43キリギリスの誓い


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白い蝶が空中をひらひらと飛んで、男の背中に止まる。
黒い革ジャンの斜めに構えた背中。
半ば振り返った横顔に白いメッシュが見えた、マサだ。

蝶がマサの背中をとび立つと、
マサの体がゆっくりと空中を落ちて行く。


あ、ダメ!だめよ。


美鈴が捕まえようと手を伸ばしたのに、
窓ガラスにはばまれて、外にすら出られない。


うぃーん、と低い羽鳴りの音が聞こえる。

だんだんふくれあがってくるようだ。
どうしても目が開けられないけど、同時に怖くて開けたくない。
窓の外の空一面、虫がびっしり覆っていたらどうしよう?


ばっさばっさばっさ・・・

美鈴さん!


だめよ!来てはいけません、真さん。
これは罠ですから。
あいつらは、あなたを捕まえて、
あなたの一風変わった能力を利用するつもりかもしれない。


急に美鈴の視界が開けた。

窓ごしに空を飛んでいる真が見える。
真の背中には何かの羽がついているようだ。


なんだろう・・・とんぼ?せみ?バッタ?

蝶の羽ではないようだけど、
とにかく背中の上を細かく羽ばたかせたまま、
スーパーマンのように拳を握って、この窓に突進してくる。


きゃああああああッ!
やめて!ここへ来ないで!だめぇ~~!


「美鈴さん」


や、いや!来ないで、来ちゃだめ。


「みすずさん!大丈夫ですか?」


ぱっとまぶたを開くと、驚くほど整った顔が
目前どアップで迫っていた。
目も鼻も唇も完璧に造られていて、生身とは思えない。

が、よく見ると、眉がひそめられて、
「心配顔」と題をつけたくなるような表情をしている。


「まことさん、飛んで来ちゃったの?」

「そんなに僕に会いたくなかった?」


ため息が聞こえた。
これが夢かどうか触ってみようとしたところで、違和感に気づく。

きれいな顔からいやいや目をそらし、手首を見ると
相変わらずピンクのふわふわがハマっている。


と言うことは、まだあそこ?
さっきはこんなフカフカの毛布はなかったけど。


ううっ!あ痛ッ!


頭を動かすとこめかみのあたりがぐわんと鳴って、
何十キロにもなったみたいに重たい。

目のピントも合わなくて、遠くのものの輪郭があいまいだ。


「みすずさん・・・」

ダメ!


心配そうに頬へ伸ばしてきた指をさっと払った。


「今すぐ帰って。マサに見つかる前に。
 あの人、あなたをおびきだそうとして、こんなことしたの。
 でも、一日経ったら無事に帰してくれるはずだから、
 ちょっとだけ我慢して待ってて。」
 
 ね?


田山は、しばらく黙ってじっと美鈴の顔を見つめていたが、


「あいつ、こんな真似しやがって・・・」


一瞬、きつく顔を歪めると、あとずさる美鈴の肩をつかんで、
毛布ごと抱きしめた。


「美鈴さん、まわりをよく見て。
 ここはどこかわかる?」


田山の胸から顔をあげるだけでも、頭が重くてつらい。
あたりはぼんやりかすんでいたが、どこか見覚えがあった。


「どこ?」

「僕の家だよ。あなたはずっと眠っていて、
 さっきから苦しそうにぐるぐる動き回るから、
 拘束が外せなくて・・・」

「頭が痛い。」

ついでに吐き気も。


真の顔がまたも心配そうにゆがんだ。


「何か飲まされた?
 薬とか飲み物とか・・・」

「あったかいお茶をいっぱいだけ。」


ああ、それかな。


「え?」

「僕が声をかけても美鈴さんは、全然ぐにゃぐにゃのままだった。
 意識のない人を連れて帰るのは、
 かなり大変だったんだよ。」

「・・・・・」


ようやく美鈴もここが、あのぼろいマンションではなく、
見慣れた茶の間のソファだとわかった。


あのお茶、親切で淹れてくれたと思ったのに・・・。


「マサは?」

「マサ?」


その名前に田山の表情が尖った。


「彼の心配をする必要はないだろう。」


言い捨てるとみすずの手首をつかんだ。


じっとして・・・。


田山はピンクのふわふわをかき分け、
しばらくじっと目をこらすと、立ち上がって何かを取って来た。


「それは?」「ドライバーだよ」


手首をひざに置かせ、ふわふわにドライバーを突っ込んで回すと、
かきん!音がしてばねが外れる。

もう片方にも同じようにしたところで、
ようやく美鈴の両手が自由になった。


「!」


しばらく自分のてのひらをかわるがわる見つめてから、大きく開き、
前にかがみこんでいる田山の肩に回して、思い切り抱きついた。


「あ~ん、真さん!助かったぁ」


勢いで田山が少し後ろにのめりそうになったが、
態勢を立て直し、苦笑しながら美鈴を抱きとめてくれた。

田山の肩におでこをあてて、思い切り匂いを吸い込む。

おでこを支点にしてぐりぐり頭をすりつけて、
ぶれて痛む感覚をわざと味わって・・・。

田山は抱きしめたまま、しばらく美鈴の好きにさせていたが、
美鈴が大きく息を吐いて、
再び胸の中に埋まってしまうと声をかけた。


「どうしてこんなことに?」
「どうやって助けてくれたの?」


二人同時に問いかけて、同時に笑った。
しばらくお互いゆずり合っていたが、


「早朝からのロケだって言ってたから、
 昼前には終わるんじゃないかと思って、連絡を待ってたんだ。」

「なかなか終わらなかったの。
 ロケの途中でちょこっとケガしちゃったから、
 つやこおばさんに手当してもらって・・・」


美鈴はその後のことをかいつまんで説明した。
聞き終わると田山は、顔を曇らせて
美鈴から手を放してしまった。


「あいつ、殺してやりたくなったな。」

ダメよ、ダメ!


美鈴はさっきの夢を思い出して、ぞっとした。


「マサって、どうして真さんにこだわるの?」

う~ん。


田山は微妙な表情をした。


「彼とはちょっと因縁があるんだ。
 あなたを巻き込んでしまって申し訳ない」

「母親のつやこおばさんが真さんの熱烈なファンだから・・・」


関係ない。


「意外と関係あると思うけど。」

「君が拘束されてベッドに横たわっているのを見つけたときは、
 あのまま救急車を呼んで、警察に通報しようかとも考えたけど・・」


口調は穏やかだったが、盗み見た表情は仮面のように堅い。


「見たところ、君は安らかに眠っていたから、
 一刻も早く無事に連れて帰るのを優先したんだ。
 マサにはもっと・・・」


真の目がずん、と強い光を帯びる。


「別のやり方で思い知ってもらう方がいい。」

二度とこんな真似はさせない。


穏やかな言い方が逆におそろしかったが、
これ以上、マサのことは気にかけないことにした。


「どうして、あの場所がわかったの?」

ん?


という感じで美鈴の顔を見直し、ゆっくり髪をなでた。


「空を飛んで助けに来てくれたとか?」

スーパーマンみたいに。


美鈴は冗談めかしながら、両手でマントを広げる仕草をした。

真は、まさか・・・と低い声で笑うと
「やっと元気になってきたみたいだ。」

「じゃあ、どうやって?」

「あまり言いたくない方法なんでね。
 無事に帰ってきてくれてよかった。」


田山は美鈴の頬を包むとゆっくりと指で髪を梳いた。
ぞく、と言う感覚が背筋を走る。


「ごまかさな・・・」


言葉は襲ってきた唇にさえぎられた。
美鈴の中であふれかえっていた質問が、
柔らかくて温かい感触にしゅわっと溶けていく。


もっと・・・


美鈴は甘えて目を閉じる。

ほんのわずか、柔らかい感触を待ち焦がれて震えたけど、
すぐに望んでいたぬくもりが下りてきて、
何度か唇の上をこするように、さまよっていた。

やがて温かな舌が入り込んできて、絡み合い、
お互いをきつく抱きしめあって、深いキスを交わす。

2度、3度と続くうちに抱き合ったまま、
ふたりでソファの上に倒れ込んだ。

自分の上に田山の体の重みを感じるのが、
これほど甘く、懐かしい感じがするとは。


これ。やっぱり、この人が恋しかった。


美鈴はうれしくて、半ば目を閉じたまま微笑み、
両腕を伸ばして下から田山に抱きつくと
ゆっくりと田山の体が降りて来る。


ガラッと玄関が開く音がした。

威勢のいい足音も聞こえてきて、
美鈴はあわてて、ソファから飛び起きようとしたが、
上に田山の体がのっている。


「まこちゃん!」


若い男の声。
聞き覚えがあるような・・・。


「どうだった?気がついた?
 病院に連れてく?」


どこどこと踏み込んでくる足音の主が姿を現すのと
田山が美鈴の上から降りたのは、ほぼ同時だった。


「あれ」


固まったような二人を前に、若い男がぴたりと歩みを止めた。


「もしかして、邪魔しちゃったとか?」


いや。


「さっき気がついたところだ。
 まだ頭が重いらしいけど・・・」


ふうん。


「病院連れてって、胃洗浄とかしなくてもいいのかな。」


省吾はつかつかとソファのわきに進んでくると
無遠慮に美鈴を見下ろした。


「顔、赤いね。」


言われて、美鈴がますます赤くなった。


「さっき運び込んだときは真っ青だったのに。
 マコちゃん、なんかしたの?」

「ほんの気付け薬だけ。」


田山が笑って片目をつぶり、美鈴の手を取ってそっと撫でる。


「手も温かくなった。」

はあ・・・


省吾は、近くの椅子にどっかり腰を下ろすと、


「あなた、すっげえ重かったんだよ。
 二人がかりであの部屋から連れ出して、マコちゃんがおぶって
 車に乗せて・・・って。」

「本当にごめんなさい・・・でもあの、
 隣の部屋で見張ってた人は?」


田山と省吾は、ちらりと顔を見合わせたが


「いなかったよ。部屋の鍵もかかってなかった。
 古くてオートロックじゃないから助かったね。」

「足の錠は?」

「隣の部屋の小机に鍵が置いてあった。
 だけど手錠の鍵が見当たらなくて、
 そのまま連れてくるしかなかったんだ。」


美鈴も何となく思い出した。

お茶を飲む前にトイレに行きたいと言うと、
見張り役の若い男が足の錠を外してくれたのだ。


「でも、どうやってあの場所がわかったの?」


美鈴が問いかけると、またも二人が顔を見合わせた。


「言ってないのか?マコちゃん」

「まだ。今、気がついたばかりだから。」


そう言うと、二人とも黙り込んでしまう。
わけがわからなかった。


「どうして?」


省吾がほれ、と言うように、田山にアゴをしゃくる。

ふむ、と唇を結びながら、田山がため息をつく。


実は・・・


「君にバグを付けたんだ。」

「バグ?」

バグって虫のこと?

 

 

 

 

7 Comments

  1. よかったぁ!無事助かって!やはり田山さんが省吾さんと助けてくれてましたね。なかなかどうやって助けたか言わないですが、バグをつけた(?)と言いましたね。やはり。最初、美鈴の夢はほんとの夢かと思うほど、やはり田山さんは虫の化身だったか!と思いました。ある意味間違ってはいないでしょうが、今後の展開期待しております。更新楽しみにしていま~す!

  2. ★さるうみさん、
    早々とありがとうございます。
    >やはり田山さんが省吾さんと助けてくれてましたね。
    省吾を覚えていてくれて、ありがとうです。
    田山の敷地内に下宿(?)している画学生です。
    >美鈴の夢はほんとの夢かと思うほど、
    やはり田山さんは虫の化身だったか!と思いました
    美鈴は自分の憶測と妄想で、頭がぱんぱんになってます。
    だからあんな夢見ちゃうんだなあ。
    超現実=シュールレアル、しております。

  3. いやいやいや、よかったよかった。
    なんにせ、よかったです。
    けど、私もだけど、美鈴さんの真さんへの疑惑を解いてくださいな。
    真さんと虫の関係が知りた~い。
    そしてそして、
    真さんのマサさんへの報復がこわ~い。
    虫地獄を楽しんでいただくのかしら。

  4. 何とか助かって良かった~^^
    しか~し、マサ、これは立派な拉致監禁ですよ!
    手錠・足枷、おまけに一服盛っちゃって・・・・
    冷たい眼の真さんがこわいな~。
    何より大事な美鈴さんにこんな事して、、、
    静かに切れるドンヒョクを想像したら
    報復も怖~い(アッ、それはボニドンか・・・)
    昔の因縁もからんでいるのですか~?
    バグって虫だけれど盗聴器みたいな意味もありますよね
    マサがらみだから心配になってつい付けたんだろうけれど
    美鈴さん、誤解しないでね^^;
    愛ゆえですので。

  5. >古くてオートロックじゃないから助かったね
    うん、本当に良かった。
    まことさんのおうちも、古くてオートロックじゃないから
    まいど、いいところでお邪魔虫がくるねぇ。
    でも、今回は許す。だって早く知りたいんだもの。
    省吾さん(ごめん、どなたさんでしたっけ、でした。
    Annaさん教えてくれてありがとう。ついでに登場回も教えてくれるとたすかります。)
    のおかげで、今度こそいろいろわかるのかしら。
    なんてったって、理由は、ってところで二人でみつめあったりして先送りされて
    私も美鈴以上に知りた~い!!です。
    Annaさん、ご無沙汰してしまいました。
    鰻と甘いモンだけ食べてた回は、さすがにここでお休みしたら・・・って思ったけど
    その後怒濤のアップありがとう。こちらこそレスが追いつかなくてすみませんでした。
    それにしても、全然先が読めないストーリー。Annaさん、すごいです。
    ここまでくると、どうしてなんだろうなんて考えずに、楽しませていただいています。
    あ、でも、ちょっと書くと、私は、どなたかがおしゃっていた、美鈴さんが虫使い、に一票です。
    連載が終わった時にでも、いろいろお聞きしたいなぁ。
    このお話、なんで思いついたん?とか
    初めは数回って聞いていたから、途中から内容かえたのかな?とか。
    え、今から終わる話しをするなって?
    楽しみにしている他の読者の方から石が飛んできそうですが、
    だって、すべてがわかってから、もう一度読み直したいんだもの。
    と、勝手な読者は書き逃げしていく~~

  6. 長々書いてて書き忘れました。
    リラックスするお茶って、ラリっちゃうお茶のことだったのね。
    これ、思いつかなかったわ。
    男の人にしては親切。だけどちょっと変?ってひかっかっていてはいたんだけど。
    なるほどね。

  7. 今晩は~!
    西の方は大雨で、関東は梅雨の晴れ間でした。
    でもまだ、それほどムシムシしてなくて過ごしやすいけど
    気温が激しく上下するので、風邪ひく方も多いわん。
    みなさま、ご自愛を。
    ★キーナさん。
    >なんにせ、よかったです。
    はい、ありがとうございます。
    ともかく無事で連れ出しました。
    >真さんと虫の関係が知りた~い。
    >真さんのマサさんへの報復がこわ~い。
    虫地獄を楽しんでいただくのかしら。
    ふふふ。
    虫地獄を延延と書いたら、読者がゼロになりそうです。
    わたしってば、自分の書いたのでコワがれるので、
    首を絞めそう・・・。
    どんな報復、でしょうかねえ。
    ★hiro305さん、
    >しか~し、マサ、これは立派な拉致監禁ですよ!
    手錠・足枷、おまけに一服盛っちゃって・・・・
    さようであります。
    昔の友達をおびきだすにも、こんなはっきり「犯罪」
    っちゅう形式を取っちゃまずいと思うんですが、
    このスタイルを好きで楽しむ方もいらっしゃるので、
    こういうもんがあるんでしょうね。
    >冷たい眼の真さんがこわいな~。
    どなったり、殴ったりしないけど、じわ~~っと(笑)
    でもそら、ドンヒョクの方が怖い。
    あの方は何するかわからん。
    監禁キスやらストーカーやら。
    (ドンヒョクなら、どっちもされてみたい)
    >バグって虫だけれど盗聴器みたいな意味もありますよね
    おお、良くご存じですね。
    でもそれについては、次回に。
    ★たます、またすたね、なんて(恥)
    たくさん、レスくれてありがと~~!
    >まことさんのおうちも、古くてオートロックじゃないから
    まいど、いいところでお邪魔虫がくるねぇ。
    そうなんだよ。
    日本家屋の悪いところで、開けっ放し。
    閉めだししにくい。
    おまけに下町って、鍵かけない、人のうちだろうと構わず行く、
    がふつうだった時代があって、
    プライバシーの確保が問題です。
    >ついでに登場回も教えてくれるとたすかります
    省吾が出てくるのは、23話です。
    話に番号だけ振ってると、あとで「あれ?」と思ったとき、
    探しにくいですよね。
    わたしは割に副題を付ける方なのですが、
    今回はいいだろ、と思ったのがまずかった。
    >それにしても、全然先が読めないストーリー
    はっはっは、それはど~してかな(汗)
    >このお話、なんで思いついたん?とか
    初めは数回って聞いていたから、途中から内容かえたのかな?とか。
    ははは、たしか数回って言ったかも。
    もっと二人が接近するかも、のあたりでやめるつもりだったのですが。
    こんな羽目に。
    何で思いついたかは、はっきりしています。
    終わった時に、その話ができるといいな。
    >リラックスするお茶って、ラリっちゃうお茶のことだったのね。
    そ。脱法ハーブ、と言うか、その系のお茶だったの。
    彼は見張りを楽にしたかったし、美鈴も拘束されてるなら、
    楽がいいだろ、と親切ゴコロ(?)
    知らない人に出されたもんは、口をつけないようにしましょう。

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