55キリギリスの誓い


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結婚式はあげないままに、一緒に暮らし始めて迎える初めてのお正月。
 
いつもあれこれ手伝ってくれる、下町レディスたちも、
「新婚のじゃまするのも野暮だから」と離れの世話はしてくれても、
母屋には、あまり寄り付かない。
 
真は大学が休みになったが、研究室の微生物その他を
まったく放っておくわけにも行かず、
美鈴にはしつこく年末まで仕事が入って、あわただしい年の瀬だった。
 
好奇心旺盛なつやこおばさんだけが、暮れに顔を出し、
 
 
「あたしの縁結び稼業は、現金はもうからないけど、
 こういう付け届けは降るように来るんだよ。
 ちょいと手伝っておくれ。」
 
 
切り口上で言うとさっさと上り込み、わずかに新世帯らしい雰囲気を見回すと、
お歳暮に贈られたらしい珍味や銘茶を、どさっと台所に投げ出した。
 
 
「わあ、高級ブランドばっかりじゃないですか。
 デパートで売ってるのを見たことありますよ。」
 
「なあに、高けりゃおいしいってわけでもないんだけどさ、
 無駄にするのももったいない。
 おせちに飽きたときにでもつまんでおくれよ。」
 
ほい、こっちはあたしの手作り。
 
 
そういうと小さなタッパーを三つばかり台所に置いた。
黒豆と数の子と栗きんとん。
 
 
「すごい、これ頂いていいんですか?」
 
「うれしいこと言うね。
 あんたたちは若いんだから、子宝にめぐまれなくっちゃ。
 うちのろくでなし息子なんか、またこれか、って見向きもしやしない。」
 
 
息子の話題に、ふと思い出した美鈴が、
そういえばマサさんは最近・・と言いかけると、急に
 
 
「んじゃあ、邪魔したね。よいお年を。
 ったく、暮れはいっそがしいよ。」
 
 
話好きのおばさんがそそくさと5分で帰ってしまった。
本当に忙しいのだろう、たぶん。
 
大掃除と言っても、おばさんたちの普段の手入れが行き届いているから、
さほど磨き立てるところもないが、お稲荷さんの祠と仏壇だけは、
念入りに拭き掃除をする。
 
仏壇周りをぞうきんがけしていると、
鴨居の上からおばあ様にチェックされている気がする。
ちろっと見上げたいけれど、視線があったら怖すぎるし、
でもせっかくの機会だから・・
 
 
「恐れ入りますが、ちょっときれいに致しましょう」
 
 
仏壇そうじが終わった後、鴨居の写真を外し、
やわらかい布で真の祖母と母の額をみがく。
 
 
「ほら、おばあさま、ますます女っぷりがあがりましたよ。」
 
 
ちょっとばっかし、媚びるように言ってみたが、
相変わらず、びしっとも動かずに(当たり前だけど)写真の中で端座している。
 
その隣で柔らかい表情でこちらを見つめているのは、真の母だ。
 
 
「おかあさん、おとうさんにお会いしました。
 おかあさんが付けていた大事な宝物を、お預かりしてきましたからね。」
 
 
そう言って仏壇の引き出しにビロードの黒箱をしまおうとすると、
仏壇の花入れがカタカタと鳴り、あれ?と思う間もなく、
ころりと倒れて落ちてしまった。
 
中は空なので、水がこぼれたわけではないが、妙な気分だ。
拾い上げて何か不都合があるのかと、ひっくり返して底を見ていると
 
 
「どうしたの?音がしたけど」
 
めずらしく真が入ってきた。
 
「ううん、別に。
 仏壇のお掃除していたら、お花入れが急に落ちてきて・・」
 
 
手に持っていた花入れを見せようとすると、
真は座布団の上にあった、ビロードの小箱を取り上げた。
 
 
「これをここにしまおうとしたの?」
 
「ええ。ここが一番安全な気がしたから。
 別に金庫とかある?」
 
いや。
 
急に立ち上がって美鈴の手を引くと、
無言で仏間を出て寝室へと引っ張っていく。
 
え?あの、今から?
ちょ、ちょっとお掃除も終わってないし・・その、何も今じゃなくても。
 
パタン。
 
「美鈴さん」
 
はい。
 
 
真っ赤になり、どうしたらいいのか戸惑っている美鈴に向き直った。
 
 
「このネックレースは父の実家に伝わるものです。」
 
「はい、そう伺いました。」
 
「うちの祖母は父をあまりよく思っていなかった、というか、
 父方の祖母や、あの家を嫌っているんだよ。」
 
 
え〜と父方の祖母って、真さんのおかあさんのお姑さん。
いろいろうるさいことを言って嫁に厳しくあたったと言う・・・。
 
 
「あ、そうか。」
 
 
娘をいじめた憎い仇から贈られたネックレースを、
わたしの仏壇にしまうんじゃない、とおばあさまはお怒りなのね。
 
なるほど、と納得しているうちに、真が寝室のクローゼットをぎぎぎ、とずらすと
後ろから押し入れが現れた。
 
 
「あら、こんなところに隠れていたんだ。」
 
 
ぽっかり現れた収納場所には、桐の衣装箱がふたつ重ねておいてあり、
その隣に塗りのつづらみたいなものが収まっている。
 
真が腕を伸ばして奥からひっぱりだすと、床の上に置き、
 
 
「開けてごらん。」
 
 
言われるままにふたを取ると中に小箱がいくつかあって、
最初の箱にはベージュ色になったレースの手袋などが入っていた。
次を開けると青いカメオのペンダントや、どっしりした鎖に暗い赤の色石がはまった
ネックレースらしいものが納めてある。
 
 
「これっておかあさまの宝石箱?」
 
 
次々に取り出す美鈴の手元を見つめながら、
 
 
「宝石、というほど価値のあるものはほとんどないと思う。
 ガラクタだな、要するに。」
 
「そんな・・・」
 
 
アンティークのアクセサリーがそれなりの値段がすることは、
美鈴だって知っている。
ここにあるのは古めかしいが状態もよく、
物によっては今つけても全くおかしくない。
 
 
「あっちの箱には毛皮のコートとドレスみたいな服がいくつか入っている。」
 
 
言われて美鈴は、桐の箱の端をほんの少し持ち上げると、
見覚えのある青い布が見え、もっと開けるとドレスがきちんと畳んであった。
 
 
「これはあのお写真の・・・」
 
 
真はうなずくと、
 
 
「母が亡くなったとき、処分しようかと思ったんだけど。
 ついしそびれて、ここに放り込んでから
 防虫剤を取り替えるくらいで、広げてすらいないんだ。
 そろそろ何とかする時期なのかもしれない。
 よかったら時間のある時、ちょっと見てくれると助かる。」
 
「ええ、喜んで!」
 
 
わあ、楽しみだわ。
こんな素敵な玉手箱、何が入っているのかドキドキしちゃう・・・
 
 
ぶ、ぶわっくしょん!
 
何とも散文的な音を立てて、美鈴がくしゃみをした。
 
 
「あら、何だろう?ぶ、ぶ、ぶわっくしょん!」
 
「古着のホコリに当たったのかな。空気を入れ替えないと・・・」
 
 
真が手早く窓を開けると、外の光と空気が流れ込んでき、
床に広げてあったアクセサリー類がきらきら輝く。
 
 
「ターニャから渡されたネックレースも、こちらにしまいましょうね。」
 
「ああ。その方がいいだろう。」
 
ぶわっくしょん!
 
 
何だか寒気がしてきたわ。真さんと寝室にいるのに。
 
真が怪しげな目つきで美鈴を見た。
 
 
「美鈴さん、もしかして・・・」
 
「?」
 
 
 
 
 
真の悪い予感は当たって、美鈴は年末最後の診療日にインフルエンザの宣告を受け、
大晦日から三が日にかけ、高熱で寝込むこととなった。
 
敷地内同居している、画学生の省吾も里帰りして、
折角二人っきりなのに、ベッドで寝間着のまま過ごすはめに。
 
 
「ごめんなさい。真さんにうつるとまずいから、仏間に寝て。」
 
「伝染るなら、もう伝染ってるよ。
 でも僕はほとんどインフルにかからないんだ。心配しなくていい。」
 
 
ベッドに横たわったまま、熱っぽく乾いた額から髪をよけてもらいながら、
美鈴が訊いた。
 
 
「どうして?」
 
「さあ、わからない。とにかく一度も罹ったことがない。」
 
ふうん・・・
 
「おばさんたちが来ないときで良かったわ。
 うつしちゃ大変だもの。
 でも・・・食べるものある?」
 
 
真がおかしそうに笑った。
 
 
「僕はこの年まで一人暮らしをしてきたんだよ。
 年末年始くらい何度もやり過ごしてきてる。
 何も心配することはないから、ゆっくり休みなさい。」
 
は・・・い。
 
 
熱が高いせいか、眠りが浅い。
間接のあちこちが痛み、頭がぼうっとする。
 
水分補給だけは、とうるさく言われて、スポーツドリンクを飲むと
うつらうつらする。
 
夜中に目覚めて天井を見上げると、オレンジ色の無数の何かが
天井を埋め尽くして大移動している。
ぞわぞわぞわぞわ・・・と細かく波打ちながら移動する様子に
声もなく、鳥肌が立ってきた。
 
 
ぽたり!
 
 
天井から一匹が落ち、それに釣られてぽたぽたっと
何匹もが天井を離れて美鈴の上に落ちてくる。
 
 
きゃ〜〜〜っ!
 
 
体の上に降ってきた何かを払いのけようと、
メチャクチャに暴れたところで、目が覚めた。
 
いつもの暗い寝室。ベッドの上にも天井にも何もない。
隣の真が目を開けて、美鈴を見ている。
 
 
「どうした?だいじょうぶ?」
 
ああ、夢だったんだ!
 
「怖かった。すごく怖くて気持ち悪い夢を見たの。
 オレンジ色の虫みたいなのが、大量にぞわぞわ天井を這っていって、
 何匹かがわたしの上に落ちたの!」
 
 
思い出すだけでぶるぶる震える美鈴を抱きしめて、
熱い額に額をこすりつけた。
 
 
「そうか、それは怖い夢だったろうね。」
 
「夢の中で鳥肌が立ったの、わかった。
 ああ!」
 
 
温かいベッドで真にしがみつくと、どきどき言っている心臓の音が聞こえる。
 
 
だいじょうぶ、だいじょうぶ。
 
「それにね、それはそんなに悪い虫じゃないんだ。」
 
「?」
 
「たぶん、お知らせだろう。美鈴さんのところに来ちゃったんだな。」
 
「どういうこと?」
 
「明日の朝、わかるよ。もう一度おやすみ。」
 
 
背中をとんとんと叩かれ、こめかみのあたりを優しく口づけてもらうと、
美鈴の鼓動もだんだん収まっていった。
 
自分の体温より冷たい体にしがみつくと、気持ちよくて何とか眠れそう。
愛する人の体にくるまれながら、今度こそいい夢を見よう。
 
とても静かな夜。
 
しんしん・・・しんしん・・・。
 
家の外に柔らかな白いふとんが、一面に掛けられていく。
外の景色が一変しつつあるのを美鈴が知るのは、もう少しあと。
 
真っ白い朝になってから。
 

 

4 Comments

  1. いや~~(-“-) いくら田山さんに「そんなに悪い虫じゃない」と言われても
    私はきっとダメだ!!そんな夢見たらしばらく眠れそうもないよ。
    考えちゃいけない、考えちゃいけない、と思いつつ
    何度も記憶がよみがえって来て、長い事忘れられないような気がする・・・
    想像するのも恐ろしい夢です、私には・・・
    ず~っとず~~っと田山さんに“よしよし”しててもらわないと寝れな~~い!
    な~んてね・・・^m^
    美鈴さんせっかくのお正月、インフルで寝正月になっちゃって残念だったね^_^;
    早く元気になってください。お大事に。

  2. すごいな、美鈴ちゃんは。
    こんなに2人以外の何かの気配が動いてる家で、
    それもありかなって思って暮らせるあなたがすごい!!
    だからもうまこっちゃんは美鈴ちゃんを絶対に手放せないんだね。
    この人を逃したら二度とないっていう気持ちがひしひしあるんだろうなあ。
    美鈴ちゃんみたいに鷹揚で優しい人に出会えたのも、
    過去のいろんな人たちの愛がよってたかってまこっちゃんのためにたぐり寄せた幸運かもですね(*^m^*)
    幸せになれよ~~♪♪

  3. あけおめ〜、って半月過ぎてのご挨拶も間抜けですが、
    今年もよろしくお願いいたします。
    ちのっちちゃん、
    >私はきっとダメだ!!そんな夢見たらしばらく眠れそうもないよ。
    そ、そうですよね(震)
    >考えちゃいけない、考えちゃいけない、と思いつつ
    何度も記憶がよみがえって来て、長い事忘れられないような気がする・・・
    ああ、わっかります!
    わたしも怖がりで、お化け+スプラッターに弱く、
    うっかり見ちゃって、ながぁ〜〜く苦しむんです(涙)
    >ず~っとず~~っと田山さんに“よしよし”しててもらわないと寝れな~~い!
    きゃ〜〜、ソコかぁ〜♪
    わたしもわたしもわたしもわたしも・・・(うるさい!?)
    インフルにかかった人、ケロッとしてる方と
    治っても「体調ワルい〜」と低調な人と分かれちゃってますね。
    美鈴はどっちかな。

  4. ★しーたちゃん、
    >こんなに2人以外の何かの気配が動いてる家で、
    それもありかなって思って暮らせるあなたがすごい
    そおですねえ。
    仏壇に強力なご先祖さまが棲んでるし、
    人間以外の活動がかなり活発。
    しょうがない、お稲荷さんの結界内なんですから。
    と美鈴が思ってるかどうか・・(笑)
    >この人を逃したら二度とないっていう気持ちがひしひしあるんだろうなあ。
    あはは、美女とかナイスバディとかじゃなく、
    自分を愛して、異物とも楽しく暮らしていける人・・を探してたのか。
    寄ってくる女性とは違ったのかもなあ。
    >美鈴ちゃんみたいに鷹揚で優しい人に出会えたのも、
    うん、キャパは広そうですね(笑)
    完璧と思った男性に思わぬ弱点を見つける、というのは
    女性が落っこちるパターンだそうです。
    >過去のいろんな人たちの愛がよってたかってまこっちゃんのためにたぐり寄せた幸運かもですね(*^m^*)
    うんうん、つまり過去のひと(=含むあの世)たちに愛されてるってことかも。
    現実に愛し合っていける人もどうにか見つかったかな。
    >幸せになれよ~~♪♪
    幸せです(by 真)

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