47キリギリスの誓い


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「ねえ、マサよう、いっぺんお医者に診てもらっちゃあ・・」


心配そうな母の言葉を肩で払って、なぎ落とした。


「うっせえな。別に病気じゃねえよ。」
「病気じゃないったって、そんなに痩せて」
「だあから、平気だって言ってんだろ!ババア!」


マサがここしばらくで、目に見えてやつれ始め、
頬がそげて目がギョロつき、常よりもさらに凶悪な面構えになっていた。
以前は、機嫌がいいと愛想をふりまく雰囲気もあったのに、
痩せてからはそれもなく、ギロギロと周りをねめつけまくっている。

つやこおばさんは息子が気になってならず、
内科がダメなら、どこぞの心療内科にでも押し込みたい気分だが
肝心の本人が拒み通すので処置なしだ。


「・・・ごはん、食べらんないのかい?」
「べつに。」
「じゃあ、眠れないとか・・・」


母の指摘に、一瞬ぴくりと振り向いたが、またすぐ顔を戻す。


「大したこたねえよ。」


不機嫌そうに尖った肩をいからせて、ついに出て行ってしまった。

 


くっそぉ。

夜ごと、襲ってくる悪夢。

眠ったとたん、手足をがんじがらめに縛められ
猿ぐつわと鎖でベッドにつながれる夢を見る。

ベッドにもたれ、息苦しさに耐えていると、
コップを持った手が近づいてきて、猿ぐつわを外し、
マサに何かを飲ませようとする。


いやだ!


顔をそむけて抵抗し、コップの中身がこぼれるところで、
無理やり目を覚ますのだが、いつか中身を飲んでしまいそうで恐ろしい。
飲んでしまったら、目を覚ますことができなくなりそうで・・・。


ええいっ!


オフィス代わりの小部屋をけり開けると、
座り込んでタバコを吸っていた若いのがあわてて立ち上がった。


「あの野郎はどうした?」
「は、まだ体調がすぐれねえとかで・・・」


ホテルで美鈴を取り逃がした手下を呼びだしているのだが、
さっぱり顔を見せない。
大事な人質を逃し、怒られるかとビビッて、
部屋にこもっているのかと思いきや、本当に病気らしい。


「吐き気だと?」
「へえ。ちょびっと水飲んでもげえげえやってるそうで、
 ふだん丈夫なやつがげっそりして、えらく苦しんでるらしくて・・・。」


わりい風邪でもひいたのか、クサかな・・。


若いののつぶやきに余計、マサの気分が荒れてくる。


「おい、お前も妙なクサに手だすんじゃねえぞ。
  マジに窓から飛び降りかけた奴もいんだからよ。」


おびえと心配の混じった目つきで、自分を見る視線が重くて、
要らぬ説教を後悔する。

寝不足で頭がきりきり痛む。


くっそう!負けるかよ。


なんで、こんなことになったのか。

罪悪感に苛まれて悪夢にうなされてる、とか
強迫観念に駆られて、とか。
理屈をつけたがる医者の診立ては、せいぜいそんなとこだろう。


ちがう、そうじゃねえ。そうじゃねえんだ。


ヤツを怒らせたせい。
ヤツの女をさらったから。


マサの脳裏にうすく笑った真の顔がうかんできて、
腹の奥がかっと熱くなる。


「こうなったら、あいつが鬼でも悪魔でも、
 ぜってぇ負けるわけにゃ行かねえ」


昔っから薄気味わりい噂のある奴だった。
なのに小糸や、うちのババアまでそろってちやほやしやがって、
奴ら、あいつの本性が見えねえのか。

いっそこのまま乗り込んで、決着つけてやろうか・・


奥歯をかみしめて宙をにらんでいると、ドアが開き、


「こっちすよ。
 すぐ済みますから、そちらにどうぞ、おかけください。
 ちょっとしたキャンペーンで、ご意見を聞かせてもらうだけっすから。
 日頃から体とか、気ぃつかってますよね?」


一番若いのがカモを連れこんできた様子に、立ち上がり、
奥に引っ込もうとしたマサだったが、
若いのの後をついてきた顔を見て、あごが落ちた。


「おい、何やってんだ?あんた・・・」

はい?


呼びかけられた女性は、戸惑ったようにあたりを見回していたが、
マサを認めると、パッと嬉しそうに丸顔を弾けさせた。


あ、こないだの・・!

「エキストラの元締めさんでしたよね?
 わあ、ここでお目にかかれるとは思ってませんでしたぁ」


手を振りながら、うれしそうに近づいてくる顔から思わず視線をそらすと、
若いのが困ったような顔を向けて、ささやいた。


「兄貴の知り合いッすか?」
「ううむ」


知り合いっても、名前、知んねえし・・・


「あ、ここに名前書くんですね。
 これも映画関係のお仕事なんですか?
 エキストラって初めてだったから、こないだはうまく行ったかどうか
 もう、自信なくて・・・」


きゃらきゃらと楽しそうにしゃべりながら、
用紙に文字を埋めて行くモモちゃんをにらむ。


「おい。そんなに簡単に個人情報、もらしていいのかよ。」

「え?だって、この間も名前書いたし・・・」


訊かれて不思議そうに首をかしげる、まんまる顔を見ると、


「好きにしろよ。もう」


ぷいと横を向く。

モモちゃんは熱心、かつていねいに
あれこれ尋ねながら、質問フォームを埋めて行く。

若いのはどうしたものか、横目でちらちらマサを窺っていたが、
マサが何も言わないので、いつも通りに進めていいと判断し、
カウンターの向かいに座ると営業トークを始めた。

傍で聞いていると歯がうくような営業トークに、
心からうれしそうに笑いながら、何の疑問もないようすで
さらさら書類にサインするモモちゃんを見ていると、
無性にいらついて来る。


「・・・ですから、普通なら10万近くかかるところを、
 月額たった1万2千円でお分けできるんです。
 大事な健康を買うお値段としては安いですよね。」


あ、はあ。


首をかしげたモモちゃんは照れ笑いをしている。


「そんなの、今まであんまり気にしたことなくて。」
「だったら、なおさらすぐ始めなくちゃ・・。え~とこちらの・・」


おい。


「・・今お申込みいただいた方に、サービスとして・・」


一度では止まらなかったので、もういちど大声で


「おい!」


呼ぶとびっくりして、若いのもモモちゃんも飛び上がった。


「あんた、ちょっと顔貸せ。」
「顔を貸す?」


モモちゃんが丸顔をかしげると、マサが怒鳴った。


「ついて来いってこったよ。
 いいから、早く来い!」


実際に来るかどうかも確かめず、マサはさっさと小部屋を出て行く。
説明してくれていた若い男に、モモちゃんが当惑した視線を投げると


「あ、ど、どうぞ」


苦笑いで出口をさしてくれたので、会釈して外へ出た。

古い長屋ビルの階段を下りて、中華料理屋の脇を抜け、通りに向かう。
狭苦しい店の入り口に行列ができ始めている。

表通りに佇んでいたマサは、モモちゃんが興味深そうに
中華料理屋をながめて、立ち止まってしまったので


「あんた、腹減ってんのか?」


声を掛けると、まんまる目が大きくなり、


「いえ、そんな減ってるってほどじゃないんですけど、
 ここって人気あるのかなあって思っちゃって。」


えへへ、と恥ずかしそうに笑う。

マサの目が少し細くなり、しげしげとモモちゃんを見下ろすと


「ならメシにしよう。何がいい?何でもいいぞ。
 ここの餃子はうまいけど、並ぶのが面倒だ。
 次にしな。」


えっとそうですね。それなら・・あのう・・。


もじもじとモモちゃんが手をしぼりながら、


「美鈴ちゃんにごちそうになった鰻が、忘れられなくて」


鰻ぃ?鉄五郎んとこか?


マサは一瞬、渋い顔をした。
鰻屋の女将は母親のつやこおばさんと、同じ女学校つながり。
顔を出せば、説教のひとつも垂れる下町おばばのひとりである。

だが何でもいいと言ったのは自分だ。
それにもしかして、鰻なら食べられるかもしれない。


「わあったよ。
 鰻にしよう。」

 


暖簾をくぐった意外な組み合わせに、鰻屋のおかみは思わず
「おや」と口をすべらせた。

マサはぎろりと目を向けると「ごぶさたっす」と短く返し、
それ以上の言葉をこばむように、横を向いた。

おかみの指示で少し離れた小座敷に通されると、
モモちゃんはめずらしそうに掛け軸や花入れを眺めている。


「こんなお部屋もあるんですねえ。なんか落ち着く。」

「俺を他の客の目にふれるとこに置いときたくねえんだろ。」


へっ、あのババアの考えそうなこった。


先にビールと白焼き、つまみをいくつか。
あとで鰻重を持ってくるよう頼み、
さっそく運ばれたビールを取り上げ、マサがモモちゃんに突き出した。


「ま、いっぱいやんなよ」


あ、ど、どうも。

注いでもらって、モモちゃんはどぎまぎしたようだが、
マサがそのまま自分のグラスにも注ぎ始めると、あわてて


「あ、わたしが」「いいって。」

じゃ、再会に。


ほんの少しグラスを上げ、マサはすぐに、ついっと飲み干した。
立て続けについっ、ついっと空になるグラスにモモちゃんはびっくり顔だ。


「お酒、強いんですねえ」

「ばあか、ビールなんざ、酒じゃねえ。」

ほら、食えよ。


言われるままに、運ばれてきた白焼きを
モモちゃんがわさび醤油につけて、口に運ぶ。


「わ、これもおいしい!」


まんまる顔がくしゃっとうれしそうにゆがんだのを、
マサは目を細めて見ると、手をつけてない自分の白焼きをくっと押した。


「よかったらこっちのもやってくれ。
 俺はイマイチ、腹が空いてなくてな。」


言われて初めて、モモちゃんはマサの様子に気づいたようだ。


なんだか・・

「痩せました?そういえば、この間とは別人みたい。」


ずばっと言われて、にらむ気にもなれず、黙ってビールを注いでいると、


「もしかして・・・役作りとか?」

は?


「役の為に何キロもやせたり、太ったりする俳優さん、いますよね。
 そちらもひょっとしてスクリーン出るんですか。」

「そちらじゃなくて、俺はマサだ。
 あんたは?」

「あ、鮫島モモコです。申し遅れましてすみません。」


きちんと座りなおして頭を下げると、
モモちゃんはすぐまた白焼きに戻って行く。


ったく、どういう経路で考えると、そういう結論になんだよ?


マサは呆れ顔でビールを飲み続けたが、
満月みたいに平和な丸顔を見ていると、妙な気分が湧いてきた。

 

 

「おっそいなあ、モモちゃん、どうしたんだろ?」


上野に行きついでに、ちょっと寄るからとメールをやりとりし、
もう来るだろうと何度も問い合わせた挙句、
そろそろ暗くなるのに、まだモモちゃんと連絡がつかない。


「ん?」


やきもきしている美鈴の向かいで論文を読んでいた真が、
ちらりと顔をあげる。
 

「モモちゃんって常識がすぽっと抜けてて、
 思い込み激しいとこあるから、恐ろしいことをしでかしたりするのよ。」


ああ、心配だわ、と気をもむ美鈴の携帯が鳴って、
モモちゃんの名前が表示された。


「今日は行けなくなりました、また連絡します。ごめんね。ももこ」

「?」


なんだろ、コレ。モモちゃんらしくない切り口上だけど。


「急用でもできたんでしょう。とにかく連絡があってよかった。」


のんびりした真の口調につられて、「そうね」とぼんやり返す。


「今日はひさびさに焼き肉したい気分だな。
 美鈴さん、いつかの店にたどり着ける?」


上野の迷路のはて、ややこしく狭い小路の入り組んだ場所に
おもいがけず、繁盛している店がある。


「あそこ?ダメダメ、とても無理だわ。
 狭い道に入ったとたん、方向感覚がなくなっちゃったから、
 真さんがいないとたどり着けない。」


ははは、じゃ、途中で置いてこうかな。
ひどい!わたしだけ、焼き肉食べそこなっちゃうじゃない。


美鈴は漠然と抱いた不安感を、そのまま忘れてしまった。


 

3 Comments

  1. おぉ~~、あんなちゃん!
    ここで終わるのね!
    マサ、とりあえず仕事は怪しいけど、“クサ”っていうものをやっちゃうような集団じゃないのね。
    それだけは安心。
    だけど、こんな悪夢にうなされるなんて、
    もしかして誰かの“仕返し”なのか?
    それにしても、ももちゃんは、美鈴をはるかに上回るオバカさん?
    危なすぎる友人同士だよね、このふたり。
    ももちゃんはいったいどうなっちゃうんでしょうか。
    そして、真の持ってる力って、もっといろいろあるの?
    人をこらしめることができちゃうような、
    ちょっと危険な匂いもしたりする?
    予想不能な展開です。
    あんなちゃん、もうすぐ涼しくなって、PC環境も好転するかな?
    続き待ってるよん♪

  2. なんか・・・思わぬ方向に話が展開してますね・・・
    ももちゃん、危険な感じ?
    人並み外れた天然っぷりに、さすがのマサも毒気を抜かれて
    “放っとけない!”なんて思っちゃって・・・いつか二人は“そんな仲♡”
    マサのカドもとれてま~るくなって・・・・
    ・・・というような展開になれば田山さんも許してくれるかも・・・ てなことを勝手に想像したりして・・(^^ゞ
    別に、全っ然、マサの味方なわけじゃないけどサ
    大好きな田山さんにあんまり辛辣なことしてほしくないじゃん。
    って、あれは田山さんの“力”なんでしょ???

  3. 今晩は~!
    9月になってもぜんぜん涼しくならない!
    ただ、ときどきざざっと雨が降ってくるようになりました。
    この間っから、キッチンのどこかから「虫の声音」がするんです。
    姿は見えないけどいる・・・ちょっと怖い。
    ★しーたちゃん
    マサは一応「ビジネス」をやってるつもりなので
    (かなりグレーゾーンですが)クサは労働意欲をそぎ、
    結果、稼ぎを減らすので「厳禁」しております。
    >こんな悪夢にうなされるなんて、
    もしかして誰かの“仕返し?
    そう考えないと自分が弱虫みたいだし、
    認めると”誰か”の能力を認めることになる、
    マサは悔しい!と言うところかな。
    モモちゃんは普通に大人らしく生きて行きたいんですが、
    すぐ信じたり、思い込んだりするので、いつもトラブル多発。
    本人もまずいと思ってるんですが、どうにもならなくて・・・。
    >もうすぐ涼しくなって、PC環境も好転するかな?
    ううむ、確かに「悪夢の夏休み」は終わりましたが、
    なんだか眠くて・・・。
    読んでくれてありがとう。
    ★ちのっちちゃん、
    今年は「ヤツ」の当たり年でしたねえ。
    今頃、たくさんおっこってますね。
    >・・・というような展開になれば田山さんも許してくれるかも・
    うふふ、どういう展開になるかなあ。
    田山とマサ、意外に根の深い対立関係。
    まあ、イケメンで頭脳優秀で、親から誰からも大人気!
    みたいなのを見ているだけでイライラする人こともあるよねえ。
    誰かに愛されると、誰かにその分憎まれるのかも。

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