01 愛しのセリ 1

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 片手で携帯フラップを開け、着信とメールをチェックする。

今朝から何度目か、わからない。

もっと言うなら、ここ3日で、何度携帯を開けたことか。


何も入っていない。

俺が待っているものは何も・・という意味だが。

 

今日は土曜日で、もう朝の9時で、あと3時間で午前中が終わり、

午前中が終わると午後になって、日が暮れて夜になって、

今日が終わってしまう。

 


こんな思いをするくらいなら、素直に俺の方から連絡をすれば良かったのだ。


「会いたい」とメールを一言。

万が一都合がどうのと言ったら、

「おい、断る権利、あると思ってるのか?」と。


なんて、言えるわけがない。

そんなこと言えるなら、こんなにイライラと情けない思いで待ってやしない。


セリ、お前が俺をこんな風にしたんだ。

 

 

 

 

セリに会ったのは、ごくありきたりの合コンという奴。


あの手の集まりで、ヒットを当てたことがないから、

俺は全く乗り気じゃなく、仕切ってる小川に

「俺はパス!」を何度も繰り返していた。

 

「そういわずに今度だけはつきあってくれよ。

 お前に紹介してくれっていう子がいるんだ。

 1対1ってわけじゃないし、1次会だけでいいからさ。」

 

小川の心底困ったような顔に、その日、格別用事のなかった俺は、

つい首を縦にふってしまったんだ。

 

 


渋谷から神南に進んで、少し坂をそれる。

行き止まりの小道にある、コマコマとしゃれたつまみを出す店。

男同士だったら、まず行かないだろう。


元は個人の邸宅だったと思われ、階段をはさんで、

個室のようなスペースが借りてあった。


こっちは男5人だが、どういうわけか女の子は6人座っている。


「ひとり増えちゃったの。いいでしょ?」


誰かが笑顔で言う。もちろん、何の問題もない。

急に全員がペアに分かれるわけもないからな。

 

セリは、一番はしの通路側の席にちょっと窮屈そうに座っていた。


色が白く、小さな顔の造作が驚くほど整っていて、

目がぬれぬれと大きくて黒い。

ふわっと肩にかかった髪は、すごく柔らかそうだ。


着飾った他の子たちと比べ、ノーメークに近く、

すみれ色のTシャツに膝下までのデニムという服装や

やや小柄な体つきもごく地味に見える。


だが俺は一目で気に入ってしまった。

 

彼女は自己紹介を続ける小川や、

他の女の子たちの話におとなしく耳を傾け、

ついでにあごも傾けて、じっとしており、

カシスソーダをもつ細い小指に、一つだけリングがはまっている。


時折、こちらに向けられる目は、

暗い宇宙の銀河みたいに、不思議なエネルギーを感じさせた。


俺は目の前に座っていたが、彼女だけを見つめないようにするのに、

えらく努力が必要だった。


1時間くらいの間に、彼女と何度か言葉を交わしたはずだが、

どうしても思い出せない。


誰かのつまらない冗談に、彼女が小さな声を立てて笑う。

その声を聞くだけでたまらなかった。

 

そのうちに、いつのまにか彼女の姿が消えている。

トイレにでも行ったのだろうと思っていたのだが、

結局戻ってこなかった。


その後は、どうにか場を壊さないように座っているのが

やっとだった。

 

 


「甲斐君って言うの?

 あなた、かっこいいけど、無口だね。」


髪の長い、小花模様のブラウスを着た女の子がくすくす笑う。

割にかわいい子だ。

 

「あ、こいつ、運動神経は発達してるけど、言語能力は発達してないから」

 

誰かが俺を指して余計なことを言ったが、どうでも良かった。

かっこいいって、つまり背が高くて、脚が長めってことだろ。


幸い、俺は背が高くて脚が長めだ。

親のおかげか、ずっとやってたバスケのせいかわからない。


もし、この女の子とメルアドを交換したり、二人で会ったりすれば、

彼女とはもうチャンスがなくなる。


女の子って妙に義理堅いのだ。


俺の気に入った彼女と親しくなりたくても、

先に誰かと連絡を取り合っていると、

「何何ちゃんに悪いから・・・」と来る。


そんなバカなこと、したくない。

今日は誰ともメルアドなんか交換しない。


小さなスミレのような彼女の名前は、セリ。

それだけで十分だ。

 

 

その後は少々あがいてみた。

小川に頼んで、彼女のメルアドを聞いてもらおうとしたり、

どこに住んでいるのか、突き止めようとしたり・・。


だが、ダメだった。個人情報って奴だ。

ここでも女の子同士の「連帯」が阻む。


それでも神様が「偶然」を授けてくれないかと、

街で彼女みたいな体つきの女の子にすれ違うたび、つい顔をのぞき込んだ。

 

 

バイトの夜勤明けでぼ〜っとしていた朝、

何か冷たいものでも飲もうと、バイト先近くのコンビニに入ると、

どこか見覚えのあるTシャツがいる。


はっとして見返すと、肩にかかるくらいの柔らかそうなウェーブヘア。


とっさに店の丸い防犯ミラーに自分の姿を映すと、

睡眠不足でぼさぼさに立った髪に、着古したパーカをはおった俺がいる。

 

これじゃ、カッコいいと思ってもらえないかな。


ちょっとだけ髪をなでつけつつ、ショーケースの彼女に歩み寄る。

こんなチャンスが2度と来るはずはない。


彼女は真剣に飲み物を選んでいる。

オレンジジュース、リンゴジュース、豆乳、黒酢ドリンク、

グレープフルーツジュース、カルピスウォーター・・。


彼女の細い指が黒酢ドリンクに伸び、少し背伸び気味だったので、

俺が代わりに取ってやった。

 

「ほら・・」

 

黒酢ドリンクを差し出すと、セリはあの大きな目で不思議そうに俺をみると、

 

「いえ。わたし、あっちのグレープフルーツジュースを取ろうと・・・」

 

「あ?ああ・・・。いや、これは俺がもらうから・・・。」

 

俺はかなり狼狽しながら、黒酢ドリンクを左手に持ち替えて、

今度こそ、グレープフルーツジュースのパックを取ると、

 

「これでいい?」セリに聞いた。

「ありがとう。」

 

セリは俺からジュースを受け取ろうと手をのばした。

 

「セリさん、だったよね?」


ジュースをまだ持ったまま、俺が聞くと、


「ええ。どこかで会った?」


何だ、全然記憶にないのか。


「この前、渋谷でやった集まりで、向かいに座ってたよ。」


仕方なく言う。


「あ。」


セリも少しは思い出してくれたみたいだ。

ほっとする。


「ね、このジュース俺がおごるから、これ飲む間だけつきあってよ。」

 

セリの返事を聞かずに、グレープフルーツジュースと

黒酢ドリンクをレジに持っていった。

手が震えているのを見られたくなかったんだ。

 

 


あの日から、ずっとセリに夢中だ。

 

メルアドはすぐに教えてくれたけど、

携帯電話番号を教えてもらうのに、2週間近くかかった。

 


「俺のこと、まるっきり覚えてなかったの?」


公園のベンチに座りながら、セリに聞いたことがある。


セリは、にっこり笑った。


「ううん、覚えてた。

『Bump of Chicken』が好きって言ったでしょ?

 Bumpを好きな人なら、もしかして気が合うかもって思ったよ。」

 

そうか。紹介者はBumpだったのか。感謝するよ。

 

 


知り合って一ヶ月経った頃、俺の部屋に遊びに来てくれた。

二日がかりで掃除をしたから、セリが座っても汚れることはない。

セリはダウンジャケットの下に、茶色のスカートとブーツ。


ブーツを脱ぐと、ちゃんとほっそりした足が現れた。

 

「へえ。男の子にしては、けっこうきれいにしてるんだね。」

 

感心したように部屋の中を眺めている。


おい。それって誰と比べてる?


おれはちょっとむっとしたが、むくれるのはやめて、

セリに桃の香りのする紅茶を入れてやり、自分にはコーヒーを注いだ。

 

セリは肩や腕がすごく華奢なくせに、胸はかなりボリュームがあり、

そのくせ腰のあたりは小さくきゅっと締まっている。


セリが小さな部屋の中をうろうろしているのを、

後ろから見てると、ついお尻ばかりに目が行ってしまう。


セリが来てくれたのがうれしくて、俺はにやにや笑いが止まらない。

 

 

セリは俺の本棚に、大学の教科書と森見登美彦の小説、

スラムダンク全巻、法律本なんかが

めちゃくちゃに突っ込まれているのを、面白そうに手でさわっている。

茶色いバスケットボールを見つけると、


「そっか、甲斐くんはバスケやるんだ。」

 

ぱっとセリが俺にボールを投げる。


受け取って、素早くハンドリングを始め、

わざと脇の下や、膝なんかをくぐらせて、ボールをさばく。

 

「すごい・・」


調子にのった俺は、セリに近づいて、セリの頭の回りや、

ウェストのそばなんかにボールを回して行って、

セリの腕をとって俺の肩にかけさせると、

その腕の回りを何度も何度もボールをくぐらせた。


セリは緊張してじっとしているが、

白い頬がだんだん赤くなってくるのがわかる。

 

「甲斐くん、やめて。落ち着かないよ。」

 

セリの顔の回りで何度かボールを回したあと、

ぴたっとボールを止め、カーペットに落とす。


セリがほっと肩をおろし、腕を放そうとするのを押さえて、

あごに手をかけると、そのままキスした。

 

世界中がぐるぐる回っているみたいだ。


こんなに柔らかいものがあるなんて・・・。

背中に手を回して、柔らかく抱きしめ、もっと唇を強く押しつける。

 

すごくいい香り。

何?シャンプーかな。それとも石けんか何か・・・。


くらくらするような香りが、彼女の首すじから立ち上ってくる。


セリは目を閉じている。


ほんの少しため息をついた時に、セリの唇を少し割って、

滑らかな歯先と甘い軟体動物みたいな舌にちょろっと触れる。


それだけで、すっと引っ込めると胸に抱きしめた。

 

「セリ・・・好きだよ。」

 

ほんとに好きなんだ。

おかしくなりそうなくらい。


セリの頭を俺のあごの下にぴったり寄せ付けて、

頭の上をあごでぐりぐり撫でる。

なんて小さな頭なんだ。


抱きしめると、ほわっと柔らかい体。

そのくせ、セリの胸の肉が柔らかくつぶれて、

俺の腕にこすれている。


触ってもいいのかな。


だめだよね。

これきり、二度と来てくれなくなったら困る。


だけど・・・ほんとに、なんていい匂いだろう。

 

「セリ、好きだ。そのまま動かないで。」

 

今度はセリを俺の腕の中にぎゅうっと閉じ込めたまま、

頭を下げて、キスをした。

 

 

 


二人で動物園に行った。

セリの好きな展覧会にも行った。

映画も見た。


セリが何かを見ている、その横顔を見るのが好きなんだ。


俺の顔を見て、話をしてくれるのも好きだけど、

セリに見とれちゃって、何の話かわからなくなることがある。


女の子ってそういうの、許してくれないだろ。

 

「ね、甲斐くん、わたしの話、聞いてた?」

 

怖い顔で、俺に迫ってくる。


聞いてたよ、ちゃんと。

だけど、同時によくうごく唇とか、細い首筋や、

耳の前で揺れている、くるくるした髪なんかも見てたら、

返事が遅れちゃったんだよ。


あんまり見つめすぎると、気持ち悪いもんなんだろ。

それくらい知ってる。

だから、セリが何かに夢中になってる時、思う存分見つめるんだ。

 

 


セリが時々遊びに来て、お茶を飲んでいくようになってから、

俺は部屋をきちんと片づけるようになった。

もともと持ち物が少ないから、

服と本や雑誌さえ、ちらからないようにすればいい。


あと、小さなテーブルを壁から少し離して置いておく。

そうすれば、並んでお茶が飲めるし、

すぐそばにある細い肩に触れながら、キスする機会をうかがうこともできる。

 

 


セリとキス。


俺がセリの肩に手をかけると、セリの黒い目がぐぅっと大きくなる。


唇が触れる前、かすかなおののきのような震えが伝わってくる

この瞬間がすごく好きだ。


セリの甘い息が俺の顔にかかって、

てのひらに、セリの柔らかい体を感じる。


あとは顔を斜めにして、距離を縮めながら、

柔らかい濡れた唇をふさぎ、こすり、引っぱり、

ぴったりと押さえつける。


それから温かい舌にふれ、きれいに並んだ歯をぐるっとなめ、

さらに奥まで探る。


気がついたら、いつの間にかセリのうなじに唇を押しつけていた。

俺の息が荒くて、セリがぎゅっと緊張しているのがわかる。

 

仕方ないだろ?


今日は髪をあげて、そんなきゃしゃな首すじを見せているんだもの。

俺にかみついてくれって言ってるのと同じだ。


どうしてもそのまま、唇が離せなくて、ゆっくりと下にすべらせ、

のどを通り過ぎ、甘い香りのする谷間へ唇を落とす。


鼻先に、ほんの少しの汗の匂いと、柔らかなおっぱいの香りがする。

我慢できなくて、ちょっとだけ舌の先でなめる。

 

「あ・・・」


セリの声だ。


俺はもっと先までキスしたい。

もっとあったかくて、ずっしり重そうな胸の先まで。


ダメ、セリ?

ダメ?

 

「甲斐くん、ダメ。」

 

ダメか。

すっと唇を離して、またセリをきゅっと抱きしめ直す。

 

ほんとに、ここで止めて良かったんだよな。

バイト先で、女にモテモテだって言うイケメン先輩が、


「ダメ、って言われて止めるなんて、礼儀知らずだぞ。

 ダメって言われたら、さらに押す。

 女にはそれくらいでちょうどなんだ。」

 

そうかな。

そうなのかもしれないけど、俺にはまだ無理みたいだ。


代わりにセリの頬に、まぶたに、耳のうらに、こめかみに続けてキスをする。


ほんの1ミリだって、セリに嫌われたくない。

ほら、セリだって、目がうるんで、顔が赤くなっている。

俺が抱きしめているから、

俺の熱をセリの体に伝えているからだよね?


俺が嫌いじゃないよね。


「セリ、好きだよ。」


言わずにおれない。

 

 

 

クリスマスは俺が誘った。

て言うか、その他もだいたいそうだけど。


別にクリスチャンではないが、いつもよりぐっと華やかになった街を

セリと一緒に歩きたかった。


それに、クリスマスを一緒に過ごしてくれるってのは、

ちゃんと俺の彼女ってことだろ?


友だちとパーティでも、家族とローストチキンを食べるんでもなく、

俺と二人で過ごしてくれる。


それがすごく特別なことなんだ。


わざとらしくどっかのレストランを予約するとか、

ホテルの部屋をキープするなんてことはしなかったけど、

プレゼントだけはあげたかった。


あのきゃしゃな体のどこかにからまる、何か俺の印をあげたい。


俺だけだと、ろくなものを選べないから、仕方なくて姉貴に聞いた。

姉貴は一度だけ、「へえ・・」と声をだしだけど、

後はからかったりせずに、

セリがどんな服を着ているか、髪型はどうか、

何色が似合うかいちいち聞いてくる。


根掘り葉掘り聞かれるのがうるさくて、

携帯で撮ったセリの写真を見せた。

 

「わあ。けっこうかわいい子だね。」


だろ?

でも、本物は、結構なんて言葉くらいじゃ、足りないよ。

 

 

それから姉貴とジュエリーショップを3軒回り、

彼女が最初に着ていた、スミレ色の石がちりばめられた、

細い細い鎖のネックレースにする。


女の子にプレゼントなんて買ったのは初めてだ。

 

 


俺から誘うのが嫌なわけじゃない。

だって俺が好きなんだから。


セリは俺が好きだって、まだ言ってくれてない。

俺は、会うたびに言ってるのに。

 

だけど、バレンタインってのは、女から誘うものなんだろ。


バレンタインに会おう、なんて、図々しくて俺には言えない。

だって、チョコや何かが欲しくて言ってるみたいじゃないか。


俺が欲しいのは、セリが俺に会いたがってくれること。

バレンタインに二人で会いたい、と

メールか電話でメッセージをくれること。


なのに、さっぱり何にも連絡がない。


別の誰かと予定があるのか。


俺のキスを受けてくれるから、

クリスマスは俺と過ごしてくれたから、

自分は彼氏なんだと思い込んでいたけど、違うのかな。


一方通行だ。

つきあっていてもかなりの割合で片思い。


それでも会いたいんだから、仕方ないけど。


セリにも俺に会いたいって言ってほしい。

俺を好きだと・・・言ってくれよ。なあ、セリ。


胃の中までどどんと落ち込んで、何にも食える気がしない。

 

 

 

 

<続く>

 

 

 

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