03 星が出会う日 3

hosigadeau_title.jpg

翌、七夕は、梅雨の晴れ間となった。


しっとりと水をふくんだ笹は青く、さらさらと風に鳴り、

緋毛氈に寄せられた、たらいの水は、

陽を映して、きらきら輝いている。



昼どきのお客が一段落した頃、ジヌがやって来た。


廊下のずっと奥、母屋の一室に祭壇が設けられ、

学生のままの兄が微笑んでいる。


背筋を伸ばし、ジヌがていねいに焼香して合掌する。


お兄ちゃん。ジヌさんが来てくれたよ・・・。


端正な横顔を見ながら、

兄に話しかけた百合の背中へ、人影が差した。


「この度は、お線香をありがとうございます。

 息子も喜んでいることと存じます。」


亭主である、百合の父がそこに座っていた。

ジヌは畳に下りると、


「いえ、伺うのがこんなに遅くなってしまいました。

 また、昨日はきちんとご挨拶もせず、失礼致しました。」


深々と頭を垂れた。


「どうかお手をお上げ下さい。

 ご立派になられて・・・何よりです。」


亡き息子を見るように、自分に注がれた眼差しを受け、

ジヌが顔をあげた。


「今日はお願いがあって参りました。」


思い詰めたようなジヌの目の色を受けて、

亭主が微笑むと、


「では、あちらで伺いましょう・・・・」


二人して、百合をふり返りもせず、

別の座敷へと歩いていってしまった。


置いてきぼりにされた百合は、兄の遺影に向かって、

ちょっとふくれて見せた。


「何だか男同士の話なのかしら。

 やあねえ。お兄ちゃん、盗み聞きして教えてよ」


写真の兄は笑ったままだ。


とうに兄の年を追い越してしまった自分に、ため息をつき、

ロウソクを消すと、店の方へ戻って行った。




「お許しをもらった。行こう・・・」


夜のお客に備えて、座敷の花を生け直していると、

ジヌが入って来た。


「お許しって何の?」


問い返した百合に、すらりと立ったまま微笑んで


「百合ちゃんを連れ出すお許し。

 今日は一緒に出かけてもいいって・・・」


行くよ、の声を残して、すたすたと座敷を出て行ってしまう。

百合は慌あわてて水盤の花を直し、追いかけた。




「どこへ行くんですか?」


助手席に収まり、いつか行き先を教えてくれるだろうと

ずっと黙っていた百合だが、

首都高を抜け、中央高速をしばらく走ったあたりで

ついに我慢できなくなった。


「ん?たまにはお店から離れるのもいいだろう」


ジヌは運転しながら、ちらりと百合を横目で見た。


「それは・・・そうですけど。」


「この時間なら、案外、この道は空いてるんだ。

 ちゃんと帰すから心配しないで・・・」


耳に柔らかく響く声で言うと、ほんのり笑った。


心配なんかしていないけど・・・。


こんな遠くに来るのなら、着替えてくれば良かった。

お客に挨拶した、クリーム色のスーツのままだ。


「百合ちゃんはまだ飯を食ってないんだろう?

 どこかで食事をしよう。」


だから、どこかってどこなの?と聞き返そうと、

ジヌの横顔に向き直ったが、やめた。


どこだっていいわ。

このまま、世界の果てに行ったって構わない・・・。


そう思い直して、ジヌと一緒のドライブを楽しむことにした。




中央高速を降りて、森の中をしばらく走り、

緑陰に佇むリゾートホテルで車を停めた。


お客から評判を聞いたことはあっても、

滅多に外出をしない百合は、一度も訪れたことはない。


驚いたのは、平日だと言うのに、結婚式に行きあったことだ。


ウェディングドレスの花嫁と花婿。

可愛らしいドレスを着た、ブライズメイドの幼い女の子たちが

中央の通路で記念撮影をしており、

回りの仲間からは、歓声と共に、白い花が投げかけられていた。


「まあ、きれい!」


思わず声を上げた百合の足が停まった。


ジヌは、大騒ぎの一行を横目にゆっくり通り過ぎたが、

そのまま、アーケードを進んで行く。


百合があわてて追いつき、

ふと見上げた目線に、今度はツバメの巣がある。


子ツバメたちの黄色い口がぴいぴいと開いて、

親ツバメを歓迎している様子が珍しかった。


「あはは・・・・、百合ちゃん、きょろきょろして進まないね。」


笑いながら振り返ったジヌに言われて、

百合は自分が、またも立ち止まっているのに気づいた。


「ごめんなさい。ふだん、あまりお店から離れないから。

 何でも珍しくて、つい・・・」


「いや、いいんだ。

 気晴らしになれば何よりだよ。」


ジヌは気を悪くしたようには見えなかった。



平日のこの時間に開いているレストランは一軒だけで、

全面ガラスの窓から、外の様子がよく見え、

さっきの結婚式に参列したとおぼしき客以外にも

ちらほらと人影が通る。


料理は、おいしかった。

地元産の野菜で作られたサラダや、鶏料理の豊かさ。


ふと、店の料理に思いをはせて、手の止まった百合に


「百合ちゃん、お店のことを考えているだろう?」


図星をさされて、百合は赤くなり、


「あ、ごめんなさい、つい・・・」


「あやまることはない。

 すっかり一人前の女将さんだね。

 昨日は、あんまり板についていたんで見違えた」


「そんな・・・そんなことないです。」


ただ、必死だっただけ。


兄もあなたも行ってしまった時間を埋めようと、

ひたすら、お店に打ち込んでいただけなのに。


ジヌが行ってしまってからの百合は、

こんな風に誰かと出かけて、

違う景色の中で食事をすることなど久しくなかった。


「お店に入った当初は、勉強のためにも、

 あちこち行ってみようと思っていたのに、

 結局はお店から出ずじまいで、

 こう言うところは久しぶりなんです。


 うれしいわ・・・

 連れてきて下さってありがとうございます。」


ジヌは黙って微笑んだ。

懐かしいジヌの、穏やかな表情。


あれほど焦がれたジヌが、すぐ目の前にいる。

そう考えると、百合は胸がいっぱいになった。




食事を終えて外に出ると、もう夕暮れ。

八ヶ岳麓の森へ帰って行く鳥たちが、茜色の空を渡って行く。


金色の三日月と並んで、一番星が西に浮かび、

その誇らしげな輝きが、希望の光のように見えた。


「今夜は・・・会えるかしら?」


「え?」


「七夕でしょう。

 本来、旧暦でするものとわかってはいるけど、

 今日の日付が晴れるのは珍しいから、やっぱりうれしい。

 天の川が渡れるといいのに。」


「ああ、きっと大丈夫だよ。」


ふり向いたジヌの横顔に、わずかに残照が映っている。


その美しい輪郭を見ると、

広い背中へ、無性に寄り添いたくなったが、

自分の気持ちを抑え、黙ってただ歩いた。


 

 

 

Be the first to comment

Leave a Reply

Your email address will not be published.


*