01 アンジェラ

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僕は6才から10才までを、中南米のエクアドルという国で過ごした。

 

大手商社の中南米担当だった父の仕事のため、

母と4才年下の弟、明と共に海外駐在生活をしたのだ。

 

 

父は仕事のとっかかりを作るために、

現地のわずかな日本人たちと協力し合って、

自宅でパーティを開き、現地の人と交流を深め、感触を探っていた。

 

ある時、ふとしたきっかけで、父が空手の技を披露したところ、

 

「セニョール・神待里、ぜひ、空手を教えて下さい」

 

弟子入り志願者が殺到し、とうとう町にある建物の一角を借りて

「空手道場」のようなものを開くことになり、

息子である僕たちも混じって、一緒にそこで練習をしたものだ。

 

 

 

エクアドルでの生活は、そんな風に

沢山の人たちとのふれ合いに満ちたものだったが、

もちろん日本人学校などはなく、僕らは現地の小学校に通っていた。

 

週末ごとに、在エクアドルのわずかな日本人同士で集まり、

簡単な日本語の勉強会を行っていたが、

忙しい親達の催しは不定期になりがちだし、

子供も、親と話せる以上の日本語は当面必要ないので、

学ばなければならない、という切迫感は薄かった。

 

かと言って、エクアドルから日本に帰国するのは、

飛行機を乗り継ぎ乗り継ぎ、大変な時間と労力がかる。

 

結局、両親は、僕たちの日本語教育のために、

エクアドルから便のいい、メキシコの日本人学校に

長期休み期間中だけ入学させることになり、

8才頃からは、毎年クリスマスをメキシコで過ごした。

 

 

その後、僕は10才で帰国し、日本の小学校に編入、

父は単身、仕事の拠点をエクアドルからメキシコへ移した。

 

 

父は家族がバラバラに暮らすことをひどく嫌がり、

なるたけ家族一緒に居られる時間を模索した。

 

その年のクリスマスは、仕事の都合で

どうしても父がメキシコから帰国できないことが決まると、

母は、僕らに日本の小学校を休ませ、

12月の半ば、飛行機を乗り継いでメキシコに降り立った。

 

僕は12才だった。

 

 

 

 

1984年12月、メキシコの首都、メキシコシティ。

 

「隆、明、良く来たな。待ってたぞ。

 ここはもう、おなじみの場所になって来ただろう。

 いつもクリスマスのシーズンに来られるっていうのは、

 幸せなことかも知れないぞ。」

 

休暇シーズンの幕開けで、やって来る人、迎えに来る人でごった返す空港に、

南米の男たちと同じように、鼻下に髭をたくわえた父が

運転手のホセと共に、迎えに来ていた。

 

「あなた・・・やっと着いたわ。」


「奥様、どうぞ、お荷物をこちらにお渡し下さい。」

 

小学生の男の子二人を抱え、長時間のフライトを終えた母は、

父の姿を見てようやく安心し、どっと疲れが出たようだった。

 

ホセの運転で、父が住んでいる家に着いた。

 

 

 

 

冬のメキシコシティはほとんど雨が降らない。

 

日中、10度を切る寒さの日もあまりなく、概して温暖だが、

代わりに車の排気ガスとほこりで、

街全体がぼうっとすすけて見える日がある。

 

人口2000万を越える巨大な街。

人々の肌色も服装も実に様々で、一人として同じ肌色の人間は、

いないのではないかと思ってしまう。

 

 

 

メキシコシティにあるその家は、父の会社が借り上げているもので、

僕らは8才からその家で何度もクリスマスを過ごし、

その家で働く、ハウスキーパーのモニカや、

その夫で運転手を勤めるホセなどとは

顔馴染みという関係を越え、気心も知れて家族のようだった。

 

家はメキシコ・シティでも広い方で、鉄製の門扉は丈高く頑丈に鋳られ、

門の内側に立ち、隙間から外の通りを一日中眺めていたこともある。

 

家の中に大きな中庭(パティオ)があり、

となりの家との境の塀近くには鶏小屋もあって、

毎日、何羽かの鶏が思い思いの藁の中で卵を産む。

 

「モニカ、今日の卵はもう取っちゃった?」


「まだですよ、あきらちゃん。

 今日はお掃除やら、ごちそうやらで忙しくって鶏小屋に行ってないんです。

 あとで取って来てくれますか?」

 

浅黒い顔に人のいい笑みをいっぱいに浮かべて、モニカが言った。

 

「いいよ!任せて・・」

 

明は目を輝かせて返事をした。

 

僕と明はこの家にいる間、毎日卵集め競争をしていて、

モニカはそれをよく知っているのだ。

 

荷物やスーツケースを父やホセに部屋まで運んでもらい、

汚れた顔と手を洗ってすっきりすると、昼ご飯ができていた。

 

僕たちが滞在する時だけ、料理番に来てくれる、

マルタおばさんが作ってくれたメキシコ料理で、

トウモロコシの粉を練って焼いたトルティージャに

チキンや野菜をくるんで食べるタコスだ。

 

その他にインゲン豆を柔らかく煮込んでつぶしたものや、

トルタという丸いコッペパンを上下二つに切り分け、

中にアボガドや、トマト、玉ねぎのみじん切り、

ハムなどを挟んで食べるサンドイッチ風のもの。

 

それに、サボテンを小さく切って茹で、トマトや玉ねぎと和えたサラダ。

鶏や野菜のゴロゴロ入った野菜スープなど、

温かくておいしい物ばかりだった。

 

 

日本にいると、メキシコ料理が特に食べたいとも思わないのに、

この国に着くと、無性にタコスが食べたくなり、

毎日でもまるで平気になってしまう。

 

自分ながら、その順応性の高さは不思議だった。

 

「隆、明、明日からさっそく学校に行くのよ。

 午前中だけの補習だから、すぐ終わってしまうし、

 何日かしたら、学校全体がクリスマス休暇になってしまうけど、

 仲良しになっていたお友達にも会いたいでしょ?

 

 やっぱりちゃんと行ってらっしゃい。

 校長先生には話を通してあるから、わたしも一緒に行くわ。」

 

昼ご飯を食べ終わると、もう4時だった。

 

長時間のフライトの疲れもあって、満腹になると

とたんに眠くなって来る。

 

「もうちょっと起きていられると、

 明日からの時差に合わせやすいんだけどね。」

 

僕が目をしばたき始めたのを見て、父が言う。

 

明はソファの上で丸くなったまま動かず、

とっくに眠ってしまっているのがわかる。

 

「そうだわ。

 せっかくメキシコにいるんだから、ここに居る間に『ポサダ』をやるわよ。

 学校のお友だちにもぜひ来ていただきなさいね。

 明日、そのお話もしてらっしゃい。

 え〜と、来週の月曜の夜にやることにするわ。

 それなら、ピニャタやら何やら、準備する時間もあるでしょう。

 ごちそうの用意もしなくちゃね。


 パパは土曜日、一緒にメルカード(市場)に買い物に行ける?」

 

「残念だが無理だな。お客さんが来るんだ。

 でも『ポサダ』の月曜は午後から休みをもらって帰って来よう。」

 

 

 

 

 

メキシコには「ポサダ」という習慣があって、クリスマス前9日間に、

お互いの家を訪問して、もてなし合う。

 

中でも「ピニャタ」と呼ばれる、

張り子の人形の中に粘土のツボがしこんであるものは、

クリスマスの行事にかかせないもので、

人形にお菓子、果物、おもちゃと言ったものを詰めて、

「ポサダ」の時に子供達が棒でたたいて割り、中身を拾い合う。

 

 

 

 

週末のメルカード(市場)に来ると、いつもながら、

人の多さと色彩の鮮やかさに圧倒されるが、

子供心にもクリスマスが近づいている、

という人々の心の弾みを感じ取ることができた。

 

「すごい人ねえ、慣れないうちは人に酔ってしまいそうだわ。

 隆、明、ママのそばを離れないでね。

 ここで迷子になったら、もう一生会えないかもよ。」

 

そう言われて、まだ小学校2年の明は、

母の左手をしっかり握っていた。

 

6年生の僕は、もう手をつながない。

ここへ買い物の手伝いについてきてくれた、

お手伝いのモニカと共に、荷物を持つ係を引き受けた。

 

 

 

 

昔ながらの巨大なメルカートの一角に、クリスマス専用の場所が出現していた。

 

市場の入り口にはマリンバの演奏をする一群がいて、

そのメロディがにぎやかな雑踏に、どことなく物悲しいリズムを添えている。

 

小さな店がびっしり並び、キャンディなどのお菓子、お面、花火に、

クリスマス用の人形、キリストの父母、ヨセフとマリア、

小さなひつじなどがワゴンに積み上げられている。

 

「あれ何?アレ・・・・?」

 

明は店先に吊るされてゆれている、「ピニャタ」らしい人形を指差して大声を出した。

 

それは沢山のピニャタだった。

 

クマ、象、ロバ、シマウマなどの動物をかたどったもの、

ピエロや女の子の人形、天使の顔、

人参やリンゴなどの野菜や大きな星型をしたもの。

大きいものから小さい物まで、あらゆる形のピニャタがつるされて、揺れている。

 

店の前には、僕らだけではなく、他の家族連れも来ていて、

それぞれの子供が好きなピニャタを物色していた。

 

「僕はあの大きい象がいい!」

 

明が早くも店先に走りよって、指さした。

 

「あらまあ、あんなに大きいのじゃ、さぞかしたっぷり中身が入るでしょうよ!」

 

一緒についてきたモニカが笑って言った。

 

店には僕らと同じくらいか、少し年上の男の子が働いていて、

明の指差すピニャタを下ろそうかどうしようか、僕たちの顔色を見ている。

 

「隆はどれがいいの?」

 

僕は正直、どうでも良かった。

ピニャタを割って出て来る、おもちゃやお菓子は、

僕にとって一番の楽しみではなくなっていたのだ。

 

だが、もちろん今、そんなことを言うわけには行かない。

 

吊るされているピニャタを眺めると、動物の形をしているものが多く、

それもクリスマスにちなんだ、子羊やロバから、

アヒル、フクロウと言ったものまで様々だ。

 

中に天使の顔のついたピニャタがあり、

その顔がおだやかで、優しげな笑みを浮かべている。

 

「あれは天使?」

 

「キリストさまが生まれたのを、

 ラッパを吹いてお祝いなさったんでしょう。」

 

モニカが教えてくれた。

 

僕は母を振り返って告げた。

 

「僕はあれにしようかな・・・。」

 

それぞれのピニャタが決まると、店の男の子が椅子を持ってきて、

壁からそれらを外し、母とモニカに渡した。

 

メルカードの入り口まで戻ると、モニカの夫で、運転手を勤めているホセが

タバコをふかして待っていた。

 

彼に大きなピニャタを二つとも渡し、

母と僕たちはピニャタの壺の中に入れるものや、

クリスマスのお菓子の材料などを買いに、

もう一度、メルカードの中に戻った。

 

 

日本のみかんよりずっと鮮やかなオレンジやレモン、

きらきらした包み紙のチョコレート、ステッキの形をしたキャンディ。

ポサダの日に子供たちに配る、お菓子のつまったおもちゃも買ったし、

布製の人形も買った。

 

陶器の人形では、ピニャタを割る時に、

一緒に割れてしまうかもしれないからである。

 

その他に、お菓子に使う、干しブドウやとうもろこしの粉等を買うと、

母とモニカと僕だけでは、持ちきれないほどの荷物になった。

 

 

喉が渇いた、と訴える明にせがまれて、

メルカード2階の食堂に寄る。

 

ココナツ売りの少年にジュースを注文すると、

店の奥にごろごろと転がっているココナツを転がして来て、

大きなナイフでまっ二つに切り、ストローを差してくれる。

 

そのジュースを飲みながら、別のカウンターで、

トスターダスというタコスに色々な野菜を乗せたものを食べた。

モニカは魚のフライを食べている。

 

「ママ、僕、あの子の食べているプリンが食べたい!」

 

明が無遠慮に指差すと、

 

「指さすのはダメよ。」と、母がいさめたが、

 

「隆も食べる?」と

 

結局プリンも注文してくれた。

 

食堂にはあらゆる人たちがいる。

 

肩から布をぶら下げて赤ちゃんを入れ、

おっぱいをやっている若い母親。

新聞を読みながら、タコスをつまんでいる父くらいの男たちの一群。

 

母親が居眠りをしている脇で、ノートに絵を書いている子供もいた。

 

日本から来たばかりの僕は、

母国とは違う、赤、黄、緑、と言った原色の洪水に圧倒されながらも、

どこか、子供の頃からなじんだ風景に立ち戻っていくような二重の感覚がある。

 

こうしてメキシコの食堂に座っていると、日本ははるか遠くに去り、

もっと騒々しくて、人や物の匂いのずっと濃い国に

安心している自分を見つけた。

 

 

お腹がいっぱいになって落ち着くと、

市場のそこここで働いている子供の姿が目につく。

 

野菜を運ぶ子、店の掃除をする子、きれいな白い服を着て、

大人の男が弾くギターに合わせて、ダンスを踊ってみせている女の子。

 

靴を履かずに裸足の子もいる。

 

ここでは、貧富の差は、僕みたいな子供の目にもはっきり見える。

 

僕には、自分が「ナランハ、ナランハ!」と言って

オレンジを売る姿を想像できない。

 

だが現実に、僕より小さな子供が、朝から晩までここで働いているのだ。

 

 


「ママ、僕、もう帰りたい・・・」

 

満腹になった明が言い出したのをしおに、

両手いっぱいの荷物を持って、ホセの待つ車に戻った。

 

 

 

 

月曜日、「ポサダ」当日の朝になると、家中が大忙しだった。

母と、料理を手伝ってくれるマルタおばさんは、

キッチンで、お菓子やらおもてなしの料理を作るのに奮闘していた。

 

モニカはあちこちを掃除して、花を飾り、

テーブルクロスや洋服にアイロンを掛けている。

 

「さ、あなたたちは自分でピニャタの中に、お菓子やおもちゃを詰めなさい。」

 

モニカが、僕らを呼んで、キッチンの二つの椅子の間に、棒を渡し、

そこにピニャタを吊るして、中に入れる、

オレンジやおもちゃの籠を置いてくれた。

 

僕と明は、順番にオレンジ、レモン、棒付きキャンディ、チョコレート、

ピスタチオやピーナッツ等と言った木の実の袋、

布製の人形などを詰めて行った。

 

キッチンの中のオーブンから、色々なスパイスの利いた、

お菓子の焼き上がる匂いが漂ってくる。

 

「ママ、これ以上、もう入らないよ。」

 

明が、象のピニャタの横っ腹を叩きながら訴えた。

 

「あらあら、すっごい重たいわねえ。

 こんなの二つもつり下げたら、庭の木が折れるんじゃないかしら。」

 

母が僕らのピニャタを見に来て言った。

 

「午後にはパパが帰ってくるから、

 そしたら、一緒に庭につるすお手伝いをしてね。


 それから夜は、お客さんたちがたくさん来て、

 あなたたちの部屋にも来るかもしれないから、

 お部屋をきちんと整頓しておきなさい。」

 

は〜い、と返事をして、2階の自分たちの部屋に戻る。

 

 

僕と明のベッドが置いてある寝室と、

机や日本から持って来た本、勉強道具などの置いてある

子供部屋は別になっている。

 

子供部屋には部屋の奥に、広いクローゼットがあり、

僕や明が小さい頃に着た洋服まで、なんとなく残してあった。

 

父の仕事関係の日本人家族が泊まりに来る事もよくあり、

それらは、そう言った子供たちの着替えとしても重宝されていて、

女の子の服も少しあった。

 

日本から持ってきた、キャラクターのおもちゃは、

こっちの友達にも人気があった。

 

「隆ちゃんは(明は僕のことをこう呼ぶ)、

 ドラえもんのマンガ持って来た?」


「重いから、5冊くらいしか持って来なかったよ。」


「僕、土曜日に会った日本人の友だちから、ぜひ読ませてって言われた。

 今日来たら見せてあげてもいい?」


「いいよ。」


「隆ちゃんは何見せてって言われたの?」


「あ、ガンダムは持ってないのかって。」


「ふ〜ん、こっちでも人気なのかな・・・」

 

メキシコでは、招んだお客の倍以上のお客が来るのはふつうなので、

僕たちが持っているおもちゃなどから考えて、

結構な人数の子供がくるのは間違いないだろう。

 

 

 

昼ご飯は、トルタという丸いコッペパンを上下二つに切り分け、

中にアボガドや、トマト、玉ねぎのみじん切り、ハムをはさんで食べる

サンドイッチ風のものだった。

 

珍しく会社から早帰りした父親も混ざって、食事を済ませた。

 

「今夜、会社の人たちも何人か来るよ。」

 

父が言うと

 

「ここでは、一体、何人お客様が来るのか、わからないのが難点ね。

 どのくらいお料理を用意したらいいのか見当がつかなくて・・・。」


「何、あるだけ食べちゃうんだから、適当に用意しておけばいいんだよ。」


「そうするわ。」

 

 

「隆、明、ピニャタの用意をするぞ。」

 

父がそう声をかけたのを潮時に、僕らは中庭にでて、

中庭の二本の木にロープを渡し、そこにピニャタをつり下げ、

ロープの端を持って上げたり、下げたりのテストをするのを手伝った。

 

「これ、割っちゃうの?」

 

明が梯子の上に乗っているホセに聞いた。

 

「みんなでピニャタを叩いて割るんですよ。

 明さんもやったことあるでしょう。」

 

ホセが答えた。

 

「そうだけど、僕のを割ったことはなかったよ。

 なんだか、もったいないなあ。せっかく買ってきたのに・・・。」

 

明は地面から高くつりあがった象のピニャタを見て惜しそうに言った。

 

「ピニャタを割らないと、中に入っている物がもらえないじゃないか・・・」

 

反対側で、木のロープの具合を見ていた父が笑いながら言った。

 

 

 

 

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