01 星が出会う日 1

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昼時のお客さまは、おおかた座敷に入られ、

最初の料理が運ばれて行った。


丹念に磨き上げられて、黒光りのする廊下をたどり、

襖の前で膝をつく。

 

『桔梗の間』

 

ひとつ、息を整え、襖に手をかけようとすると

 

「先日会ってもらった娘のことなんだが、

 どんなものかな。

 わたしとしては、率直な感触を聞きたいんだが・・・」

 

社長のよく通る声が襖越しに聞こえてきたが、

返事は聞こえない。


潮どきをたがえると、会食全体が壊れることもある。

開けるべき折とそうでない折の見極めが肝腎と、

料亭育ちの百合は、いつも言われていた。

 

「そうか、君の気持ちはわかった。

 それでは、今後もひとつ、よろしく頼みますよ。」

 

再び、社長の声が響いたところで、詰めていた息を吐き、

そろそろと襖を開く。

 

「富久屋でございます」

 

座敷の内に入って襖を閉めると、三つ指をついて挨拶をする。

 

「本日もおいで頂きまして有り難うございます。

 お料理の説明をさせて頂きます・・・」

 

床の間を背負って社長、隣に専務。

入り口近くにいるのが、会計だか総務だかの人間で、

彼は社長の向かいに座を占めていた。

 

「先付けはアワビと車海老、山菜の白和えに、

 蒸し物を添えました。

 お汁は鱧でございます。」

 

膳に添えられた、赤ほおずきと鉄線の紫が鮮やかだ。

床の間には、純白の百合が毅然とこうべを上げている。


いつも百合の説明にあいづちを打ってくれる、社長が黙ったままだが、

代わりに専務が柔らかくうなずいてくれた。


彼の表情はわからない。

 

「また、明日は七夕でございますので、

 天の川を模したそうめんをご用意致しました。

 どうぞ、ゆっくりとお召し上がり下さいませ」

 

深々とお辞儀をして、姿勢を直すと

中庭の竹が青く雨に濡れているのが見えた。


7月とはいえ、まだ梅雨は開けていない。

 

 

 

 

会食が終わって玄関へ出た一行に、

手土産の折詰めが入った袋を手渡す。


今日は日曜日だから、全員軽装でネクタイ姿はいない。


先に玄関を出た社長が見上げて感嘆の声をあげた。

 

「ほう、見事な笹飾りだ。

 たらいまで用意するとは、さすが料亭だね。」

 

青々と伸びた笹に白い短冊を結び、

七夕のしつらえをした玄関の石畳には、

まだ細かい雨が降っている。

 

「ありがとうございます。

 あいにくの雨ですが、少しでもお気晴らしになればと・・・」

 

百合の言葉に微笑んだ社長は、いつもの様子を取戻していた。

 

「また来るよ。」

 

お待ちしておりますと頭を下げた百合の脇を

一行が通り過ぎて行った。

 

お得意様を送り出し、ほっと息をついたところで、

軒先のたらいを見ると、

雨滴が絶え間ない輪を作っている。


この水面に、明日は星が映るのだろうかと

ぼんやりと眺めていたところへ、

不意にその人が雨をついて戻って来た。

 

「駐車場まで行ってから思いだしました。

 今日は自分の車で来たんだった。」

 

照れたように笑う顔を見て、百合が玄関番に控えた父を振り返ると、

心得て、鍵の入った箱を差し出す。

 

「それは、こちらもうっかりしておりました。

 どうぞ、お車の鍵をお取り下さい。」

 

見覚えのある長くてきれいな指が、鍵をひとつ選び出すのを、

百合は息を詰めて見ていた。

 

「あの・・傘は?」


「ああ、そこの駐車場までですから大したことないです。」


「そんな・・かなりの降りです。どうぞ、こちらをお持ちになって。」

 

百合が玄関先の傘を渡すと、

 

「ありがとう。では、すぐに駐車場でお返します・・・」

 

そう言って背中を向け、すたすたと歩いて行ってしまうので、

百合はわずかにふり向き、父に合図をすると、

傘を開いて、遠ざかる背中を追いかけた。

 

 

 

 

「百合ちゃん、久しぶりだ。」

 

銀の車の横でぴたりと立ち止まり、

その人が懐かしい笑顔を向けた。

 

「今日、お顔を見てびっくりしました。

 あちらはいつもごひいき下さるお得意様で、

 ご一緒とは思いもしませんでした。」

 

百合は傘の中から、ジヌを見上げた。

相変わらず背が高い。


兄と同じ位だった、と考えただけで胸が詰まって来る。

 

「僕も会食の場所を告げられた時、驚いたよ。

 でもよかった。もっと早く来たいと思っていたんだ。

 明日は七夕だし・・・。」

 

 

 

七夕。

百合やジヌには、辛い思い出の日だった。


7年前、当時大学のラグビー部に属していた百合の兄が、

練習中に突然倒れ、意識不明のまま息を引き取ってしまったのだ。


チームメイトで、親友だったジヌは病院に付き添い、

呆然とした顔で、兄の顔を眺めていた。


病院から白い箱に入って帰ってきた兄を迎えたのが、

七夕の笹飾りだったことを、百合はぼんやり憶えている。

 

「憶えていて下さったんですね・・・」


「忘れられるわけがないだろう。」

 

答えたジヌの声が少し震えている。


雨足が一段と激しくなってきた。

駐車場のアスファルト一面に、真っ白く雨が跳ね返っている。

 

 

「百合ちゃん、今日、少し時間取れる?」

 

不意にジヌが聞いた。


百合はすばやく座敷の様子を思い返した。

残っているお客は、あと4組ほど。


夜の客が来る6時には戻らねばならない。

 

「昼のお客様があと4組ほどおいでなのです。

 そちらを送り出せば、6時までは空いています。」

 

わかった・・・。

 

ジヌは名刺を一枚取り出すと、百合に渡し、


「体が空き次第、ここへ連絡をくれる?

 そうだな・・・。」

 

ジヌが辺りを見渡して、少し先のパーキングメーターを指差すと、

 

「あそこで待っていることにするよ、じゃ。」


ドアを開けると、ひらりと車の中に吸い込まれた。


傘を受け取った百合は、雨に煙るテールランプを

ぼんやりと見送った。

 

 

 

 

 

 

 

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