05 アンジェラ

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アンジェラは翌朝から、一緒に朝食のテーブルにつくようになった。

 

翌朝のテーブルには父もいて、母と話し合ったらしく、

にこやかで、アンジェラをくつろがせようとしているのがわかった。

 

 「アンジェラ、つらい目にあったみたいだね。

 誰だって、自分の身に危険が及ぶところに戻る必要などないんだよ。

 しばらくはここを家だと思いなさい。

 そのうちに何とかしよう・・・」

 

メキシコ風に鼻下に口ひげを蓄えた父の声は落ち着いていて、

アンジェラもこっくりとうなずいた。

 

「しばらく、家でモニカの手伝いをしてね。」

 

母が微笑むと、傍らでモニカもうなずいた。

 

 

 

アンジェラは、モニカ夫婦の寝室近くにある

小部屋に落ち着くことになった。

 

モニカ夫婦の娘は、結婚してメキシコシティに住んでおり、

クリスマスイブには、僕らの食事を用意した後、

いつも娘夫婦のところに出かけて行く。

 

父はアンジェラの保護について働きかけてくれるそうだが、

何しろ役所が休みのシーズンだ。

 

万事のんびりしたメキシコではなかなか埒が明かない、

と、こぼしていた。

 

 

 

 

アンジェラは実にまめまめしく家の仕事を手伝っていたが、

中庭から外へは絶対に出ようとしなかった。

 

どんなに命じられても、ゴミ出しで門外に出るのを承知せず、

モニカは大いに不満そうだったが、事情を理解してやるように

母がモニカをなだめているのを聞いた。

 

門外はもちろん、門から見えるところも、

なるたけ通らないようにしているようだ。

 

モニカに言われ、仕方なく庭を横切っていた時、

運んでいた荷物を急にほうり出し、

 

「誰かが見ていたから・・・・」

 

真っ青になって家の中に駆け込んできたこともあった。

 

 

実際、門の外には、牛乳売り、小鳥売り、

クリスマスの飾り売り、ほうきやブラシ売りなど、

様々な者が通り過ぎる。

 

僕らがメキシコに来たばかりの頃は、それが面白くて、

長い時間、門から外を眺めて過ごしたものだ。

 

こちらは、内側から外を見物しているつもりでも、

逆に門から中をのぞき込んで、品物を売りつけて来る者もいる。

 

アンジェラが何に怯えているのかわからないが、

怖がり方が普通でないのは僕にもわかった。

 

 

 

 

ポサダはクリスマスイブで終わりとなる。

 

街はクリスマス一色で、木々はきらびやかに飾り付けられ、

屋根の上にまで、クリスマスの飾り「ナシメント」が乗せられている。

 

これは、マリア、ヨセフ、幼子イエスをかたどった絵で、

大きさも様々あり、中には本物の藁を飾ったりしたものもある。

 

モニカの手配で、ちゃんと僕の部屋にも飾られていた。

 

 

 

 

 

マシアスが遊びに来た。

 

「ブエナス・タルデス!」

 

言うや、勢いよく2階の子供部屋に飛んでいく。

マシアスは日本のアニメや仮面ライダーが大好きなのだ。

 

僕らが日本から持ってきたものを、うれしそうにひっくり返しているうち、

アンジェラがお茶とお菓子を持って部屋に入って来たので、

びっくりして目を丸くした。

 

「マシアス、アンジェラだよ。

 アンジェラ、僕らの友だちのマシアスだ。」

 

僕が紹介すると、マシアスは何とかうなずいたが、

アンジェラが微笑んで、子供部屋に座り込むと、

明らかに落ち着かなくなり、アンジェラのことばかり盗み見ている。

 

メキシコ人のマシアスから見ても、

やっぱり、アンジェラの美貌は際立っているのか・・・。

 

僕は妙なところで納得してしまった。

 

「君も日本メキシコ学院に来るの?」

 

マシアスが尋ねると、アンジェラが首を振ったので、

僕の家にいる子供のゲストだと思ったようだ。

 

しばらく一緒に部屋で遊んでいたのだが、

どうもマシアスがぼうっとしているので、

外で遊ぼうということになり、

サッカーボールより、ふた回りほど小さいボールを使って、

中庭でボール遊びを始めた。

 

 

体を動かし始めると、マシアスもがぜん元気になり、

 

「アンジェラ、一緒にやろうよ!」

 

しきりにアンジェラを誘う。

 

しまいに明まで

 

「アンジェラ、いっぺんだけやってみなよ!」

 

と言われ、ためらっていたアンジェラも、ついに中庭に出てきた。

 

 

 

いざ始めてみると、アンジェラはかなり敏捷に動き、僕や明よりも上手だった。

 

何度もマシアスを出し抜き、

ボールを取られたマシアスは真っ赤になって追いかけた。

 

アンジェラは生き生きとうれしそうで、

声を立てて笑いながら走っている。

 

ボールが幾度も中庭からこぼれては、門の近くへ転がり、

その度に誰かが取りに行き、アンジェラも行った。

 

だが、何度目かにボールを取りにいったアンジェラが、

急に棒立ちになり、そのまま逃げるように家の中へ走り込んでしまった。

 

僕や明も心配になって、アンジェラを追い、

家に入るとマシアスもついて来る。

 

「ごめんね。急に言われていたことを思い出したの。

 忘れていたから・・・」

 

アンジェラは言いわけをして、何とか笑顔をうかべたが、

先ほどと様子が違って、ひどくおびえている。

 

僕はアンジェラを無理に外に連れ出したことを後悔し、

にわかに不安になった。

 

 

 

 

 

1223日は仕事納めの日だ。

 

モニカ夫婦も明日から娘夫婦のところに行く。

 

 

休暇を明日に控えた喜ばしい朝、

みんなで朝食を食べていると、

 

「きゃあああああっ!」

 

外で、するどい悲鳴があがった。

 

続いて、乱暴にドアが開く音がして、モニカが

 

「だんなさま、奥様、

 おそろしいことです!

 どうか今すぐいらしてください!」

 

両親は驚いて立ち上がり、すぐに玄関を出て行った。

 

僕と明も急いで靴をつっかけて、中庭に向かい、

大人たちのところに駆け寄ろうとすると、

 

「タカシちゃん、アキラちゃん!

 こっちへ来ちゃだめっ!」

 

モニカと、いつのまにか駆けつけていた運転手のホセが

僕たちに手を振って見せまいとしたが、

すでに僕らは見てしまった。

 

 

鶏小屋で平和に暮らしていたはずの鶏が4羽、

羽をむしられ、血まみれになってパティオのタイルに転がっていた。

 

すぐそばに吊るされている鳥かごの中で、

色とりどりの小鳥たちが、不安そうにパタパタと飛び回っている。

 

「猫のしわざかしら?」

 

母のいぶかしむような声に、モニカは大きく息を吸うと

 

「奥様、お言葉ですが、

 猫はこんな風にすっぱりと首を落としたりできません!

 こいつは足が二本の奴の仕事ですよ。

 それから、これを見てください。」

 

モニカがくしゃくしゃに丸めた紙を、父や母に広げて見せている。

僕らには見せないようにしていた。

 

「これは何・・・?」

 

母ののんびりした調子は、モニカを怒らせたらしい。

 

「これは呪いの印ですよ!

 インディヘナだか、ロマだかの罰当たりな印。

 こんなものをうちのパティオに置くなんて、汚らわしい!

 すぐに燃やしてしまいましょう・・・」

 

 「待ちなさい、モニカ!」

 

興奮しているモニカを落ち着かせようと父が声をかけたが、

モニカには聞こえなかったようだ。

 

さっさとエプロンからマッチを出すと、

紙に火をつけ、あっと言う間に燃やしてしまった。

 

あとには、血まみれの鶏ばかりが残された。

 

 

 

クリスマスイブ前日の喜ばしい気分は消えてしまった。

 

ホセは厳しい顔をしたまま、

真っ黒な番犬を小屋から引き出してくると、

家の回りを見てくると言って、門を出て行く。

 

モニカは明らかに不機嫌で、家の中で震えていたアンジェラに

当たり散らしている。

 

「あんたがこの家に来るまで、こんなことは一度も起こらなかったのに!」

 

モニカが指を突きつけての激しい言葉にも、

アンジェラは何も言わず、うつむいただけだった。

 

 

首をはねられたらしい鶏は、普通ならマルタおばさんが、

何かの料理に使うのに、この鶏は呪いがかかっているかもしれないと

モニカが使うことを許さなかった。

 

父は仕事に行かなければならなかったし、

明は怖がって、母のそばを離れない。

 

モニカは、別の部屋に母を連れて行くと、

すぐにアンジェラを家から出すように、説得しているのを聞いてしまった。

 

 

 

アンジェラは黙って仕事をしていた。

 

マルタおばさんを手伝って、キッチンのテーブル一面に、

とうもろこしの葉っぱを広げている。

 

その葉っぱに、ごはんや鶏肉、チーズなどを包み、

タマーレスというごちそうを作るのだ。

 

クリスマスにはつき物らしく、

僕らもメキシコでクリスマスを過ごした時は毎年食べたが、

正直、すごくおいしいというより、懐かしい、

ひなびた味わいがする。

 

いつも、クリスマス料理を作る時は、

モニカもマルタおばさんも、母も上機嫌で

しゃべったり、歌ったりしながら作っていたのに、

モニカがアンジェラを無視し続けるので、

キッチンが気まずい雰囲気になっているのが、僕でもわかった。

 

 

「アンジェラ・・・」

 

僕はアンジェラがキッチンを離れたすきに、こっそり呼んだ。

アンジェラはキッチンを気にしつつ、僕の方にやってきた。

 

「アンジェラに見せたいものがあるんだ・・・上においでよ」

 

「でもまだ、お手伝いの途中なの。

 叱られるわ。」

 

僕はちらっとキッチンを見たが、3人共、

だんだんと機嫌が直りつつあるように見えた。

 

「待ってて・・」

 

アンジェラに言いおくと、僕はキッチンに滑り入り、

 

「ママ、アンジェラに手伝ってもらいたいことがあるんだ。

 少しだけ、力を借りていい?」

 

母はすぐに僕の気持ちをわかってくれた。

 

「いいわよ。ぜひ、アンジェラに手伝ってもらいなさい。」

 

大きな声で、はっきりとマルタおばさんとモニカに宣言する。

これで文句がでることはないだろう。

 

明はまだぐずって、母の後ろにくっついていたが、

興味深そうに、一瞬僕の顔を見上げた。

 

 

今度は入れてやらないぞ・・・。

 

 

明と目を合わせないように、僕はキッチンを走り出て、

アンジェラの待っているホールに戻った。

 

 

 

 

「これだよ。開けてみて・・・」

 

アンジェラを連れて子供部屋に入った僕は、ドアを閉めると、

引き出しの奥から取り出した、紫色のボール箱を手渡した。

 

アンジェラの細い指がふたにかかり、そっと引き上げる。

 

中は色とりどりのリボンの渦だった。

 

「・・・・!」

 

アンジェラはびっくりして、口も利けないようだった。

 

 

日本メキシコ学院で見かける、メキシコの女の子たちはみんなおしゃれで、

きっちりと髪をとかし、毎日違う色のリボンを誇らしげにつけてくる。

 

きっとアンジェラもリボンが欲しいに違いない。

だって、こんなきれいな髪をしているんだから・・・。

 

「それ、アンジェラにあげる。」

 

このリボンはフランス製で、メキシコ学院の女の子たちがしているリボンより、

もっと鈍い光沢があり、つややかで上品だった。

 

日本で、母の妹にあたるおばさんからもらったものだ。

 

 「いい?隆。

 これは、すごくきれいで上等なリボンだから、

 隆が特別にあげたい女の子にだけあげなさいね。」

 

そういって笑いながら、僕の手に渡してくれた。

 

「タカシ、こんなのもらえない。

 多すぎるわ。」

 

アンジェラがびっくりして箱を戻してきた。

 

多すぎる?いったい何本くらい入っているんだろう・・

 

時々のぞいたことはあっても、数えたことはなかった。

30本くらい入っているのかな。もっとだろうか。

 

「じゃあ、アンジェラが好きなのを何本か選んで。」

 

アンジェラの黒い瞳がじっと揺れ、

また箱の中のリボンに戻った。

 

すごく欲しいに違いない。

 

「選ぶ、わたしが?」

 

「そう、7本選んで。毎日違うリボンができるように。」

 

メキシコ学院の女の子たちが、毎日、

お互いのリボンをほめあっているのを僕は聞いていた。

 

クリスマスには、アンジェラだって新しいリボンをつけたいだろう。

だから、今日渡すことにしたのだ。

 

 

アンジェラは震える指先で、そっとリボンを選り分けている。

 

クリーム色に金の花が刺繍されたもの、

ビンクのベルベットのもの、

赤と黒の縞柄、山に輝く雪のように純白に輝いているもの。

 

「これがいい・・」

 

僕が選び出したのは、深紅で張りがあり、金の縁どりと刺繍のある、

幅広で、特別きれいなリボンだった。

 

アンジェラは、ためらってそのリボンを除けていたのだ。

 

「きっと似合うよ。」

 

だまってリボンを手に滑らせているアンジェラに言うと、

アンジェラは問いかけるように僕の目を見た。

 

「ほんとに?」

 

「うん。ぜひ・・・」

 

7本のリボンを箱から出して、手のひらに巻き付け、

何度も見つめると僕の方に向き直り、

 

「ありがとう・・・タカシ・・・」

 

にっこり笑って僕の肩に手をかけたので、

僕はつい、初めて大人のまねをした。

 

自分のくちびるを指でとんとんとたたいたのだ。

 

アンジェラが大きく目を見開いて、息を吸ったのがわかった。

 

たぶん、頬にキスしてくれようとしていたのだろうが、

僕が指で誘ったので、正面に向き直り、

僕のあごに手を触れながら、そろそろと顔を寄せてきた。

 

とたんに、僕の顔も真っ赤になっていたと思う。

だけど、やめる気はなかった。

そのまま柔らかそうな唇に、そっと自分の唇を触れて軽く押しつけた。

 

 

ちゅっ!

 

 

離す時に音がしたので自分ながら驚いたが、

唇を離してから目を開けて、アンジェラに微笑みかけると、

アンジェラも微笑み返してくれた。

 

「あ〜〜!隆ちゃん、ずるい・・・」

 

気がつくと、ドアのところに明がいて、この光景を見てしまったらしい。

 

 「ずるいって何だよ。別に何でもない。」

 

 僕はむきになって明に言い返すと、明はすぐに部屋に入ってきて、

僕らを横目で眺め回した。

 

アンジェラは笑って、

「アキラも大好きよ」と言って、明の頬にもキスをした。

 

明は照れくさそうな顔をしたが、たちまち気分が直ったらしい。

 

自分も何かアンジェラに渡そうと、おもちゃ箱の中をかきまわしている。

 

僕はすっかりいい気分になり、昼間の恐ろしい出来事から離れて、

心がほぐれていくのを感じていた。

 

 

 

 

 

 

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