04 星祭り – 約束の夜 – 4話

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次の夕方、ホテルのロビーから圭吾に電話をすると、

「上がって来て・・・」という返事だった。

 

ドアのベルを鳴らすと、すぐに圭吾が開けてくれ、

中に入るなり、抱きしめられる。

 

「圭吾・・・」

「ああ、ごめん。

 ここにいると、昨日のことが嘘みたいに感じられて・・・・。

 どうしても先に、千織を確かめたかった。」

 

千織は何と言えばいいのかわからない。

早くも目が潤み出してしまいそうで、圭吾から目をそらす。


圭吾は逆に、千織を上から下まで舐めるように見、

ぐるっと回りまで回って見ると、陽気な笑い声を立てた。

 

「今日はまた、一段といいね・・・。

 僕に千織をよく見せて。

 ああ、写真も撮りたいな・・・」


「写真?」

 

「そうだね。できれば今の君と、

 後で何にも着ていない時の君と・・・」

 

圭吾のからかうような口調に、千織がたくましい腕をバン!とぶった。

 

「本気だよ・・・」

「圭吾の本気ってこんなのなの?」

 

そうだよ・・・とささやいて、素早く唇をふさいだ。

 

昨日、初めてキスを交わしたばかりなのに・・・。

もう、こんなに離れられない。

 

「はは、そんな顔しない。

 取りあえず、食事に行こう・・・・」

 

ジャケットを羽織ると、千織の肩を抱いて部屋を出た。

 

「千織、昨日から気持ちが変わったとかって言わないよね?」


「言わないわ。

 圭吾こそ、気が変わったんじゃないの?

 アラブのお姫様がよくなったとか・・・」

 

はは、アラブのお姫様は結婚式の晩に

初めて顔がわかるらしい。

返品は不可なんだ・・・。

 

何よ、それ・・・女性を物みたいに。


ああ、ごめん・・!

 

 

レストランと反対の方向に行こうとするので、

千織が少し不審な顔をすると、

 

「いいんだ。こっちで・・・」

 

圭吾の連れて行ったのは、ホテルのジュエリーショップだった。


あらかじめ、頼んであったらしい指輪を持ってきてもらうと、

千織の指にはめさせる。

 

「気に入った?」

 

圭吾が心配そうにのぞき込む。

 

「ええ、とてもきれい!」

 

千織が指にはめたプラチナのリングには、

かすかに唐草模様が彫られている。

 

「アラビア風?」

「そうだね。あちらの人は断然、金を好むけれど・・・」

 

箱は要らない、と精算を頼み、千織の手を引いた。

 

 

 

「千織・・・」

「ん?」

「その指輪は返品不可だけど、ただのプレゼント。

 君を縛るもんじゃない。

 君が重く感じたり、嫌になったら、

 いつでも捨てていいから・・・」


「何でそんなことを言うの?」


「指輪ひとつで、君を縛りたくないんだ・・・」

 

千織が圭吾の顔をのぞき込んで

 

「わたしを信じてないのね・・・」

 

「そういうわけじゃない。」


「そうよ。わたしたち、知り合ってから5年も経つのよ。

 少しは、わたしがどういう人間かわかってくれていると思ったのに。」


「でも、恋人になってから、まだ二日だ・・・」

 

圭吾の瞳が揺れた。

 

「アラブのお姫さまは、婚礼の夜に初めて出会うのでしょ?」


「あちらにはその選択しかない。

 でも君はこの自由な日本にいる・・・」

 

千織は、圭吾の腕に自分の腕をからませた。

 

「わかった、そうする・・・」


「・・・・」


「圭吾より優しくて、素敵で、う〜〜んとかっこいい人に出会ったら、

 これ捨てちゃうわ・・・」

 

圭吾が背中から、千織の体をぎゅうっと締め付けた。

 

「何よ!そうしろって言ったくせに・・・」

 

千織が圭吾の腕の中から、横目で軽くにらんだ。

圭吾は知らんふりで、そのまま歩いていく。

 

 

 

 

食事の間は、二人ともよくしゃべった。

圭吾の赴任先の話は珍しくて、いくら聞いても飽きなかった。


千織の母の病気の話もした。

圭吾の元気な母の活動的な様子も聞いた。

 

いい加減、話し疲れた頃、コーヒーのお代わりを頼んで、

千織が小さな箱を取り出した。

 

「わたしもね。実はプレゼントがあったの。」


「何、開けていい?」

 

圭吾がすぐに手に取って、開けようとすると、

 

「わたしのは捨てたり、失くしたりしたら嫌よ・・」

 

一瞬、圭吾の手の届かない所に置いてから、

もったいぶって差し出す。

 

「わかりました・・・」

 

圭吾が笑いながら、リボンを解いて箱を開ける。

中から、銀色に輝くカフスボタンが出てきた。

 

「ああ、いいね・・・。

 ありがとう。」


「気に入ってくれるといいけど・・・」


「すごく気に入った。だけどマズいな。」


「何、会社ってカフスボタンがダメとか?まさか・・・」

 

圭吾は手を振りながら笑って、

 

「違うよ。カフスボタン大好きなんだけど、

 すっごく失くしやすいんだ。

 これを失くすと千織に会えないの?」


「そんなことないわ。ちゃんと謝れば許してあげる・・・」


「ああ、良かった。でないと気になって使えない所だったよ。

 ありがとう・・・千織。大事にする。」

 

そんな言葉を聞く度に、胸の奥がずうん、と痛くなる。

 

考えないように・・・

最後のお別れの夜を、泣いて過ごしたりしないように。

そう思って、あわてて窓の外を向いて、ごまかした。

 

 

「千織、もしかして泣きそう・・とか?」

 

「・・・・別に。」

 

「無理しなくていいよ。

 僕のしたことは、すごく残酷なことかもしれない。

 こうなってすぐに別れなくちゃいけないのが、

 わかっていたのに・・・」

 

「ううん、大丈夫。

 今、こんなに楽しいんだから、あと1年くらい大丈夫よ。

 きっと・・・」

 

圭吾はだまって、千織の顔を眺めていた。

やがてほんの少し微笑むと、千織の頬に手を当てた。

 

「ありがとう・・・・」

 

もう、部屋に戻ろう・・・。

 

 

 

 

共にいる喜びが、体の隅々にまで満ちてくる、。

愛しい人のあれこれを、記憶に刻み付けようと見つめあううちに、

短い夏の夜の月は中天高くのぼりつめる。

 

 

「千織・・・」

 

圭吾が呼んで、手を差し伸べると、

千織の白い首すじから頬へ、熱い血の色がのぼってくるのを

不思議な感慨をもって、見つめる。


灯りを落とすと、白い布が敷かれたホテルのベッドにも

開いた窓から、銀の月の光が降り注ぐようだ。


二人のそばから、月影さえ追い立てるように、

少しだけカーテンをひき、おぼろな光の中で震える肩を抱く。

 

千織、布越しでも君のやわらかさが感じられるよ・・・・

 

うすい布が白い肩をすべり下りると、

濡れたように黒い髪が、ふわりとシーツの上にひろがり、

圭吾の手の上につめたくこぼれかかる。

 

「圭吾は長い髪が好き?」


「ああ、前は長かったよね。

 そうだな・・・。

 今度会うまでに、伸ばしておいてくれる?」

 

圭吾がゆっくり髪をなでると、

千織は微笑んでうなずいてくれた。

 

ひんやり冷たい首筋から、暖かく丸い胸の先へと

掌を動かしながら、

開きかけた芙蓉の花のつぼみのような、愛らしい唇を吸う。

 

砂漠で味わう果物よりも甘く、酔わせる香りを

吸い込み、こすり、ついばみ、舐めて味わう・・・。


長いまつ毛が揺れ、固く閉じられたまぶたから

ほんの少し、夜のように黒い瞳がのぞく。


僕をまっすぐに見つめる黒い海。

君の中にたゆたう海が見えて、君に包まれたくて、

そうっと体を横たえる。

 

 


二人はほとんど眠らなかった。


昨日は感じていたためらいも恥じらいも、

明日のなくなった今では、意味などない。


お互いに我を忘れたようにひたすらに貪り、

ぴったりと合わされた体の温もりを感じ、

どこか見忘れたところはないかと、

探るように手を伸ばし合う・・・

 

「あなたと居られてうれしい・・・」


「僕もだよ。このままずっと離したくない・・・」

 

君の揺れる視線が僕を下から貫く。


柔らかい胸を熱い手でもみつぶしながら、

何度も何度も君に口づけしながら、

白い肌に溺れ・・・闇にひびく君の声を呑み込む。

 

 

わたしの生きる希望はあなたそのものなのだと

体の奥底から痛いほど感じられる。

もう、あなたから離れることなどできない。


この喜びを味わったら、

この先の長い夜々を耐えることができるかしら・・・

 

 

千織の大きな黒い瞳から、

澄んだ滴がついにこぼれだした・・・


きれいな滴も共に吸いつくし、

震え始めた肩をじっと抱きしめて、

強く力をこめて、きゃしゃな体を覆う。

 

「ごめんね・・・

 君にはつらい思いをさせる。」

 

「大丈夫って言ったでしょ。

 こんなに幸せで涙がこぼれるのよ・・・」

 

 

短い夏の夜が明けようとしている・・

空はすでにうすく青色を帯び、

闇に沈んでいた物たちの輪郭が、少しずつ浮かび上がって来る。


空と地上の星たちの光は褪せ、

最後の金色の輝きが、空の端に残る・・・


明けの明星だろうか・・・。

 

 

「わたしがアラブの国まで会いに行こうかな・・・」

 

「君がひとりで?

 すごくモテるだろうな。


 アラブの男は、妻が居るくせに、

 外国の女性は口説いてもいいと思っているんだ。

 君の後ろから、男の列ができるよ。」


「おおげさね。」


「ホントだよ。ホテルのエスカレーターを下りる間中、

 口説かれ続けた女性を知っている。

 僕にアラブの男と決闘させる気か?」

 

千織がぷんと唇を尖らせて、

圭吾の顔をにらんだ。

 

「手紙・・じゃなく、メールをくれるわね?」


「ああ、必ず・・・。

 君が眠ったらこっそり写真を撮ってやろうと思っていたのに、

 眠らないんだな・・・残念」


「いやね、何の写真よ。」


「さっき言ったじゃないか。服を着てる写真は撮ったから、

 着てない方の・・・」


「やだ!」

 

千織は体を起こして、圭吾をぶとうとした。


圭吾はふりあげた千織の手首をつかんで、引き寄せる。

 

「じゃあ、よく見なくちゃ・・・」

 

首すじにキスをする。

 

「ここももう一度・・・」

 

胸の先をふくんで、きゅっと吸い上げる・・・・。


痛っ・・・

 

「ここにもだ・・・」

 

千織の白いわき腹にもキスをして、赤く印をつけた。


真っ白な太ももにも・・・・。

まるくて、ちいさな膝にも・・・。

 

気がつくと、千織は横向きになり、

顔をベッドにうつぶせて、肩を震わせていた。


こらえきれずに嗚咽がこぼれる・・・

 

「千織、泣かないで・・・。」

 

圭吾は千織の体を引き上げて、

胸に抱き寄せた。


千織はもうどうしようもなく、泣き続けている。

 

「今見えている星が一巡りしたら、

 僕は帰って来るよ。


 そうしたら、七夕の恋人たちなんか放っておいて、

 二人でずっと離れずに暮らそう。」

 

来年すぐに一緒に暮らせるかなんて、わからないわ。

母がいるし、ひとりで置いていけないもの。

 

「僕にも母がいるよ。

 ね、僕たちは二人とも一人っ子だから、

 自分たちがどんなに大事にされていたか、知っているよね。


 その親が僕たちのことを、

 すごく心配しているのも知っている。」

 

千織はだまってうなずいた。

 

「千織のお母さんだって、君が元気で幸せな方が喜ぶだろう?」

 

また、こく、こく、とうなずいた。

 

「だったらきっと、何か方法があるよ。

 二人で見つけよう・・・ね?」

 

千織はまたうなずくと、

涙をためたまま微笑んで、圭吾にもたれた。

 

 

 


結局、チェックアウト直前までずっと二人で過ごし、

ホテルの玄関で別れた。

 

「今日は母といるよ。明日発つから・・・。」

 

「うん、そうしてあげて。本当に空港に行かなくていいのね。」


「来ないで・・・。

 僕の会社の同僚の前で泣きたくないだろう。

 それに千織がひとりで空港から帰るのなんて、絶対いやだ。」


「わかったわ・・・。」


「連絡するよ。」


「うん、待ってる・・・」

 

そうやって、何とか涙なしに別れたのだった。

 
 
 
 

 

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