45キリギリスの誓い


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早朝から走り回りって大活躍した上に、とっぷりと愛されて、
美鈴はことり、と落ちてしまった。


「みすずさん、大丈夫?
 ベッドへ連れて行こうか?」


甘い低音に訊かれた気もするけど、
すでに答えられないほど眠い。

しばらく返事を待たれていたようだが、
ふぁさ、という音と共に
ふわふわ毛布の上へさらに何かが掛けられ、
美鈴は夢の国へと漂っていった。

 


てくてくてく・・・

美鈴がひとり、田んぼのあぜ道を歩いていると、


「お待ち」


黒い着物姿の老女に呼び止められた。


「はいっ」


老女は迷いなく、つかつかと美鈴のそばに寄ると


「やあれ、やっとこ話ができる。
 あの子が用心して、あんたを寝間から出さないから、
 無理かと思ったよ。
 あたしゃ、寝間には入れないし、
 目が覚めてるあんたは、あたしにゃ気づかないし・・・」


う~ん、どこかでお目にかかったような?


まぎれもなく老女なのだが、背筋がぴんと伸び、
古風な丸髷に紋付の黒い着物をきっちり着こなしている。


「もしかして、真さんのおばあさまで・・・いらっしゃる?」


老女は不機嫌そうに、細い眉を寄せた。


「なんだい、今さら。
 一回こっきりしか挨拶に来ないから、
 あたしの顔も覚えられないんだよ。
 嫁になったんなら、たまにはお水を替えて、
 線香の一本でもあげてもらおうか。」


は、すみません!


あわてて頭を下げた美鈴は自分のなりを見て驚いた。

ローマ時代のトーガのように
白い布を体に巻きつけているだけの
とんでもない服装。

こんな格好で田んぼ道に立っているのも恥ずかしいが、
老女はまるで問題にしていない様子で、話を続けた。


「いいかい?
 お稲荷さまを粗末にしちゃいけないよ。
 全ての大もとはあそこにあるんだからね。」

「はい。
 おばあさまはお稲荷さまのお使いなのですか?」


美鈴は思い切って、尋ねてみた。


「そんな大そうなもんじゃない。
 お稲荷さまのお使いはお狐さんで、
 あたしらは、すこうし力をもらっているだけさ。」


はあ。
 

「あの子の母親、あたしの娘にゃ何も見えなかったのに、
 孫のあの子はあたし並みに、見えるらしい。
 おつむも面もいいし、あんたは果報もんだよ。」


はい、確かに。


それから・・・


老女はぐっと胸をそらすと、きびしい口調で、


「あんたの部屋は一刻も早く引き払いなさい。
 いいかい?わかったね。」


え?でも・・


言い終わると用は済んだとばかり、くるりと背を向け、
田んぼのあぜ道をまがって、すっと緑に紛れてしまった。


「すみません、あの!」

どうかした?


穏やかな声が響いて、美鈴の手を温かい感触が包む。

ぱっと目を開けると、ソファの端に真が腰かけて、
美鈴をのぞきこんでいる。


「目が覚めたの?」


優しげな笑顔を間近に見て、ようやくほっとした。

真は美鈴の手をなでると、
額にかかっていた髪をそっと払ってくれ、
問いかけるようなまなざしを向けている。

まずは安心させるように笑顔を返し、
真のうしろにあの老女が立っているかと、
ひそかに目を凝らしたが、そんな気配もない。


「あ、の。眠り込んでしまってすみません。
 シャワーを浴びてきます。」

「どうぞ。」


そう言われても毛布の下は、すっ○ん○んである。
午後の日差しが残る明るい部屋を、
この格好で横切る勇気はない。


「あの・・何か羽織るものを・・」


消え入るような声で美鈴が言うと、


「ああ、ごめん。気がつかなくて。」


真はいたずらっぽく微笑み、
どこからかブルーのバスローブを取ってきて、差し出した。


「あまり使っていないけど」

「お借りします。」


毛布から腕だけ出してバスローブを受け取ると、
ごそごそと羽織り、バスルームへ直行する。

シャワーだけでは肌寒かったが、我慢して浴び終えると
髪を乾かし、朝着ていたスーツに着替えた。

居間にもどると真が振り向いて、意外そうな顔をする。


「これから仕事に行くの?」


ううん、と答えると台所に立っていき、ガラスのコップに水を満たした。

仏前に供える作法を心得ているわけではないが、
とにかくご挨拶をしなくては。


「すみませんが、真さんもごいっしょに」


水を捧げ持つと横顔で真を促して、二人で仏間に入って行く。


ちーん・・・


仏壇にあった水を下げ、新しいコップを供えて、
線香に火をつけると、鉦を鳴らして合掌した。


「美鈴です。
 どうか、末長くよろしくお願いいたします。」


横で真が、仏壇に頭をさげる美鈴をじっと見ている。

美鈴が鴨居にかけられた写真を見あげると、
まさに先ほど夢で出会った、
黒い着物姿がこちらを見下ろしている。

あわてて写真にも軽く会釈をすると、早々に仏間を後にした。

居間に戻ってから、真が


「なにか、あった?」

「おばあさまが夢に出てこられたの。
 ひどい格好だったので、とりあえずご挨拶のし直しをと思って」


ほう・・・。


真がさぐるような目を向けた。


「何か言ってたかな?」

「お稲荷さまを大事にするように。
 仏壇のお水を替えて、お線香をあげるように。
 それから・・」


それから?


「わたしの部屋を早く引き払え、と。」


ふむ。


真が表情を消して、考えるように顔をあげた。
しばらく黙っていたのち、ゆっくり向き直ると、


「祖母がそう言うのなら、早い方がいいのかもしれない。
 とはいえ、美鈴さんの都合もあるだろうから、
 あんまり無理しないでいいからね。」

はあ。


いつか、そんな日が来るかも、とぼんやり思ってはいたけど、
あの城を処分する方法など具体的に考えてはいなかった。


そんなにすぐ、移らなくちゃいけないのかしら。


「あの・・・
 おばあさまは、いつもここにいらっしゃるってこと?」


真が笑った。


まあね。


「そんなに心配しなくても、めったに出ては来ない。
 ごくたま~に、というところかな。」


たまに・・・ね。
ソファで昼寝なんかしてたら、たるんでる!と叱られそう。


美鈴はため息をつきかけて、何気なく鴨居をみあげると
すでに見慣れたうす茶色の姿があった。

あら。

ヤン夫人は前回見かけたときより、ぐっとスリムになっている。
大きさは相変わらずだが、
鴨居をトラバースする速度に陰りがあり、
少々、老け込んだようにも見えた。

ヤン夫人、その他だけだと思っていたけど、
ここにはまだかなり、色々なものがお住まいなのかも。

美鈴はげっそりして、もう一度ため息をつきかけたが、
田山は上機嫌でうれしそうだった。


「美鈴さん、元気になったんなら、
 晩ごはん一緒に食べられそう?
 まだ調子が悪いなら、あり合わせで
 何か消化にいいものを・・」


冷蔵庫をごそごそとかき回しながら、
ふんふんと鼻歌をくちずさんでいるのも、
自分で気がつかない様子だった。

ガラス戸の外を見ると、短い冬の日は急に暮れかけて、
楓や桜が黒い影絵となって沈み、夕空を背にしている。
青みを帯びた空に、一番星が輝き始めた。

台所で何やらかがみこんでいる真の背中を見ながら、
今夜はここにいようかな、と思った。


それにしても・・・
モモちゃんには、悪いことしちゃったなあ。

 

 

 

 

3 Comments

  1. 遂に、田山さんの不思議な力の正体がわかって、美鈴ちゃんも安心できますね。お狐さまの力に古代式の結婚かあ~ますます、おもしろくなってきた!楽しみにアップを待っています。

  2. そうかぁ、いろいろなものが見えるのね。
    私は、見える人には見えるんだろうと思っているので。
    それに、ヒッグス粒子の発見で、これからは、科学的に信じなれないって方々にも説明がつく世の中になるかもだものね^^
    ただねぇ、賑やかすぎて、見えるのも大変よね。
    >ふんふんと鼻歌をくちずさんでいるのも、自分で気がつかない様子だった。
    まことさん、ご機嫌ですね。
    >おつむも面もいいし、あんたは果報もんだよ。
    その上、家事まで出来て。
    >今夜はここにいようかな、と思った。
    美鈴ちゃんが、まことさんとこの家になじんで行くようで、ほっこりとする表現でよかった。
    今までは、美鈴がまわりにひっぱりまわされていた感じだけだったけど、やっと彼女のペースで考えられるようになったかな。

  3. やっぱりまこっちゃんはそういう人だったんですね。
    ご先祖様が夢で嫁に指南してくるように、
    そんな人だったんですね。
    それをちゃんと受け取ってパニックにならずに挨拶しちゃうあんたはすごいよ、美鈴ちゃん(@_@)
    それにしても、具体的にどういう力なのか、
    とても気になります。
    大都会の中で原始の力を秘めて生きてきた超人?
    お話が向かう方向を想像してドキドキしています。

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