04 アンジェラ

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翌朝、明は感心にも、母やモニカにアンジェラのことを黙っていた。

 

代わりに、その夜行くはずだったミゲルの家の「ポサダ」に、

自分も行かない、と言い出した。

 

ミゲルの弟、イグナチオと明は仲が良かったので、母はびっくりした。

 

「どうして?イグナチオと遊ぶのを楽しみにしていたじゃないの。」

 

「う〜ん」

 

明が口ごもり、僕はその様子に内心ハラハラしていたものの、

庭の景色を見てごまかした。

 

「ちょっとね。行きたくないんだ。」

 

「だから、どうして?」

 

食いさがる母に、

 

「うん、ちょっと行きたくない。家にいたいんだ。」

 

明がうつむくと、母はそれを見て、

学校でイグナチオとケンカでもしたのか、と思ったらしい。

 

「そう・・・」

 

とうなずいて、しばらく明を見ていたが、

 

「じゃ、今夜は二人でお留守番しなさい。

 ママとモニカは行ってくるわ。

 あまり遅くならないようにするからね。」

 

「うん」

 

早々に不参加を表明した僕と明で、同時に返事をした。

 

 

 

昼食時はちょっと妙な雰囲気だった。

僕と明は同じことを考えていたからだ。

 

どの食べ物をアンジェラに持って行くか・・・。

 

そんな目で、テーブルの料理を品定めしている。

 

 

僕も明も、大好きなシナモンドーナツを一つずつ残し、

夜のおやつに食べる、と言い張った。

 

明がパンをくすねて、自分のお腹に隠そうとしたのが却って見え見えで、

母が後ろを向いている隙に、

 

「やめとけ。ばれるよ。」

 

とささやいたのだが、明は知らんフリだ。

 

 

 

二人とも、夕方までじりじりしながら大人たちの出発を待ち、

車が門を出たと同時に、2階へ駆け上がると、

 

「アンジェラ!アンジェラ!」

 

明が大声で呼んだ。

 

 

 

アンジェラが今度は隠れずに、自分から子供部屋の中央に出て来て、

「アキラ、タカシ・・・」と笑顔を見せ、

「これ、アンジェラに」

得意そうにアキラが差し出したパンを見ると、

 

「ありがとう」

 

そう言って、明の頬にキスをした。

 

明は最初、恥ずかしそうな顔をしたが、

すぐにアンジェラに、くしゃくしゃの笑顔を向ける。

 

僕はちょっぴり複雑な気分だった。

 

最初は、僕がかくまっていてあげた筈だったなのに・・・。

 

 

 

「明。スープやピロシキも残ってたよ。

 一緒に下で食べた方がいい。」

 

僕が言うと、

 

「そうだ、アンジェラ!

 一緒に下で食べよう。僕のドーナツ、あげるから・・・」

 

明がアンジェラの手を引いて、階段へ引っ張って行った。

 

僕のドーナツだってあるんだぞ・・・。

 

二人が仲良く階段を降りて行く後ろ姿を見て、僕は少し面白くなかった。

 

 

 

 

 

夕食は楽しかった。

明の絶え間ない質問攻撃のおかげで、アンジェラの話が沢山聞けた。

 

「アンジェラはどんな食べ物が好き?」

「サッカーしたことある?」

「チョコレートアイスといちごアイスのどっちが好き?」

「ドラえもんって、知ってる?」

「どこの学校に行ってたの?」

 

アンジェラは明のどんな質問にも、笑わずに答え、

明が夢中になって自分のことをぺらぺらしゃべっている間も、

微笑みながら、じっと聞いていた。

 

アンジェラも明も、しゃべったり笑ったりに忙しくて、

あんまりきちんと食べられないくらいだったが、

僕はテーブルの向かいで黙って食べながら、二人の話を聞いていた。

 

「アンジェラ、働いてたの?」

 

「うん、そうよ。」

 

「おうちから離れて?パパやママと一緒じゃないの?」

 

「ママはもういないの。パパはわたしが働くと喜ぶのよ。

 だから、一生懸命働こうと思ったんだけど・・・。」

 

ふうん・・・。

 

「そこが怖い所なの?」

 

僕もつい、口をはさんだ。

 

アンジェラはそれまでずっと笑顔だったのに、

初めておびえた顔に戻った。

 

「うん・・怖い。とても怖いところだったの。」

 

「誰かが、アンジェラをいじめるの?」

 

明がアンジェラの手にぶら下がりながら、訊いた。

 

「うん。ちょっといじめられたの。」

 

「どんな風に?」

 

「お前は悪い子だ、魔女だって言って、わたしをぶったの。」

 

僕も明も黙ってしまった。

 

アンジェラの顔のあざは、大分薄くなったとはいえ、

明にもはっきりわかるほどには、残っている。

 

「アンジェラ、かわいそう。

 そんなところにいないで、おうちに帰ればいいのに。」

 

「そうだね。

 わたしもできたら、おうちに帰りたい・・・」

 

アンジェラがつぶやくように言うと、

みるみる、大きな黒い瞳いっぱいに涙があふれてきて、

ひとつぶ、ふたつぶ・・・

 

まるで葉っぱをころがる朝露のように、

透明な雫がこぼれ落ちた。

 

僕も明も急に悲しくなってきて、明は一緒に鼻水をすすり上げた。

 

僕たちが暗くなってしまったのを見て、

アンジェラはあわてたようだ。

 

「でもこんな優しいアキラとタカシに会えてうれしい。

 今日のご飯は、とてもおいしかった。

 ありがとう・・・」

 

隣にいた明の頬にまたキスをした。

 

明は、また急に元気になって、アンジェラの頬にキスを返す。

僕はテーブルの向かいにいたので、アンジェラのキスはもらえなかった。

 

 

「じゃ、アンジェラ、上で遊ぼう!

 お絵描きする?」

 

明がアンジェラの手を引っ張って、すぐに2階に連れていきそうにしたが、

アンジェラが、お皿を片付けないと・・・と言ったので、

明もキッチンに戻って来た。

 

3人でお皿を洗って拭き、どうにか戸棚にしまうと

こんどこそ、3人で2階に上がった。

 

明はアンジェラにまとわりついて、

次々に自分の好きな絵本を見せている。

 

たちまち、アンジェラの手が絵本でいっぱいになった。

 

 

伏し目がちに絵本を見ているアンジェラのまつ毛は、驚くほど長くて、

絵本に出て来る王女のようだ。

 

最初に見たときより、ずっと色白で、

唇が赤く、笑うとその間から白い歯がのぞく。

 

髪の毛は黒くて長くて、先の方がくるくるとカールして、

たっぷりと背中にかかっていた。

 

こんなきれいな子は、日本でもメキシコでも見たことがない。

 

 

「アンジェラはいくつなの?」

 

ふと、横顔が大人びているように感じて、僕は聞いてみた。

 

ずっと明の方を向いていた彼女の顔が僕に向けられ、

かすかに微笑む。

 

13才。タカシは?」

 

「僕は12才。」

 

ひとつ、お姉さんだったのか。

 

「僕は8才!」

 

明が負けじと声を張り上げた。

 

そう・・・と、アンジェラが明の頭を撫でた。

 

アンジェラに触られると、明は頬を赤くして、すごくうれしそうだ。

 

「アンジェラに兄弟はいるの?」

 

僕が聞くと、

 

「いるわ。おにいさん、おねえさん、弟、妹。

 一番下の弟はまだ6才なの。」

 

「いっぱいいるんだね。」

 

「そうね。でも働きに行っていたから、なかなか会えないの。」

 

 

 

 

それから明がどこからか、トランプを取り出して来て、

ババ抜きをして遊んだ。

 

アンジェラも最初はためらいがちだったのだが、

何度も一緒にやるうちに、大きな声で笑うようになった。

 

その後、アンジェラがトランプの占いをして見せてくれた。

 

「じゃ、アキラ、どれか引いてみて・・」

 

明の引いたカードを下に並べて、何やら並べ直すと、

 

「明はすごく強い。

 自分で自分の道をひらく人・・・。

 友だちにもたくさん恵まれる。」

 

アンジェラがにっこりすると、明がうれしそうに笑い返した。

 

「では今度はタカシ。引いて・・・」

 

僕は4つ並んだカードの山をじっと見て、

さっと一つを引いた。

 

 

僕のカードも同じように並べ直すと、

少し難しそうな顔をした。

 

「何か悪いカードが出ているの?」

 

「ううん、悪くないよ。

 でも『旅』のカードが出ている。

 タカシは一つところにとどまらない。

 色んな人や色んなものと出会う人。

 

 そして『大きな手』を持っている。」

 

僕は思わず、自分の手を見た。

確かに同年代の子供の中では背が高く、手足も大きい方だけど、

これはやっぱり子供の小さな手だった。

 

アンジェラは隆のしぐさを見て笑った。

 

「本当の手も大きいのね。

 でもわたしの言ったのは、心の手。

 タカシの手は救う手よ。

 ここに、大きな愛が満ちているの・・・・。」

 

アンジェラは僕の手のひらを上に向けさせると、そっとさわった。

 

「ここに沢山のせられる。」

 

アンジェラの黒い瞳がじっと向けられると、

僕は自分が赤くなるのがわかった。

 

 

こんなこと、今までなかったのに・・・。

 

女の子からどんなにプレゼントや手紙をもらっても、

笑ってありがとう、と言えたのに。

 

 

照れくさくなって、手のひらをぎゅっと握って引っ込めた。

 

 

明がぽかんと僕らを見ていたが、二人とも黙ってしまったのを見て、

またアンジェラの手を取った。

 

「ねえ、もう一回だけトランプしようよ。ね?」

 

アンジェラがそうね、と言って微笑んだ。

 

それから3人でまた、夢中になってトランプをした。

 

勝ったり負けたりの挙げ句、大声で笑ったり、叫び声をあげたりして、

すっかり時間を忘れていた。

 

 

急に後ろでかちゃり、と音がして、ドアのノブが回り、

びっくりして固まっている僕らの前に、母の顔が現れた。

中の光景を見た母が驚いて、かすかに目を見開いたのがわかった。

 

母の後ろからモニカが顔を出し、

 

「あらまあ!

 遊びに夢中で、お母さまが帰ったのにも気づかなかったんですね。

 

 ところで、この娘は誰なんです?」

 

僕らは一瞬、答えに詰まったが、僕が一番先に我に返った。

 

「アンジェラだよ。僕らの友だちなんだ。」

 

母はアンジェラのおびえた表情を見て、

驚いた顔を笑顔に変え、にっこりと微笑みかけた。

 

モニカは不審そうにじろじろとアンジェラを眺め回している。

 

「ではアンジェラ、はじめまして。

 この子たちの母です。」

 

「はい・・・奥さま。」

 

アンジェラの声は、今までの軽やかで楽しい調子がなくなり、

重苦しい一本調子に変わっていた。

 

 

                                           

 

 

母はアンジェラを呼ぶと、階下の小部屋に連れて行った。

 

迷わず僕もついていき、アンジェラを見つけた時の様子、

顔に殴られたような痣があったこと、

下着一枚だけで鶏小屋で震えていたこと、

まだ13才だと言うことなど、知っている限りを母に話した。

 

 

「そうだったの。怖いところから逃げ出してきたのね。」

 

母はすぐに事情を飲み込んでくれたが、

アンジェラは緊張して、固い不安そうな顔をしている。

 

「これからのことは、パパに相談してみなければならないけど、

 とにかく今夜はここでお休みなさい。」

 

アンジェラに安心させるような笑顔を向けた。

 

「モニカに言って、階下の小部屋にベッドを用意してもらうわ」

 

じゃ、隆は子供部屋に戻りなさい、

アンジェラにもう少しくわしく話を聞きたいから、と

やんわりと僕は部屋を追い出され、母とアンジェラだけが残った。

 

 

2階にもどると、明はもうパジャマに着替えて、

眠そうな顔をしていたが、世話を焼いてくれたモニカの表情は固かった。

 

急に現れたアンジェラを警戒しているのかもしれない。

 

僕にいろいろと聞いてきたが、眠いふりをして、

説明は母に任せることにした。

 

僕らがかくまったのはほんの二日だったが、

母に事情を話せて、肩の重荷が下りた気分もあった。

 

 

母なら、きっとなんとかしてくれるに違いない。

 

そう考えて、僕は安心して眠ってしまった。

 

 

 

 

 

 

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