冬の月夜

R表現があります。苦手な方はスルーして下さい。

 

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東の空からゆっくりと上ってくる大きな満月を見たとき、

今夜、きっと男が来るだろう、

女はそう思った。

 

西はいまだ茜色が残るが、

光を失う中天の空はどんどん青みがかって、

夕空の名残を急速に消していく。

 

さっきまで、確かに昼だったのに、

冬のこの時期、5時にもならないうちに陽はこの世界を後にし、

退場を待っていたかのように、東の端に光がともると、

暗いむら雲をさまざまな色に染め上げて、月が昇り始める。

 

唐突に昼は終わり、長い夜が始まるのだ。

こんなにも早く。

 

 

 

きっと来てくれる。

この月を見さえすれば、きっと。

 

この前、男の胸に抱かれたとき、

「月を見ると君を思い出す」と言ってくれたから。

 

自分の何が月を思い出させるのか、それとも、

月を見ると単に人恋しくなるのか、と女は訊かなかった。

月を見ないと思い出してくれないの、とも訊けなかった。

 

男が月を見るイメージに自分が重なっている、

ただ、それだけでうれしいから。

 

 

 

まるで独りよがりの予感に導かれ、それでもときめき出す胸をなだめながら、

女はひそかに男を迎える準備をする。

 

家をなるべくこぎれいに片付け、

庭の花がまだ見えているうちに、一番美しい寒椿を伐り、

夕闇のなか、黄瀬戸の壷に生ける。

 

部屋の隅にぽっと赤い灯がともった。

 

 

 

日頃、手を抜きがちなひとりの食事に加えられるものはないかと、

あれこれ頭の中で算段し、急いで近くの店へと足を向ける。

 

近所の商店はこの季節、店じまいの時間が早い。

 

「暗くなっちゃうと売れないんだよね」

 

陽に焼けた顔でそうつぶやく店主に、片付け終わった箱から

しまわれた野菜を出してもらったこともしばしばだ。

 

 

 

青いもの、黄色いもの、白いもの、赤いもの・・・。

考えてきた献立とずれているのを承知で冬の色を買う。

赤いのは柿。

男は甘く熟れた柿など食べないだろう。

 

だが、このつややかな肌とロウを塗り込んだように輝く朱色を、

どうしても部屋に持ち込んでみたかった。

 

 

予定より重くなった荷物を抱えながら、戻り道で女は苦笑する。

 

このたかぶりが何の根拠もない予感にささえられている以上、

たとえ来てもらえなくとも男のせいではない。

 

心弾む時間をくれたことに感謝こそすれ、

恨むすじはないのだ、と予防線を張って、自らに言い聞かせる。

 

 

玄関をついでに整えて、先ほど買った柚子の実をひとつ、

棚の上に置く。

 

見えない明かりをここにも置いたような気分だ。

かすかに柚子の香りが流れだす。

 

家の内へ進むところに、何か見苦しいものはないかと

一足ずつ確かめながら、居間へもどった。

 

部屋に温かい空気が充ち、うっすらと煮物の匂いが漂い出す頃、

待ち望んでいた電話が鳴った。

 


「俺だ。今どうしてる?」

 


あなたを待っているの、と言いかけて、あわてて引っ込める。

 


「どうって、今は晩ご飯の支度をしていたわ。

 あと少しで煮えるから。」

 

「へえ。なんだかわからないけどうまそうだな。

 これから行ってもいいか?」

 


ええ、と飛び立つような気持ちだったが、

あからさまにそれを見せるわけには行かない。

 

「いいわよ。一緒に食べてくれる人は歓迎するわ。」

 

 

 

 

 

男がやって来たのは、月がまだ少し大きい頃。

空は藍色に暮れきって、月影の届かないところで、

金の星が小さくまたたいている。

 

まだ少し残るむら雲を白く染めながら、月はぐんぐんと上っているようだ。

 

 

玄関で靴を脱いだ男のコートを預かると、

いっとき男の家庭になったような気がしたが、それは勘違い。

ここは男の港ではあっても家庭ではない。

 

だから「いらっしゃい」と言う、

「おかえりなさい」ではなく。

 

 

男はみじかく「ああ」と応じると、買ってきた手みやげを「これ」と

無造作に女に渡す。


男の仕事場に近い、高名な店の菓子だ。

いちど「美味しかった」と礼を言うと、律儀にそれを買って来る。

 

 

 

数年前、ふつうの座敷だったこの部屋。

一部の床を板張りにして、

古い欅の一枚板でできたテーブルを据えた。

黒光りするその面に、箸とグラスだけ用意してある。

 

少し離れた場所には、柿の実を盛った菓子鉢。

黒いテーブルに、柿の赤がにぶく照り映えて、

あとは、ふっくら煮えている料理の匂いだけのおもてなし。

 

 

男の目に柔らかい光が宿ったのを確かめると、

女の胸に何とも言えない幸福感が満ちて来た。

 

ほんとうに来てくれた。どれほどそれがうれしいか。

 

料理の支度も何も打ち捨てて、今すぐ男の胸にすがりつきたかったけれど、

きっとお腹を空かせているだろうし、

仕事の余韻も引きずっているかもしれない。

 

そんな男に今、ぶら下がってはなるまい。

 

 

 

酒の面は重たげにたゆたう。

そっと盃に注ぎ、注ぎ返してもらう。

 

こうやって少しずつお互いの距離を縮めて行くのは、

何百年もの昔から行われていることだろう。

 

男の衿元にネクタイはなく、白いシャツだけが

肌からしゃっきりと立ち上がり、のど元の皮膚をのぞかせている。

 

盃をつかむ手。

骨張って大きく、指が長く、思わぬ繊細な仕事もこなす。

 

酒の面を見つめる目。

眼鏡ごしでも線の美しさは隠れないが、

自然に流した髪が、男らしい眉の上に少し落ちかかっている。

 

 

「なんだよ。やけに無口じゃないか。」

 


男がこちらの視線に気づいて、照れ隠しに女を責める。

 

 

「別に。わたしだっておとなしい時はあるわ。」

 


怒ったようにつんと横を向いてみせたが、

男の顔から目を離すことだけはできない。


ふふっと男が小さく笑った。


その唇は男っぽい顔にあって、あでやかと言ってもいい。

やわらかな肉感をたたえてゆるむのを見ると、すぐにも口づけたくなるけれど、

どうにか気持ちをおさえて我慢をする。

 

 

 

 

 

時が経つにつれ、ふと、女はむなしい気持ちに襲われた。

 

ささやかな夕餉は終わり、テーブルから畳へ場所を移して、

並んでゆっくりと酒を舐めている。

 

男は縁側越しにガラス戸から見える月をながめ、

ひとり満足そうに、時おり、盃を口に運んでいる。

 

月と酒。

 

それだけで、しごく満ち足りて見える男の隣にいると、

この時間までのはしゃいだ自分が滑稽に思われてきて、

ひとり、落ち込む。

 

代わりの燗酒を持って来た拍子に、少し離れた場所に座り、

ひざを抱えて、女は自分だけの月を見た。

 


月ははるか高みにのぼり、空の頂に近いところに、

小さく白い円盤となって君臨し、下界を見下ろしている。

 

月の面をなぶる雲はあっても、うすい雲では、輝く白光を隠せない。

数を増した星々は、空の一段低いところで控えめにそれぞれの形を守っている。

 


女は頬のあたりに視線を感じた。

感じはするけれど、素直にそちらを向けない。

 

それでも自分を思い出してくれた気配がくすぐったくて、

目をとじて体をくずし、縁側を仕切る障子戸にもたれる。

 

あごのあたりが熱い、

と思うと、長い腕がすっと伸び、乾いた指があごをなでた。

 

背中がふるえたのを気取られなかったとしても、

目を閉じたまま、ごくんと喉が鳴ったのを隠せはしない。

 

あたたかい両手の重みを肩先に感じて女が目を開ければ、

視界いっぱいに男の姿があった。

 

張りつめた顔はしていない。

 

むしろ、すねてしまった自分をなだめるように、

子どもじみた態度を笑うように、ほんの少し微笑をふくんで、

目前に存在している。

 

「どうした?」

 

優しい目、整った面立ち、ほんの少し厚めの唇からこぼれる白い歯。

 

肩をつかんでいる指は絶えず動いて、こちらの感触を確かめるような、

なだめているような・・・

それとも誘っているの?

 

わからない。

 

 

「どうしたんだ。

 何をすねている?」

 

切れ長の目がいっそうやさしく細くなり、口元から低い声が響く。

 

「べつに・・なんでも。

 わたしがいなくてもお酒があればいいみたいだったから、

 邪魔したくなかったの」

 

我ながら、すねたような口調が恥ずかしいが、どうにもならない。

 

「ばか・・・」

 

くしゃりと頭をなでられる。

肩を抱き寄せられ、白いシャツの胸に押し付けられる。

 

シャツの布地から立ち上る男の匂いが懐かしくて、うれしくて

顔を思い切りこすりつけたくなる。

 

大きな手はさっきよりもっと優しく、背中じゅうを動いた。

 

何度かうなじをなであげられるうちに、きゅっと後ろをつかまれると

顔が迫って来て、唇を絡めとられた。

 

こするように、なぶるように、

端から端までつまむように軽く触れたあと、

ぎゅっと圧力が加わり、あ、と思った隙に舌が踊りこんでくる。

 

強い意志で中を侵され、からめあって吸い上げられるうちに

夢中で男にしがみついた。

 

肩を抱く力がぐっと強くなり、男の指が食い込むのを感じると、

女は、自分が男の背中をおなじように強くつかんでいることを思い知る。

 

「あ!・・・・う・・ん」

 

ほんのわずか、唇が離れた隙にあおるような声が漏れ、

急に欲しくて欲しくてたまらなくなる。

 

荒くなった自分の息が聞こえたが、

またすぐに唇をふさがれ、ただただ男にしがみついていると、

息が苦しくなって、体をもぎ放す。

 

男の目が欲情にかすんでいた。

この目が好き。

自分を求めて止まない視線に貫かれる瞬間がたまらない。

 

長い指がブラウスのボタンにかかり、

スカートの内側から裾を引っ張りだすと、

上に羽織っていたグレーのカーディガンごと、

片腕からひきはがそうとする。

 

片方の肩と腕がひやりとした空気にさらされると、

すぐ背中に指が回り、

あっという間にぷるんと胸がはじけた。

 

首から肩から、降るようにキスを浴びせられ、

月明かりに白く揺れる胸をつかまれては、

女は息を荒げてあえぐことしかできない。

 

「ま、待って。もう少し待って・・」

 

だが、男が決して待たないのも、よくわかっていた。

 

「待たない。待てないよ、もう・・・」

 

片方の袖がまだ腕にからまったまま、

他の一切が大きな手で引き下ろされると、

畳へうつぶせに押し倒され、背中一面に口づけが降って来る。

 

「おねがい。ここでは嫌。」

 

女を押さえ付けて強く抱きしめ、勢い良く肩先からかじりかけていた男は

ふと動きを止めた。

 

荒々しく立ち上がると、両手を引っ張って立たせ、

わずかにぶら下がっていた片袖を取り去る。

 

暗くしてあったとは言え、照明の下に、

自分の裸体だけがさらされるといたたまれず、

女は体を丸くして、男の熱い視線を逃れようとした。

 

男はシャツが少し乱れたくらいで、何も変わっていない。

 

ふふ・・・

 

低い笑いがもれると、顔を近づけてあらわな肩先をちろりと舐め、

足元から女をすくった。

獰猛な視線が女を刺す。

 

「あ!」

 

古い日本家屋の階段を、女を抱えて上るのは、楽なことではないだろう。

 

だが、男の強い腕と大きな体は苦もなく、裸に剥き上げた女を抱き上げ、

木目のういた階段をのぼっていき、

洋風にしつらえ直した寝室の扉を大きく開く。

 

ベッドカバーの上に投げ出されると、背中にあたる布の冷たさが

ちりちりと女の肌を目覚めさせた。

 

男は構わず、シャツを脱ぎ、ベルトをゆるめて

あっという間に残った服を取り去り、

優しげな顔に似合わぬ、強く大きな裸体を見せつけると、

女を引っ張り上げてカバーをめくった。

 

男と一緒に倒れ込むシーツの冷たさは、

お互いの熱い感触をさらに際立たせる。

 

夢中で唇を重ねながら、愛しい肉体の発する熱に焼かれ、

皮膚の下に脈打つ、強い命を感じとるため何度も体をこすり合わせる。

 

熱い触れ合いがいっそう、お互いをあおる。

 

男の舌が耳をたどり、首すじをそろそろと下り始め

大きな手につかまれたままの胸の先を、

乾いた指先でそっとつままれると

女の体を大きな戦慄が走り抜け、あられもない声が出る。

 

男の動きが乱暴になったかと思うと、

熱い唇が胸の尖りをふくみ、なめまわし、吸い上げ、

女のうめき声を誘い出した。

 

「あ・・あ・・・あ」

 

唇を噛んでこらえようとすると、

 

「もっと声を出せ。すごくそそられる。

 君の中が俺を呼んでいるのが聞こえるよ。」

 

こんな言葉をささやかれて女は、あらがうどころか、

男を求めて体を押し付け、狂ったように体をふるわせてしまう。

 

うす闇の中、自分にのしかかっている男の輪郭は見えても

表情まで読み取れず、黒く濡れた瞳が光るのが見えるだけ。

 

なのに仰向けの自分の顔は、

月明かりに喜悦の表情をさらしているだろう恥ずかしさに、

いっそうたかぶり、男を求めずにいられない。

 

男は唇で、指で、熱い肌で女を挑発し、軽々と高みに送り込む。

 

そしておもむろに女に入り込むと、ゆっくりと動きだし、

またも女を支配した。

 

女のからだに男がいっぱいに詰まっていて、

女の上に男がみっしりと質量をのせている。

 

強く、固く、熱く、しなやかで野蛮なもの。

 

そんな存在に中も外も蹂躙され、必死にしがみついたまま、

叫び声をあげないように耐えているのに、

男は力で、無言で女に命じてくる。

 

叫べ、狂え、と。

 

なすすべもなく、もだえ狂ったあと、

女のまなじりから一筋の涙がこぼれ落ち、

男の額に汗が浮かんで、お互いを熱くした頃、

低いうなり声の後、男が吠えた。

 

 

 

 

 

軽い寝息をたてる男の腕の中で、閉め忘れたカーテン越しに

少し傾いた筈の月を思う。

 

天空の道をどんと飛び上がり、小さくはるかな存在となって、

下界のことなどわすれているだろう。

 

男の盛り上がった肩が少し冷えているのを、

指ですこしずつ覆いながら、ぬくもりを与え、

上掛けをそっとひっぱりあげる。

 

夢でも身動きを感じ取ったかのように、

男の腕が固く締まって、さらに女を抱き寄せた。

 

喉もとにぴたりと顔をおしつけられたまま、

愛しい男の匂いを嗅ぐ。

 


女は自分の中に月の軌道を感じた。

 

輝きながら東から昇り、やがて高みに上りつめて、

ゆっくり西へと落ちて行く。

愛しい宇宙に抱かれながら。

 

まぶたの裏に白い月を感じつつ、女はうっとりと目をとじた。

 

 

 

6 Comments

  1. あんこちゃん、、、
    何でも自分のほうに引き寄せて読んじゃあ、申し訳ないけど
    何だか、12月14日が満月ならいいなあと思いました。
    すごくすごく素晴らしかったです!

  2. rzちゃん、早くにありがとう!
    本当の満月は明日ですが、昨晩もきれいな月夜だったので・・・。
    12月は21日が満月で「皆既月食」らしいですね。
    >何でも自分のほうに引き寄せて読んじゃあ、申し訳ないけど
    ううん、全然申し訳なくないよ。
    14日は違うけど、どんどん自分に引き寄せて読んで下さい。

  3. 大人な話だねえ。。
    この二人が一緒に暮らすことはないのかなあ。。
    なんて考えてしまいました。
    『男』の描写にいろいろ想像しちゃいます~vv*
    『男』と言われて思い浮かぶのは一人だから~(〃▽〃)
    少し傾いた筈の月を思う最後の一節がすてきです*^^*

  4. Annaさん、素敵なお話し、ありがとうございます。
    この二人はどうして28日に一回しか会えないんだろうって、いろいろ考えていました。
    仕事が忙しい? 不倫? 他には、ん~~・・・
    今夜はものすごい吹雪です。
    なのに、上を見ると月がぼんやり見えてたの。
    一致どうなっているんだ?
    真っ暗なので雪雲がどんな様子か見えなくて、分けわかんない状態でした。

  5. れいもんちゃん、「月夜」にツキあってくれて(笑)ありがとう。
    >大人な話だねえ。。
    ふふ、たまにはね。青年男女もスキなんですが。
    >この二人が一緒に暮らすことはないのかなあ。。
    なんて考えてしまいました。
    そう考えてもらえたらうれしい。
    答えのない「短編」読むのは好きでも、書くのがうまく行かない。
    少しずつ試してみようと思っています。
    >『男』の描写にいろいろ想像しちゃいます~vv*
    『男』と言われて思い浮かぶのは一人だから~(〃▽〃)
    その一途な愛、届け〜〜!

  6. お芋さん、読んでくれてありがとう。
    >この二人はどうして28日に一回しか会えないんだろうって、いろいろ考えていました。
    ↑でも書きましたが、そういう風に考えてくれるのがうれしいんです。
    ずうっと流れている時間の断面をちょこっと切り取った感じなので、
    他は思い切り想像して欲しい。
    >今夜はものすごい吹雪です。
    なのに、上を見ると月がぼんやり見えてたの。
    うわあ、不思議な光景。
    吹雪越しの月、なんて、何かパワーを感じるなあ。
    恐ろしくて美しい景色かも。
    いよいよ冬が来ているんですね、どうぞ気をつけて。

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