02 アンジェラ

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 暗くなるとすぐ、ぞろぞろとお客さんが集まってきた。

 

明と一番親しい、在メキシコ邦人の息子、健人が行列の先頭に立ち、

「ヨセフとマリアとロバ」の人形をのせたお盆を持って、中庭に入って来る。

 

他の大人たちは手にろうそくを持って、子供たちにつづき、

スペイン語の『ポサダの歌』を歌いながら、中庭をまわって歩く。

 

それから行列の先頭が家の門をたたくと、

中から「もう宿屋は満員!」とモニカの声がした。

 

なおもドアが叩かれ、歌が続くとついにドアが開けられ、

明と健人の持っていたお盆を家の中に置くと、

それで儀式はおしまいだった。

 

 

中庭の子供たちが「ピニャタの歌」を歌い始め、

「ピニャタを割りたい、割りたい・・・」と声が響く。

 

父とホセが長い棒とタオルを持って来て、

ひとりの子供に目隠しをし、ぐるぐるその場で回す。

 

つまり、日本のスイカ割りの要領でピニャタを割ろうと言うのだ。

 

僕とホセは、木から垂れ下がったロープの端を持って、

二つのピニャタを上げたり、下げたりする。

 

割ろうとする子供からも、まわりで見ている大人からも大声援!

 

 

「サンチョ!サンチョ!」と声がかかったり、

「もっと右、もっと右だよ」と叩く方向を教える声など、

きゃあきゃあ、興奮した声で騒ぐ中で、聞き取るのが難しいくらいだった。

 

明も目隠しをして、ピニャタ割りに参加し、

むやみやたらに叩くと何発かは当たった。

 

 「隆、お前も叩いておいで・・・」

 

 父にそう言われて、僕はロープの端をホセに渡し、目隠しをしてもらうと、

3回ほどぐるぐる回してもらって木の方に進んで行った。

 

この家の子が割るというので、いっそう声援が高くなり、

「タカシ、タカシ!」と声が響き、一瞬方向感覚がなくなったが、

ピニャタの下あたりがすこしくぼんでいたのを思い出し、

足でそこを探りながら進み、

止まると、おもいっきり棒を振り下ろした。

 

 

ガッチャ〜〜ン!

 

 

手に大きな衝撃を感じると、足の上に何かがバラバラと降ってきて、

歓声と共に子供たちが駈け寄ってくるのを感じた。

 

目隠しを取ると明のピニャタが割れて、中身がそこら中に散乱している。

 

明の顔を見ると、泣きそうな、笑いたそうな何とも複雑な顔をしていたが、

みんなに混じってお菓子を拾ったりはしなかった。

 

ひとしきり拾ってしまうと、残った僕の方のピニャタ割りになり、

それも割れてしまうと、我勝ちにと庭を這い回って

手に入れたお菓子やおもちゃを抱えると、

子供たちは家に入って行った。

 

 

 

 

大人たちのパーティは延々と続いている。

 

テーブルの上にびっしり並んでいた料理やお菓子がなくなり、

山盛りのオリーブやチーズも残り少なくなり、

酒瓶がずらりと空き、子供たちが傍らであくびをかみ殺していても

にぎやかなおしゃべりは続き、なかなか腰を上げようとしない・・・。

 

また明日は、別の家で別の『ポサダ』が催される。

クリスマス前の9日間、毎日、こうしておよばれは続くのだ。

 

 

 

 

日付が変わる頃、やっと家の中からお客の姿が消えたらしい。

 

僕はとてもそこまで待っていられなかった。

 

朝からピニャタを準備したり、ピニャタ割りの後、

僕たちの部屋までおしかけてきた、日本人やメキシコ人や混血の友だちに、

おもちゃや本の披露をする。

 

それらが無事にこっちの手に戻ってくるかどうか、ハラハラしながら、

友達の好奇心と羨望に満ちた横顔を眺めながら過ごした時間。

 

 

興奮した明もずいぶん遅くまで頑張っていたが、

部屋の片隅にあるラグの上で静かに丸くなっているのを、

そっとモニカが抱き上げて、

ベッドに連れて行くのを見た記憶がある。

 

 「隆ちゃんももうベッドに行っていいんですよ。

 お母さまたちは、まだまだお客が途切れないけど、

 子供は眠くなる時間だから。

 おやすみなさい・・・」

 

 モニカの言葉を聞き、一階の喧噪を階段の上から少し眺めてから、

ドアを閉めて音を追い出した。

 

子供部屋の中は、ひっくり返したおもちゃや本、

洋服までが出しっ放しで、

誰かの忘れ物らしいお菓子や、

食べかけのオレンジの皮まで幾つか残っていた。

 

ため息をついて、それらを眺めながら、

今夜はもうあきらめて、すべて明日片づけようと考え、

パジャマに着替えて、ひとりベッドに入ると夢も見ずに眠った。

 

 

 

 

 

翌朝はゆっくりやって来た。

昨夜のことを考えて、

母やモニカがいつもより遅くまで寝かせておいてくれたのだ。

 

 「おはよう、隆。よく眠れた?

 騒がしかったでしょう。」

 

 母が優しく笑いかけてくれる。

 

朝食はモニカが用意してくれたらしい、

パン、牛乳入りのコーヒー、オレンジの簡単なものだ。

 

父の姿はもうなかった。

 

食堂から中庭を見ると、昨夜のポサダの名残で、割れた壺のかけらや、

オレンジの皮などがあちこちにちらばっている。

 

 「今日はまず、お庭をお掃除しなくちゃね。」

 

 母も僕と同じに、庭の様子を見てため息をついた。

 

明は僕が朝食を食べ終わった頃、やっと起きてきて、

まだ眠そうに母の膝にすがりついている。

 

 「誰かが僕のドラえもんを、持って行っちゃったみたいなんだ。」

 

 甘えた声で、母に訴えている明の声を聞きながら、

昨夜やってきた友だちの顔を思い出してみる。

 

 「今夜はマシアスの家で『ポサダ』があるのよ。

 あなたたち、よばれているでしょ?

 ママも一緒に行くから、そのつもりでいてね。」

 

 ひざの上に乗った明の頭を撫でながら、母が僕らに告げた。

 

 

 

 

朝食を済ませると、先に庭の片付けにとりかかっていたホセを手伝って、

あちこちに散乱したゴミを拾い、掃除をした。

 

明は、庭に散らばって誰にも見つけられずにいたお菓子や

果物、おもちゃなどを拾って泥をはらい、袋の中に入れている。

 

破れてぐちゃぐちゃになった、ピニャタの象の張りぼての紙や、

天使の顔の残骸など、朝の光の下で見ると、何故か汚らしくて悲しかった。

 

昨夜はあんなに輝いていたのに・・・。

 

 

 

 

午前中いっぱいかけてやっと家と庭をきれいにすると、

母は夜のポサダに着ていく服を出してきて、

モニカがそれにアイロンを掛け始めた。

 

昼食は、野菜と鶏肉のはいった簡単なメキシコ風チャーハンと、

昨日の野菜スープの残りを温めてくれ、

むっちりと肉あんを詰めて揚げた、

メキシコ風ピロシキのようなものも出してくれた。

 

 「ママ、今度はオムレツが食べたい。」

 

 明が食べながらそうねだると、

 

 「明日は作ってあげるわ。今日はこれを頂きましょうね。

 マルタおばさん、昨日も今日も頑張ってくれたのよ。

  今晩は私たちがおよばれだから、

 マルタおばさんはお家に帰ってもらうからね。」

 

 昼食が済むと、明は子供部屋に引っ込み、ソファに寝転んで

「ドラえもん」のマンガを読んでいる。

 

いつもは、ご飯のあとゴロゴロしていると怒られるのに、

今日は昨夜のパーティの後なので、何も言われない。

 

 

僕は中庭に出てぶらぶらしていると、卵のことを思い出した。

 

昨日は皆『ポサダ』の準備に大わらわで、

誰も卵なんか取りに行ってないにちがいない。

 

取ったとしても、昨日の朝で、

卵はみんなお菓子に使ってしまっただろう。

 

 

 

隣家との境にある塀の少し脇に鶏小屋があった。

 

ちょっとした物置くらいの大きさで、

小さいながらも内部が2階建てになっており、

2階部分には床に敷く新しい藁や、

鶏小屋の掃除につかう熊手や帚が置かれている。

 

秘密の隠れ家みたいで、ここにこっそりお菓子を持って来て、

明と二人並んで食べたこともあった。

 

もっとも鶏がコッコッとうるさいので、

落ち着ける場所とは言えなかったが・・・。

 

 

 

 

鶏小屋を開けると、囲いの中の鶏たちがごそごそ歩き回ったり

コッコッと鳴いたり、バタバタ羽ばたきをしたりうるさかった。

 

 さて、どこに卵を産みつけただろう・・・。

 あの辺りの藁の中に、2、3個ありそうだ。

 

 そう思って、囲いの藁に足を踏み入れようとした時、

鶏小屋の上の方で、何かガサガサ言う音が聞こえた。

 

 何だろう?

 

 鶏は2階までは飛べない筈だが、たまにどうしたものか、

2階部分まで飛び上がっている鶏を見つけることがある。

 この前は茶色のチャボの雄が飛び上がって、バタバタやっていた。

 

僕は2階部分へ立てかけた梯子をのぼり、藁のおいてある山を見つめた。

 

 心なしかいつもより、こんもりしているような・・・。

 

 しかし、ここからは何の物音もしない。

鶏の姿もない・・・。

 

飛び上がって自分で飛び降りたのかな?

 じゃ、卵を生みっ放してないよな・・・。

 

 

僕はふと思いついて、藁の方へ両手を伸ばし、そのまま掻き分けた。

 

卵を手探りしようと手をつっこむと、

何か固い感触があってぎょっとした。

 

いったん手を引っ込めて、もう一度しげしげと藁山を見たが、

意を決して、先ほど何か触れた辺りに思い切って手をつっこんだ。

 

 固い・・・。

 ん、押すとかすかに弾力があるような・・・。

 

僕がさらに掻き分けると、白っぽくかさついた足の指が見え、

恐ろしさに背中がぞっとして

思わず「わっ!」と声が出て飛びのいた。

 

 誰かの死体?

何でこんなところに・・・。

 

 驚きで、梯子を駆け下りようにしたが、誰かを呼ぶにせよ、

もう少し見極めておいた方が良さそうだ。

 

恐る恐る、藁山の近くにもう一度もどると、

さっき見えたはずの足先が消えている。

 

 「?」

 

 あれ、確かにあったよな。

見間違いかな、それとも藁がかぶっちゃったかな・・・

 

 そろそろとまた藁をかき分けると、今度は足だけじゃなく、

足のすねをしっかり抱えている小さな手まで見えた。

 

その指が、細くて小さいのに力を得て、

「誰?」と言いながら、上の方の藁山をかき分け、どかすと、

藁の下から黒い頭が見え、おびえた黒い瞳がこちらを見返している。

 

その下の藁をもっと剥ごうとして、手が止まった。

彼、あるいは彼女のむきだしの肩が見えたからである。

 

膝を抱いてぐっと小さく縮こまりながら、

おどおどとした目が僕を見ている。

 

 「君、誰?」

 

 スペイン語で聞いた。

 

返事はない。

 

 「どうしてここにいるの?」

 

 少女らしいことは、落ち着いて見てみれば何となくわかった。

長い髪を額の脇だけ、幾つもの三つ編みにして垂らしている。

 

顔は小さく、目だけが大きい。

町でよく見るインディヘナとよばれる原住民の女性よりもずっと色白だったが、

日本人の僕よりも浅黒く、藁からのぞいている手足は細かった。

 

唇は白っぽく乾いてかさかさしている。

 

 なおもじっと僕を見ていたが、やがて

 

 「逃げてきたの・・。」

 

 ぽつんと言った。

 

 「どこから?」

 

「あるお家から・・・。」

 

 

 どうしたらいいだろう。

何かむずかしい事情がありそうだ。

 そっと母に伝えて応援を求めるのがいいんじゃないだろうか。

 

 「うちの母に伝えてくるよ」と言って、梯子を降りようとすると、

 少女があわてて藁の中から這い出して来て、

 

 「待って!」

 

と叫んだ。

 その姿を見て驚いた。

 

いくらメキシコの冬が暖かいとは言え、

薄っぺらな白い下着のようなものを一枚、身につけているだけで、

他には何も着ていない。

 

右手を喉元にあてて、何かをぎゅっと握っている。

 髪にも体にも藁くずがついていた。

 

 「お願い。帰されたくないの。

 ほんのしばらく、このままでいさせて・・・!」

 

 大きな瞳がまっすぐ僕を見つめて訴えている。

 

でも・・・と、言いかけて止めたのは、

彼女の左目から頬にかけて、

青く腫れあがっているのが見えたからだった。

 

 僕がもっと小さい頃、後ろを振り向いた拍子にボールを受けて、

片目にこんな青あざを作ったことがある。

 

 「その顔、どうしたの?」

 

 彼女が小さな手をあげて、自分の片目を隠した。

 

 「・・・ぶつけたの。」

 「寒くない?お腹は空いてないの?」

 

 僕がこう言うと、少し恥ずかしそうにうつむいて

 

 「ごめんなさい。お庭のお菓子やオレンジ、もらったの。」

 

 藁の奥から、きらきらした包み紙を三つほど出し、

 

 「これは・・・返す。」

 

 細いむき出しの腕でそっとお菓子の包みを押し出されると、

あわてて手を振った。

 

 「いいんだ、これは、ここにいた皆が食べていいんだよ。

 ね、君はあの時、あの行列の中にいたの?

 誰の家の子なの?」

 

 少女は首を振って答えない。

 

 「じゃ、名前を教えて。僕はタカシ。君は?」

 

 少女の顔にふと迷うような表情が見えたが、やがて

 

 「アンジェラ・・・」

 

 小さな声でつぶやいた。

 

 

 

 

 

4時頃、母や明が今夜のポサダに行く準備をしている時に、

母のそばに近寄って行き、

 

 「僕、今日はやめる・・・何だか少し気持ちが悪い。」

 

 母は髪を梳かしていた手を止めて、僕の方に向き直り、

 

 「どうしたの?具合が悪いの?」

 

 僕の顔をのぞき込み、額に手を当てたり、口を開けさせたりした。

 

 「何でもない。なんだかちょっと気持ち悪いだけ。

 夜中までマシアスの家で遊んでいたくないんだ。

 ダメ?」

 

 母は心配そうな顔をした。

 

 「ダメじゃないわ。

 だけど、ママや明は今日は行かなくちゃならないの。

 マシアスのパパと、うちのパパは、お仕事も関係があるから、

 夕方からパパも来るのよ。

 

 それに、お菓子を持って行ったりするのに、

 モニカも一緒に来てもらおうと思ってたけど、

 じゃ、モニカだけ、ここに残ってもらいましょうか・・・」

 

 「ううん、僕なら一人で大丈夫だよ。

 食べるものを少し置いて行ってくれれば、ゆっくり寝ているから・・・。

 じゃ、今日はそうしてもいい?」

 

 「わかったわ。

 今夜は晩ご飯が要らないからって、マルタおばさんを家に帰してしまったの。

 お昼の残りが少しあるだけだけど・・・大丈夫?」

 

 「スープが欲しかったんだけど・・・」

 

 母はにっこり笑って

 

 「いいわ。じゃあ、スープだけ作っておいてあげる。

 それを飲んで今夜は大人しくしててね。」

 「そうするよ。」

 

 僕もほっとしてうなずいた。

 

 

 

 

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