01 星祭り – 約束の夜 – 1話

hosimaturi-title.jpg

 

 

つめたい、すきとおる星の流れを

銀のしなやかな舟で切り裂いて、君のもとへ飛んで行く。

櫂の先からこぼれた雫は、

空に砕けて、無数の星となるだろう。

 

 

夏の日の昼は長い。

 

 

太陽がようやく去り、

あたり一面、うす桃色の薄暮に包まれ、

やがて真っ赤に燃え上がると、

その後はひたすら深い群青色へ。

 

 

舟の回りを、ひとつ、またひとつと、金色の星がかかり、

真砂のように数えきれないほどの星があたりに散らばると、

僕がこの1年焦がれた夜がやってくる。

 

今宵は約束の夜。

眠らない夜。

 

君を想って眠れない夜も、

虚しい抜け殻を抱きしめる夜も、

ついに望みのかなうこの夜の前に、

影のように消えてゆけ。

 

いつか二人で、約束された昼の大地を、

共に歩む日が来ると信じている。


そうしたら、二人一緒の星屑となって、

天の川の水に沈むまで、片時も離れずに暮らそう。

 

めぐり合っては引き裂かれる運命の恋人たち。

 

この苦しみを味わうくらいなら、

いっそ・・・と、幾度思ったことか。

だが、再会の喜びを味わった今は、

お互いを信じ、ひたすらに逢える夜を待ちわびる。

 

 

 

 


どれほど待ち焦がれたことかしら。

 

今宵は約束の夜、許された夜。

 

無数の星を映した天の水面は、静かに流れをたたえ、

はるか遠くからカササギの羽音と共に渡ってくる、

あなたの舟の音が、もうそばまで聞こえてくるよう。

 

あなたを思ってついたため息も、

会えない寂しさに流した涙も、

みんなきれいな光となって、

あなたの行く先を照らして欲しい。

 

あなたも、わたしを待ち遠しく思ってくれたかしら・・・。

あなたを思って泣いた涙の痕が、

わたしの頬に見苦しく残ってはいないかしら・・・

 

願わくば、あなたを思う、この身に流れる血が

わたしの頬を薄紅色に染めて、

あなたを恋うる、このため息が、

わたしの唇をばら色に色づかせてくれますように・・・

 

藍色の空がひろがり、地上へと星が降るように瞬く時、

星明かりに照らされて、大空から銀色に輝く舟が降りてくる。

 

舟から降りたった黒い人影・・

あの影の形を忘れたことなどない。

 

あなたに会うために、わたしは生きているのだから・・・。

あなたに抱かれるためにだけ、

全てを耐え忍んで来ていたのだから・・。

 

 

 

 

 

☆  ☆  ☆  ☆  ☆

 


知り合ったのは、もう何年も前。

 

学生サークルの延長上にあるようなグループで、

夏の日を過ごしたのが最初だった。

それぞれ大学を卒業し、社会人になって2年程過ぎた頃で、

職場以外のグループでの集まりに新鮮さを感じていた。

 

暑い夏の陽射しと、バーベキューコンロから上がる煙と

仲間同士の気安い笑い声が、初対面の垣根を溶かしていく。

 

 

「重いでしょう。手伝いますよ。」


「あ、有り難うございます。

 ここは、水場が遠いのが難点だって、誰かがこぼしてました。」


「そうですね。でも天然の木陰はあるし、

 他の家族連れは少ないし、すぐそばで幾らでもフリスビーができるし・・・。

 良い選択眼かな。」

 

「はい。そうですね。」

 

真っ白な歯をのぞかせて、彼女が笑う。

水の入った容器を運びながら、草いきれの中で、ふとお互いを見合った。

 

「初めてですか?」

「そうです。あの彼女の・・・」

 

そう言って、後ろをふり返り、中心で肉を焼いている女性を軽く指した。

 

「友人で、初めて参加させてもらいました。

 三枝千織です。」

 

「そうなんだ。僕は・・・」

 

「知ってます。

 さっきから、みんなが『けいご〜、けいご〜』って呼び捨てるから、

 覚えちゃいました。」

 

「そうか。みんな安く呼んでくれるよな。

 星野圭吾です。よろしく・・・・」

 

荷物が重くて、握手できないけど

こうして・・・

と、圭吾は重い水を持ったまま、千織に腕をからませて握手した。

 

「・・・・」

 

びっくりしている千織に、

 

「そんな顔しないでよ。握手の代わりなんだから・・・」

 

照れたように言うと、両腕に水を下げたまま、

バーベキューの煙の方へ向かって歩き出した。

 

 

その後は、年に何度か顔を合わせた。

暑気払いと言って集まり、テニスをしようと言っては集まり、

忘年会と言っては集まり・・・。

その度に、少しずつ親しくなって行ったが、

相変わらず、二人で話をするのは5分。長くても15分。


わいわいと仕事抜きで、酒を飲み合うのが楽しくて集まっている場。

難しい話、暗い話など歓迎されない。

 

 

 

夏の終わりのある日、携帯にメールをもらった。

 

「突然メールしてすみません。

 千織さんは、たしかアメフトが好きだと言ってなかったっけ?

 明日、アメフトの試合があるんだけど、興味があるなら一緒にどうかな。

                星野圭吾 」

 

メールを見て笑ってしまった。

アメフトが好きなのではない。


千織の会社のアメフトチームがそこそこ強く、

時々、残業しなくて良いから「応援」に行ってやってくれ、と

部長から声がかかって、何度か試合を見に行ったことがあるだけなのだ。

 

でも、そんなこと構わない・・・・。

 

「アメフトは何度か試合を見たことがある、というレベルです。

 でも会社のチームばかりで他のチームの試合を見たことがないので、

 見てみたいです。

                 三枝千織 」

 

 

初めて二人きりで待ち合わせをし、

競技場の観客席に座った。

 

4回の攻撃で取った距離が足りなかったら、攻守交代。

千織のアメフトの知識はその程度だったが、

圭吾はわかりやすく、粘り強くルールを教えてくれた。

 


「女の人でアメフト好きな人、少ないからね。

 ファンになってくれるとうれしいなあ。」

 

「友達のアメリカ人の女の子は、ファンだけど、

 毎回フィールドでホットドッグ食べる以外、

 ルールは覚えてないって言ってたわ。」

 

「それでもいいんだ。楽しんでくれれば・・・。」

 

圭吾の笑顔は晴れた日のお日様みたいに、さわやかだった。

いわゆるベビーフェイスで、整った、可愛いとも言える顔立ちなのに、

体は筋肉質で腕も肩も鍛え上がっていた。

 

「圭吾は・・・」

 

千織も何度か集まりに参加するうち、皆がケイゴと呼ぶのに慣れて、

ついつい、呼び捨てにしてしまっていた。

 

「アメフトの選手だったの?」

 

「いや・・・」

 

水のように缶ビールを空けながら、頭を振る。

 

「高校でラグビーをやっていただけ・・。

 アメフト部なんて無かったからね。

 アメフトは見るだけだよ・・・見るのが面白いんだ。」

 

千織は何度解説してもらっても、

今ひとつアメフトのルールが覚えられなかった。

毎回、圭吾が水代わりに買ってくれる、缶ビールの酔いで

頭も目もぼやけていたのかもしれない。

二人で10本近く開けてしまうこともあった。


夜になると、急に涼しくなる風と

頭の上にぽっかりと広がる、群青色の空と、

圭吾のゲームを応援する声と缶ビール。

 

それだけを十分に楽しんで、何度か試合観戦に付き合った。

 

 

 

圭吾には確か、恋人がいると聞いていた。

飲み会の席で

 

「圭吾の奴、さくらちゃんの膝まくらでダウンしちゃうんだもんな。

 目のやり場に困っちゃったよ。」


「そうだよ。早く何とかしろよ。」

 

誰かが、そんな話をしていたのを聞いたことがある。

 

 

千織にも付き合っている恋人がいた。

何度も何度もプロポーズされている。

もう2年も付き合っているのだから、そういう話が出て当然なのだが、

千織は結婚に踏み切れずにいた。

 

この人と結婚していいのかしら・・・・。

 

頭が良くて、そこそこハンサムで背が高く、自分を愛してくれている。

何より、千織の母を大事にすると誓ってくれていた。

 

父が、大学2年の冬に亡くなって以来、

千織は母と二人暮らしである。

母は家で塾を開き、近所の子供達に勉強を教えている。

 

千織りが会社に勤めてからも、

日数は減らしたものの、塾を続け、

家の事をやってくれているお陰で、

千織は思う存分仕事ができた。

 

 

 

圭吾は千織に、恋人のことは何も聞かなかった。

母の話はしても、彼の話をしたことはない。

 

千織も圭吾に、何も聞いたことがない。

自分がいったい何を聞けると言うのか。

彼女がアメフトに興味がなくて、誰か一緒に楽しんでくれる友人を

欲しているだけなのだろう。

 

実際圭吾といると、とても楽しくて、

いつもより沢山笑い声をあげている自分に気がつく。

アメフトの試合が終わると、その足で二人で軽い食事をしに行き、

本の話、音楽の話、圭吾の大好きな海の話をする。

 

「海に歩いて行ける所に住みたいんだ。

 小さい頃、いつも海まで歩いていったからね。

 電車とか、車に乗ったりせずに、

 せいぜい自転車くらいで、行きたい時に海に行けるところ。

 そういう処に住むのが夢かな。」

 

圭吾と一緒に海のそばに住むのは、

きっと誰かの言っていた、彼女なのだろう。

彼女も海が好きなのだろうか?

圭吾と同じくらい海が好きなら、きっと楽しく暮らせる筈。

 

 

自分と圭吾の間には、からっとした楽しい時間があるだけだ。

責任も束縛も、約束もない友人同士。

それでも、それを共有しあえる男友達が、

どれほど貴重かは知っている。

 

もう少し、相手のことを知りたい・・・

 

時々、お互いに少しもどかしく思いながらも、

怖い問いを呑み込んで、いつも別の話ばかりしていた。

 

あなたは、わたしをどう思っているの?

 

聞いたら、聞き返されるのは必定だった。

 

君は、僕をどう思っている?

 

その問いにうまく答えられない以上、問う権利などない。

そう思ってきた。

 

 

 

 

梅雨も明けようとする夏の夜、

圭吾から急に電話がかかってきた。

いつもメールが来てから、電話をくれるのに珍しいな、と思って出ると、

 

「突然電話して悪い。

 今日か明日、時間が取れないかな・・。」

 

だが、今日も明日もどうしても時間が取れなかった。

大事な約束があり、変更することはできなかったのだ。

 

その旨を告げると、圭吾は

 

「そうか無理言ってごめん。

 残念だけど、いずれ都合のついた時にでも会おう。」

 

その機会がずうっと先に伸びるだろうと言うのは、

何となくわかっていた。

 

千織は秋に結婚することを決め、友人たちにも知らせた。

圭吾にもどこからか、そのニュースは回っているに違いない。

もしかしたら、直接「おめでとう!」を言ってくれようとしたのかもしれない。

だが、今は男の友人の約束より、婚約者との約束を優先すべきである。

そう思って、言葉を呑み込んだまま、電話を閉じた。

 

 

 

 

空気が澄んで、菊の花の香が漂う頃、千織は結婚した。

何より、母が喜んでくれ、安心してくれたのが嬉しかった。

2年も付き合った気心の知れた人。

そう思って二人の暮らしを始めたが、

旅行から帰って早々、

もう二人の暮らしへの考え方に大きな溝があるのがわかった。

 

小さないさかいと、黙り合い、言いたい事を呑み込んだままの仲直り。

焦れた夫の不満と暴力と・・・。

そんな夜を何日も続けて、へとへとになる。

 

3ヶ月頑張ったが、もう限界だった。

千織は自分の身の回りの品だけを詰めたバッグひとつを持ち、

新居のマンションを出て、母の家に戻ってきた。


体に幾つか大きなあざが残っていた。

が、心に残った傷や裂け目はもっと大きい。

 

母は驚いて悲しんだが、背中の傷を見せると

何も言わなくなり、夫からの電話も決して取り次がなくなった。

 

 

結局、正式に別れるのに8ヶ月以上かかり、

友人や会社の上司に離婚を説明するのは、

さらにその後になった。

 

友人と交わす何本めかの離婚報告の電話の際に、

 

「そう言えば、圭吾のお父さん、亡くなったのよ。」

「いつ?」

「この冬。長いあいだ、病気だったみたい。

 千織、会ったことあったよね?」

 

圭吾の家の近くでバーベキューをした際、

終わったあと、圭吾の家に砂だらけの集団でお邪魔したことがあった。

圭吾によく似たお母さんと、TVで野球を見ていらしたお父さん。

 

「圭吾、結婚したんじゃなかったの?」

 

千織が聞くと、

 

「してないわねえ。聞いてないもの。

 それよりこんなタイミングで海外赴任の話が出ているって、

 本人ショックを受けていたわよ」

 

そうなのか・・・。

 

千織もきれいに独身に戻った以上、どの友人とも

気兼ねなく会っても良さそうなものだが、

どことなく、腫れ物にさわられる感じで、居心地が良くない。

 

まして圭吾には会えない。

もう一生会えないかもしれない・・・・。

 

そう思うと、二人ですごした他愛ない時間が

とても貴重に思えてきた。

 

どうか圭吾が心穏やかに、海のそばでくらせる日が来ますように。

千織は心の中で祈るばかりだった。

 

 

 

 

 

Be the first to comment

Leave a Reply

Your email address will not be published.


*