1春の息吹「キリギリスの誓い」番外編


おひさしぶりです。その後の二人をちょこっとだけ。 - AnnaMaria –

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今冬、東京では滅多にないほど雪が降った。
2度の週末ごとの雪は、古い家の屋根を傷め、
柿の木を始めとする庭の木の枝をいくつか折った。

交通機関が止まってしまったので、美鈴の仕事もキャンセルになり、
雪見をしながら真と二人で夜を過ごした翌朝、
納戸から古いシャベルとちりとりを取り出し、
家の周りの慣れない雪かきをする羽目になった。

ぷっ!

朝ご飯の後片付けと洗濯を済ませたせいで、雪かきに遅れた美鈴は、
真のスタイルを見て、思わず噴き出してしまった。
首にタオル、黒いゴム長、レトロなスキーウェアに
シャベルを抱えて汗を拭っていると、スマートな研究者にはとても見えない。

「あ、笑ったな?」

美鈴の顔つきをすばやく見とがめた真は、不満そうに唇を突き出すと、

「ひどいよ。
 美鈴があんまり雪かきしないで済むように、必死で頑張ってたのに。」
「ごめんね。何だか似合ってたから。」

シャベルは2本もないので、美鈴はちりとりを持って、
枝や垣根に積もった雪をわきへ落として行く。

ばさっ、ばさっ、どどど〜〜っ、きゃ〜!

雪落としした枝が跳ね返って、別の枝の雪を頭上に降らせてしまい、
見事に雪まみれになった。
少し先の道路から、真が笑っている。

「ひどっ!笑うことないじゃない。」
「いや、雪だるまみたいで可愛いよ。」

雪だるまって・・・。

美鈴は我が身を見下ろし、もこもこ状態にため息をついた。
着込んでいる上下は、物置にかかっていた、
白っぽいレトロなスキーウェアで、ずんぐりむっくりの
ちあきおばさんサイズだ。
おばさんがアメ横の古着屋からもらったものらしい。
その上、頭が真っ白じゃ、雪だるまにも見えるか。

でも、こんな一面の雪景色は久しぶり。
子供に帰った気がする。

そうだ!

ちりとりを放り出し、美鈴は庭の日陰に向かった。
たっぷり積もった雪は表面を搔き落とすと、まだ白く細やかだ。
手袋で雪玉を作り、コロコロ転がす。
泥がつくか心配だったが、真っ白なまま大きくなる。

かなり積もったんだなあ。

地面から土が覗かないあたりで雪玉を転がすのをやめて、
同じ雪玉をもうひとつ作る。

よっこいしょ!できた!雪だるま。

雪玉をふたつ重ねただけで、どうしてこんなに可愛いんだろ。

真さ〜〜ん!

美鈴が庭先から手招きすると、真っ赤な顔の真が何事かと
シャベル片手に上って来た。
雪だるまを見て

「あ〜あ、こんなことして遊んでる。」
「だって、こんなに積もるなんてもうないかもしれないもん。
 25年に一度の大雪だって言ってたでしょ?」

う〜〜ん。

「この子、庭木戸に飾ろうかな。」
「あそこは日当りいいから、あっという間に消えちゃうぞ。
 それよりも・・・」

真がこぶりの雪だるまを抱えて、離れの裏手に行き、
お稲荷さんの社わきの雪だまりにそっと置いた。
石のきつねが不思議そうに雪だるまを見ている。

「ここなら長生きできる。」

来たついでにお稲荷さんの社ときつねの背中から雪を払い、
近くにあった南天の実を一枝、水入れに差すと小さく合掌した。

「さ、もうひとふんばりしないと、おばさんたちが
 来るとき滑って転んでしまう。」
「そうね。あぶないよね。」

それから2時間近く、二人で頑張ったおかげで、
道はなんとか歩けるようになった。
近所の人もそれぞれ雪かきしているが、真ほど若い男性は少なく、
中年以上の人たちが慣れない手つきで、雪を掘り起こしている。

「真さん、甘酒要る?」
「甘酒あるの?」
「つねよおばさんにもらったの。ショウガを添えて飲むとあったまるって。」
「あったまる必要ないほど、汗びっしょりだけどね。
 ちょっと着替えてくる。」

汗まみれの服を着替えて、一緒に熱い甘酒をすすり、
お昼におそばでもゆでようか、と相談する。

「なんだか、家の中が静かだわ。」

おばさんたちが居なければ二人っきりが原則のはずだが、
常は、何となくその他の気配が絶えない家である。
鴨居をカマキリがトラバースしたり、風呂場でカマドウマが跳ねたり、
美鈴が出入りするたびに滴をひっかける楓や、
そよそよとうれしげに葉をゆらす銀杏の木。

だが、冬場はそんなものの気配がぱったり止んで、実に静かだ。

「そうだね。」

真はにっこりと手を伸ばすと美鈴の頭を撫で、
美鈴も首をすくめて真の手をはさむ。
真の笑みが甘くなり、そろそろと頬を包んでくる。

ぼーんぼーんぼーん・・・

ああ、びっくりした。
玄関の柱時計は毎日ねじを巻くと、きちんと時を打つ。
ついでに仏間のおばあさまも相変わらず、厳しい視線を投げてくるので、
本当に二人きりになれるのは、要塞のようにガードした寝室の中だけだ。

「おそば、茹でてくる。」
「ああ、ありがとう。」

真はテーブルの上を片付け、箸と蕎麦猪口を用意してくれた。
美鈴はねぎを刻み、沸騰した鍋の具合を見る。

冷蔵庫に張ってある単語表をちらっと見ながら、蕎麦を袋から出す。

「今度は何の仕事?」
「ん〜、珍しくスポーツ関係。通訳って言うより、ガイドなの。」
「へえ。」
「わたし、スポーツ全般に疎いから、日本語の用語から覚えなきゃ。」
「ふうん、楽しそうだな。」
「仕事でなければね。」

古い蛸唐草の蕎麦猪口に、もみ海苔は好みで。
昨夜の残りのけんちん汁も添える。

「冬でもざるって、こだわり?」
「蕎麦は冷たい方が好きなんだ。付き合わせて悪いね。」
「ううん、けんちん汁が熱いもん。」
「ありがとう。」

真の笑顔をまともに向けられると、どくん、と心臓が高鳴る。

う〜ん、まだ慣れないな。

赤くなった美鈴を、真が面白そうに眺める。

「冷めないけど、のびるよ。」
「そ、そうだよね。」
「これを食べたら、昼寝でもする?」
「え、ひるね?
 そんなダメよ。まだ単語が入ってないもの。」
「ちょっと寝ると頭がすっきりするよ。」

ちょっと寝るなんて、真と一緒だと難しいに決まってるのに。

美鈴の顔がどんどん赤くなってくるのを、
横目で眺めて、真がこっそり微笑んだ。

雪道があぶないので、引き続き家の世話に通って来てくれている、
3人の下町レディスはしばらくお休み。
離れのひとつに下宿している、画学生の省吾は大学の試験を終えて、
実家に帰っている。

珍しく邪魔の入りそうにない、休日の午後。
昼の後片付けを終えて、準備室(美鈴は勉強部屋をこう呼ぶ)に
戻ろうとした美鈴の腕をひっぱって、どすんとソファに二人で着地する。
真のひざに倒れ、あわてて起き上った美鈴の肩を抱き込んでささやいた。

「僕といっしょに居たくないの?」
「居たいけど、じ、準備が整ってないから。」
「なんの準備?」
「・・しごとのじゅんび。」
「美鈴の準備はどうかな?」

肩の下から腕をさしいれ、自分の膝へまたがらせる。
まだ逃げようとする背中にすっと腕をまわし、顔と顔を付き合わせる。

困ったような顔が可愛いくて、耳元にキスをした。

「どうして逃げようとする?」
「逃げようとなんて・・・」

美鈴の返事はそれ以上言えなくなった。
キスをしながら、しっかり背中から抱きしめられると、
美鈴もおずおずと腕を回した。
甘いキス、甘い唇がそっと下がってくるともう体が震えてくる。
いつの間にか、ソファに押し倒されて真の下になっている。

「あの、真さん、ここは・・・」
「大丈夫だよ。庭は冬眠中で誰も起きてやしない。」
「でも・・・」
「おばさんたちも来ないし、省吾もいない。」
「あ・・・!」
「今なら寝室よりあったかい。」

さっさと剥かれてうつぶせに責められる。
明るい真っ昼間から、こんなことをしている自分が信じられない。
庭に面したガラス戸越しに桜の幹が見えるはずだが、何も見えない。

「外が見たいの?」

あらわな格好のまま、ひざに載せられて揺すられ、
真の肩につかまったまま、首をふる。
真の瞳はすっかり金色にけぶって、美鈴の奥の奥まで見通すよう。

すっかり汗だくになってソファに倒れ込むと、
真がどこからか持って来た毛布をかけてくれた。

「少し眠るといい。」

そう言われると命じられたように、すとんと眠りに落ちてしまった。





体中がふわふわと温かくて、漂っているみたいに気持ちよかった。
だがしばらくすると、何となく体がキツ苦しいような、
かゆいような気がしてきた。

狭いところにクシャクシャに押し込められているみたい。
ああ、出たい!

だが体を覆っているものは、堅くて中々破れない。
毛布だけの筈なのに。
ああ、狭い、体を伸ばしたい!

うんともがくと外の殻が割れて、どすんと落っこちた。
気がつくと居間の床に裸のまま、ぺたんと座り込んでいる。

あれ?

「どうしたの?」

真が急いで階段を降りて来た。見ればきちんと服を着ている。
美鈴はあられもない自分の格好が恥ずかしくて、
あわてて毛布をかぶり直した。

「すごい音がしたけど・・・」
「うん、ソファから落っこちたみたい。
 どっかから出られない夢を見て、苦しくてもがいてた。」

ふむ・・・

真は美鈴のそばを離れて、庭のガラス戸へ寄った。
そのまましげしげと外を見ている。

「どうしたの?」

真の視線の先を見たが、桜と楓の木が見えるだけ。

「雪が降るくらいだから、まだかと思っていたんだけど・・・。
 気温は高かったからね。」

おいで。

笑顔で手招きされても裸に毛布を巻きつけた姿なのだが、
不思議に逆らえない。

真に並んで立ち、外を見る。
樹下はまだ雪で覆われているけれど、
枝には雪がなく、日の光を浴びて温かそうだ。

「枝にいっぱい芽が出ているだろう?」

目を凝らすと確かに赤い芽が膨らんで、
ほんのわずか顔を出しかけているのもある。

真が美鈴の顔に視線を戻し、ふっと微笑むとおでこを指差した。

「美鈴さんにも芽が出ちゃったな。」
「?」

いいよ。ここにも春が来てるってこと。

真が毛布に巻かれた美鈴を引き寄せ、
頭から毛布をかぶせてぎゅっと抱きしめた。

く、くるちい!

バタバタ暴れて、やっとこ毛布から顔を出すと、真が笑った。

「ね?こんな気分だったんだろ?
 芽を出すって大変なんだろうな。」
「??」
「もうじき蕾がどんどんはじけて、春が来る。」

今度はそっと抱きしめてくれた夫にもたれて外を見ながら、
美鈴はぼんやり春の兆しを探していた。

4 Comments

  1. あぁ~久しぶりに2人に会えて嬉しい!
    そうか、あの大雪の日はこんなふうだったのね。
    東京のあちこちが大変だったけど、その陰でこんなふうに幸せに過ごしたカップルが、実際多かったかもって思っちゃいました(*^m^*)
    相変わらずいろいろなものの気配といっしょに暮らす2人、
    こんな日だけは2人きりになれるのですね。よかった。
    でも、みすずちゃんもどんどんこういう気配に慣れて、
    逆にないと寂しい人になっていっちゃうかもしれないなあ。
    しみじみと、マコトさんがみすずちゃんに出会えたことは、
    奇跡くらいにすごいことだと思うのです。
    これからもこんなふうに幸せにね♪

  2. お久しぶりの新婚さんカップルに会わせて頂き有難うございます。
    真さんと美鈴さんの初々しい様子が可愛いですねぇ~。
    大雪の東京、ちり取りで雪かきをするのですか~?
    姿を想像すると、すいません、ちょっと笑っちゃいました^^
    冬場は虫たちもお庭の木々も冬眠中、
    色々な気配が消えて2人にとっては貴重な2人っきりの時間
    真さんはちゃんと有効利用しますね^^
    長い時間1人で生きてきた真さんには
    (もちろん、下町レディズはいたけれど)
    自分の家で大事な人と作っていく家族の時間が何よりも
    大切なんでしょうね。
    2人でいるだけで安らげる場所ができて
    読んでいても幸せになります。
    またこのお2人の日々をちょっと覗かせてくださいませ。

  3. いや〜、久しぶりにアップしたら、あちこちバタバタしちゃいました。
    サボっててすみません。
    ★しーたちゃん、
    >あぁ〜久しぶりに2人に会えて嬉しい!
    そうか、あの大雪の日はこんなふうだったのね。
    ありがと〜〜!
    幸せに暮らしてる二人なんか、ほっといてもと思うんだけど
    ちょっと覗いてみたくなっちゃうんだわ。
    あの雪の被害は大変だったけど、東京の大雪って珍しいから、
    やっぱりちょっとワクワクしちゃうんだよ。
    >こんな日だけは2人きりになれるのですね。よかった。
    うん、みんな冬休み中(笑)
    >でも、みすずちゃんもどんどんこういう気配に慣れて、
    逆にないと寂しい人になっていっちゃうかもしれないなあ。
    そうかもねえ。
    コンクリートのマンションに暮らすと物足りないかも。
    >マコトさんがみすずちゃんに出会えたことは、
    奇跡くらいにすごいことだと思うのです。
    ありがとう。
    なかなか、こんな暮らしに慣れてくれる人って貴重だろうし。
    ま〜、そのせいか口説くのも早かった(笑)

  4. ★hiro305さん、
    レスをありがとうございま〜〜す!
    >お久しぶりの新婚さんカップルに会わせて頂き有難うございます。
    真さんと美鈴さんの初々しい様子が可愛いですねぇ〜。
    うふふ、新婚当初ってな〜んにもしなくても楽しいですものね。
    >大雪の東京、ちり取りで雪かきをするのですか〜?
    雪国の方からすると考えられないでしょうが、
    何しろ、雪が積もるなんて年に1〜2回あるかないか。
    どこも雪かきシャベルなんて、奥深くしまわれてて1本がせいぜい。
    買いに行ってもすぐ売り切れてるんです(店の在庫が薄い)
    お父さんがシャベル、で、家族の方たちは、
    いろんなので雪落とししてましたよ。
    ちりとり、植え替えスコップ、デッキブラシとか(笑)
    >冬場は虫たちもお庭の木々も冬眠中、
    色々な気配が消えて2人にとっては貴重な2人っきりの時間
    そうなんざんす。
    起きてるのは人間だけ(笑)
    >真さんはちゃんと有効利用しますね^^
    そーなんざんす②もう抜け目ないったら(笑)
    >長い時間1人で生きてきた真さんには
    自分の家で大事な人と作っていく家族の時間が何よりも
    大切なんでしょうね。
    そ==なんざんす③
    もううれしくて、可愛くてたまらない。
    たぶん、ちょっとタレ目になってます(笑)

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