03 星祭り – 約束の夜 – 3話

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空へ向かって高く伸びたホテルの部屋から、星は一つも見えず、

代わりに地上に降りた幾万もの星がきらめいている。

 

空は暗い穴のように不吉に広がり、幾つものビルや塔の先端が突き刺さって、

航空灯の赤い目が不気味に光っている。

 

圭吾は部屋に入ると、千織を窓際に連れて行き、

千織の震えが止まるまで、後ろからじっと抱きしめていてくれた。


でも、千織にだってわかっていた。

圭吾の手も少し震えていることを・・・。

 

目の前に広がる、暗い地上の銀河を眺めながら、

圭吾は低い声で、ずっと話をしていてくれた。

 

アラブの国の不思議な食べ物のこと。

ラマダンの時の仕事の進め方。

街で見かける子供たちのこと。

(もちろん、皆男の子だ。)

豪華なベドウィンのテントにお茶に招待された時のこと。

 

今夜のシェヘラザードは圭吾なのだ。

二人が怯えたり、ためらったりしたら、

二度と二人に明日はない。

 

言葉が音楽のように聞こえて、しっとりと千織の中にまで沁み込んだとき、

圭吾が千織の体を振り向かせ、陽に焼けた手で、

千織の頬にふれた。

びく、と自分が震えるのが、千織にもわかった。


圭吾が笑う・・・。

 

「僕が怖いわけじゃないだろう・・・」

「少し怖いわ・・・」

 

千織がかすれた声を出すと、

 

「怖くても離さないよ。

 あの時、なぜ抱きしめなかったのかって、

 またこれからずっと後悔したくないから・・・。」

 

圭吾の体が千織を包んだ。


圭吾とは初対面の時、腕で握手したことと、

隣の席に座っていて、時おり体が触れ合う程度で

手をつないだことさえない。


胸いっぱいに抱きしめられると、圭吾の匂いがする。

近くにいて、今まで決して触ったことなどなかったけれど、

何度も何度も感じたことのある匂い。

 

ふたりの距離がこんなにも簡単に縮まることが驚きだった。

 

「千織・・・・ずっと君が好きだった・・」

 

首すじの辺りから声が聞こえてくる。

圭吾の頭がそこにあるに違いない・・・。

 

圭吾の声はいつも陽気で明るくて、

男らしい声だった。

こんな風にささやく声はまるで別人のような気がする。

 

頬の上に優しい手が降りて来て、唇が重なる。

熱くて柔らかいのに、圭吾の唇には不思議な弾力があった。

 

初めて触れる圭吾の唇。

甘くて、熱くて、少し乾いていた。

 

キスを交わしていると、もっともっと・・・

と言う声が体の奥から聞こえてくる。

 

声の通りに、千織が圭吾の肩に手をかけ、

圭吾の右手が千織の首すじをまさぐって、

ぎゅっと寄せると、唇に加わる圧力もぐっと強くなった。

 

これは千織の知らない圭吾であり、

圭吾にとって初めての千織の感触だった。

 

ひとつ、もうひとつ、

もう一度、さらにもう一度・・・

 

唇が重なる度に、キスが深くなり、

二人の体も強く触れ合い、合間に吸う息さえ熱くて、

お互いにのぼせそうになる。

 

圭吾の右手が首すじから這い降りて、

千織のドレスのボタンにかかる。

 

ひとつ、ふたつ、みっつ、よっつ、いつつ

 

5つ数えたところで、圭吾が肩を払うと、

ワンピ−スが床に滑り落ちる。

 

「圭吾・・・」

 

千織の声は空中をさまよって落ちた。

 

 

圭吾はとても優しかった・・・。

 

少しずつ、千織の緊張を溶かし、

ゆっくりゆっくりほどいていく。


圭吾のキス・・・


いくつもいくつも体の上に押されて

そこだけぽうっと熱くなる。

 

圭吾の体は、筋肉のよろいを着ているようで、

シャツを脱ぐと猛々しいほどだった。

 

千織の白い指が、筋肉のくぼみにそって

そうっとなでていく。

 

「すごい体ね・・・」

 

「元々トレーニングしていたからね。

 あっちにいると夜、時間があるから、ますます・・・」

 

ほら!

 

千織の体の下に手を差し込むと、一気に抱き上げて

自分の膝の上にのせた。

 

「君くらい片手で持ち上げられる・・・」

 

千織がびっくりしていると、圭吾が笑った。


ベッドの上で向き合って、おでこをくっつけ合い、

お互いの体をゆっくりなでていると

不思議な感覚に襲われた。

 

半分知っている人・・・・

半分見知らぬ人・・・・

 

圭吾の腕が千織の髪をなでる。

その引き締まった腕が美しいと、不意にみとれてしまう。

 

 

「うれしいよ・・・」

 

自分の膝の上の千織にゆっくり口づけながら言った。

 

「ずっとずっとこうしたかった。

 あの頃はどうしても言えなかったけど・・・。


 今夜は僕の望みのかなう日だ」

 

もう一度、唇が重なると、その先に言葉はない。

圭吾の顔が白い胸に伏せられると、

掌で、唇で、吐息で思いを伝え合う。


強い力で組み伏せられても、

圭吾の優しさが途切れることはない。

 

二人が一つになると、伝わってくる熱が愛しくて、

流れ込んでくる思いが強くて、うれしくて反り返りそうになった。

 

ずっと圭吾が欲しかったのだ。

ごまかしていたのは、わたしの方・・・。

だから、罰を受けたに違いない。

 

千織はこんなに素直に喜べる自分が不思議だった。

 

 

 

千織は、傍らに横たわる圭吾の肩に指をすべらせて、

そうっと寄り添った。

 

こんなに満ち足りた思い・・・

これが幸せなんだろうか。

 

こんな思いが湧いてくるなんて、考えてもいなかった。

でも部屋の中の様子が、もう一度目に入って来るにつれ、

現実を思い出す。

 

「圭吾・・・・

 わたし、帰らないといけないの。」

 

圭吾はこちらに向き直って、

 

「もう一時に近いよ。帰るって言っても・・・」

 

「仕事もだけど、母を独りで置いておけないのよ。

 今日は泊まるって言わなかったから、

 きっとどんなに遅くても、起きて待っているわ・・・」

 

「そう・・なんだ。」

 

千織が起き上がると、圭吾も起き上がった。

 

「ごめん、君の都合を考えなかった・・・」


「ううん、いいの。

 これでいいの。会いたかったから・・・ 


 でも、こんな風に今の私には色んな重りがついているの。」

 

「誰だってそうさ・・・」

 

額に貼りついていた、千織の髪をそっと除けてくれた。

服を探しながら、千織が微笑む。

 

「でも本当に会えてうれしかった。

 いい思い出になると思う。

 ありがとう・・・」

 

圭吾が立ち上がって、千織の側に立つ。

 

「本気で言ってる?

 いい思い出をありがとうって・・。


 僕はここにいるのに、もう思い出にしてしまうのか。」

 

「だって、圭吾は砂漠の国に戻らなくちゃいけないし、

 わたしも母のところ・・」

 

圭吾が千織の肩をつかんだので、言葉がとぎれた。

 

「僕はそんなつもりじゃない!

 気持ちを伝えたかったのはある。

 君が欲しかったのも本当だ。


 だけど、千織を抱きしめたら

 僕の本当の望みがわかったよ・・・。」

 

圭吾は千織の体を抱きしめた。

 

「僕はこの3年、後悔ばかりしていた。

 2度と後悔なんかしたくない。


 千織は僕と君の間に流れているものを信じないのか?」

 

わたしと圭吾の間に流れるもの・・・

 

千織りが頬をあてている胸の堅い筋肉の向こうに息づく、

確かな心臓の音。

 

この音をずっと聞いていたい・・・

だけどそんなことができる筈がない・・・

 

千織の思いは目にあらわれていた。

 

「僕は信じてるよ。

 君に僕と一緒に来て欲しい・・・。


 砂漠の国だろうとどこだろうと、

 ずっと離れずに来て欲しい。


 本気で言っている。

 返事を聞かせて・・・」

 

千織は圭吾の胸から体を離して、真剣な瞳を見つめた。

 

「本気で?」

「ああ、本気だよ。」

「そんなことができると思うの?」

「絶対にできると思う。

 千織がうん、と言ってさえくれれば・・・」

 

千織はしばらく、棒のように立っていたが、

いきなり、圭吾の体にしがみついた・・・

 

「わたしもそうしたい!

 わたしも圭吾の側にいたい。

 本当にそうしたい・・・」

 

涙がこぼれてきたが、圭吾が拭き取ってくれて、

もう一度、口づけられる。

 

長く熱いキス・・・。

こんなキスを受ける日が来るなんて、もうあきらめていた・・。

 

「千織、明日は来られる?」

 

だまって圭吾の顔を見たままうなずいた。

 

「明日の夜はずっと居られるようにする・・・・

 圭吾はいつ・・・?」

 

行ってしまうの、と口にするのが恐ろしくなる。

 

「4日後に出る。

 空港には来なくていいよ。会社の連中が何人か来るから・・・」

 

千織はこっくりうなずくと、

涙のたまったままの目で圭吾に笑いかけた。

 

身支度をして、人気のないホテルの玄関から

タクシーに乗った千織を、圭吾は見送った。

 

 

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