と温まった肌の匂いにしびれて、
自分の身体の上を動き回る、真の器用な指しか感じられない。


「みすず」

は・・・い。


そろそろと真の顔と体が近づいてきて、
逃げようもなく、逃げたくもなく、
どれほどの炎にとらわれるのか、怖いような予感と共に
キスを受ける。

しっかりと抱きしめられた肌ごしに、
彼の中で燃えている熱と欲望を感じ取り、
その激しさに焼かれる思いがする。

何度も口づけ合ううち、理性も恥じらいもどろどろに溶け、
ベッドで一つのかたまりになったときは、
お互いの荒い息と濡れた感触しか認識できない。


「みすず・・・みすず・・・」

あなたが欲しい。


あなたもわたしを求めているのを、恐ろしいほどじかに感じられる。

わたしの中はすでにあなたでいっぱいなのに、
奥の奥までぶつけられる度に、痛いほどあなたを感じる。


もっともっと奪って。

それだけ、あなたに近づける気がする。
あなたの寂しさをなぐさめてあげられる気がする。

あなたと一緒なら、痛みすら快感だ。


「みすず、平気?」


嵐の中で水面に浮き上がるように、
ときおり、優しい気づかいをかけてくれる。


平気よ、何だって。
あなたと一緒なら。

こうしていると、あなたが心の奥底にかくしているものが何であれ、
一緒に泳いでいける気がする。

それがわたしに向かっている限りではあるけど。

 


ほとんど言葉を交わさず、
それ以外すべてを使ってのコミュニケーションが終わって、
真の腕の中深く抱きしめられていると、
このまま、うっとり眠りこんでしまいそうだ。

ほんのわずか、まどろんだ後、
身体にかけられた腕をかすかに押し、体から外す。

真の眉が、ひくりと動くのが見えた。

このまま目を覚まさないでいて欲しかったが、
美鈴がベッドから降りると、細く開かれたまぶたから金色の目が見える。


「帰るの?」


ん・・・ごめんなさい。
約束してしまったから。


床にちらばった服を拾い出し、そそくさと見えないように、
ゆっくりと身に着ける。

視線が注がれているのを、痛いほど感じながら。

ようやく身支度を終えると、そっと立ち上がった。
それを合図にしたように、田山もベッドから起き上がる。


「送って行くよ。」

「タクシーで帰るから大丈夫。
 今夜はごめんなさい。」

「じゃあ、せめて車に乗るところまで。」


いいのに。


日頃の几帳面なようすとは別人のごとく、
起き上がった田山がそこらに落ちている服を
荒っぽく適当に身に着けると、かちり、と鍵を回して
ドアを開けてくれた。

寝室をでると暗い廊下の空気が冷え切っており、
外はもっと冷えているのが察せられる。


「ちゃんと、あたたかくしておいで」


田山が美鈴の首にストールを巻きつけながら、
にっこり笑った。


玄関を出ると寒気が襲ってくる。

そよとも動かない楓たちのわきをそっと通り過ぎ、
小暗い影にひそむ稲荷の社に、小さく会釈をして、
銀杏わきの道を下り、車の拾えるところまで進む。

手をつないだまま、遠くに赤いランプが見えるのを待つ。

赤いランプが次第に近づくのが見えて、
田山の手がぎゅっと強く握られ、やがてそっと離される。


「じゃあ、おやすみ。」

「おやすみなさい。」


車に乗り込みながらも、さっきまで分かち合っていたぬくもりを
もう恋しがっている。

すぐに車は動き出した。

明日の約束はしなかった。
どんな風にいつ終わるのか、皆目見当がつかないからだ。

今頃になって、サムに「相談」を聞かれてしまったことが
急に不安になり、心をむしばみ始めた。

 

 

6 Comments

  1. うぅ~ん、ちゃんと早いUPをしてくれたってことは、
    今が急展開の真ん中だから?
    読めば読むほどこの先が不安になってくるから、
    きっとほんとに今が大事な時なんだろうな。
    まことの切実な気持ちや寂しさが伝わってくると同時に、
    やっぱりこの美鈴の背筋がちょっと寒くなる感じが伝わってきて、
    いったいこのあとどういうことになるんだよ~~!
    ハッピーエンドだよね\(^O^)/
    と、念を押したいこの頃です。

  2. しーたちゃん、ありがとさん。
    >ちゃんと早いUPをしてくれたってことは、
    今が急展開の真ん中だから?
    え~と風邪ひいて仕事休んで、時間があったから(笑)
    基本、週一を守りたいんですが、これがなかなか・・・。
    >読めば読むほどこの先が不安になってくるから、
    きっとほんとに今が大事な時なんだろうな。
    そろそろ、お話を転がして行かないとね。
    >ハッピーエンドだよね\(^O^)/
    と、念を押したいこの頃です。
    の、つもりなんだけど、うまく行くかな。

  3. うぅ~ん②
    Annaさん、早いUPを有難うございます。
    ・・にしても、田山さんの秘密がだんだん不安になってきた・・・
    美鈴さんは絡めとられた蝶なんですか~~?
    お家の中でも寝室に入るとちょっと人が変わるあたり、
    本来のまことさんは、穏やかで紳士ぜんとした彼とは
    ちがうのかしら・・・
    でも彼の寂しさや美鈴さんへの恋焦がれようは伝わってきて
    つい 美鈴さん、離れないで!と思ってしまいます。
    映画撮影でひと騒動が起きそうな予感!

  4. hiroさん、読んで下さってありがとう。
    今日は東京寒かったです。
    >寝室に入るとちょっと人が変わるあたり、
    本来のまことさんは、穏やかで紳士ぜんとした彼とは
    ちがうのかしら・・・
    真さんは、おかあさんの為に「優等生」になるべく頑張ってきて、
    その後もずっと「優秀な学者」として歩んでます。
    本当はもっとやんちゃしたり、甘えたりしたかったのかな。
    あと、この「寝室」はちょっと特別な場所で、
    彼にとっての「解放区」
    獲物として連れ込まれる美鈴には気の毒ですが、
    押さえこんでいる「優等生」以外が解放されちゃうので(笑)
    >映画撮影でひと騒動が起きそうな予感!
    ふふふ。
    アップを遅らせないようにするので、
    どうかお付き合いを。

  5. わ~~ずいぶん超特急でUPして頂いたんですね^^
    田山さんと美鈴さん。ほんとに離れられないほど大好きなのに
    まだ、信じ切れないんですね・・・。
    「信じる」って、ほんとはすごく難しいことかもしれませんね。
    ある歌の歌詞に
    “信じることは裏切られることよりつらいことだとわかっていても・・・”
    っていうのがあって
    「ああ、そうだなぁ・・・」って納得したのを覚えています。
    「信じたい」とは簡単に言えても
    「信じます」と心の底から言い切るには、それなりの覚悟がいりますよね。
    でも、とりあえず今はその事はちょっと横に置いておいて・・・
    映画の話だよね!
    次回はエキストラのお話になりますか?
    どんな魂胆があるのやら・・・。
    きっと、現場の片隅にはカマキリ君がひっそりと美鈴さんを見つめているような気がします・・・(-_-)

  6. >田山さんと美鈴さん。ほんとに離れられないほど大好きなのに
    まだ、信じ切れないんですね・・・。
    信じていない=愛していない、という考えもあります。
    美鈴が信じきれないのは彼の倫理観。
    歩道橋から落っこちそうになった体を
    ひっぱりもどす感触を覚えているので、
    もしや、これは?と不安になる。
    もちろん、田山も同じですね。
    全てを見せることができない。
    >現場の片隅にはカマキリ君がひっそりと
    美鈴さんを見つめているような気がします・
    うふふ、今回はカマキリ・・かな?(笑)
    ああ、ちのっちちゃんが読み続けてくれますように。

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