遠くの恋人たちへ

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「6月の末にそっちへ行けるから・・・」

 

遠くに暮らすあなたから、短いメッセージをもらったのはずいぶん前。

 

 

 

あなたの腕の硬さを思い浮かべられなくなって

かなりの時間が経つのに、それでも会えなかった。

 

目を閉じても、すぐに顔が思い出せないのが、

不安で、寂しくて、

忙しいあなたに、ついメールをしてしまう。

 

 

「どうしてる?

 もう仕事終わった?」

 

わたしのこと、思い出してくれてる?とは、怖くて聞けない。

 

 

返事のあった夜は、チカチカしたメールの文字が嬉しくて、

何度も短い返信を読み返す。

 

「あと少しで終わる。

 腹減ったよ。」

 

それだけで、

うつむきがちに携帯に見入る横顔を思い出し、

眼鏡にかかった前髪や、男らしい手を思い浮かべる。

 

「頑張ってね。

 今度、待ってる。」

 

思いをこめて送信した後は、

少しだけ落ち着くけれど、返事があったらと思うと、

眠るときも携帯が離せない。

 

 

 

 

あなたを見つけたら、その瞬間に飛びついて、

わんわん泣いてしまうだろうと思っていた。

 

なのに、空港のゲートから出て来たコート姿のあなたを見た時、

駆け寄るのをためらってしまう。

 

だって、わたしが知っていたあなたより少し髪が長い。

 

そんな風に毛先がくるっと巻いていたっけ?

 

何だか、軽く日焼けまでしているから、

どこかの知らない人のようで、

傍まで来ながら、立ち止まってしまった。

 

「久しぶりだな・・・・」


「うん・・・」

 

こちらを向いて、笑顔が注がれ、

いつもの優しい声が聞こえてきた瞬間に、

抑えてきたものが、いっぺんにあふれでて、

止まらなくなりそう。


こみあがる涙をごまかそうと下を向き、

あわててバッグの中をかき回し、ハンカチを探す。

 

「ははは・・、もうダメなのか?

 困った人だね。」

 

笑いながら、大きな温かい手がわたしの髪に触れ、

くしゃくしゃと掻き回す。


視界がにじんで、ハンカチの見つからないまま、

仕方なく一緒に笑うと、あなたの傍にやっと一歩近づく。

 

「お帰りなさい・・・・」


「ん・・・」

 

やっとあなたの目を見られた。


どこも変わってなんかいない。

照れたような笑顔も、笑うとこぼれる白い歯も、

男らしいあごの線も・・・。


うれしくて、懐かしくて、

今度はぴったりあなたに寄りそって、

荷物のない左手に、ぎゅっと腕を絡ませる。


終わりは考えまい・・・だって、まだ会ったばかりだもの。

 

 

 

 

空港の雑踏で、迷子のような目をしてたたずむ君を見つけた。


僕を見ても、どこかよそよそしく、

近くに寄って来てもくれない。


会いたかった、って言ってくれないのか?


君の顔をのぞこうとすると、すぐにうつむいてしまって、

目を合わす前から、

もうハンカチを探しているのがわかった。

 

変わらないな・・・。


こうやって暫くぶりに会う度に感じるのは、

僕たちが驚くほど、変わっていないと言うことだ。


もちろん、君の髪はずいぶん長くなって、

栗色に波打ち、背中を覆っているけれど、

僕を見つめる瞳も、

何か言おうとしてはためらって、少しほころぶ唇も、

すんなりと細い手足も、胸元からのぞく驚くほど白い肌も・・・

何も変わってなんかいなかった。


どんなに君に逢いたかったか、わかってくれているのかな。


肩を抱き寄せて、髪の匂いを嗅ぎたかったけど、

そうすると色んなことが我慢できなくなりそうで、

何もできずに、ただ、バカのように突っ立っていた。

 

 

 

「お腹空いてる?」


「ああ。昼飯を食べずに飛行機に飛び乗ったからな。

 すごく空いてる・・・」

 

あなたがお腹を押さえて、こっちを見た顔が、

おかしくて、何だか笑えてくる。

 

「先に荷物置かなくていいの?」


「大した荷物じゃない。別に平気だよ。」

 

あなたと会えたら、行こうと思っていたお店。


あんまりうるさくなくて、でも気取っていなくて、

何より二人並んで座れるカウンターがあること。

 

「いい店だな・・・」


でしょ、気に入ってくれた?


教えてもらってから、誰とも行かずに取っておいたのよ。

 

「毎日、忙しいの?」


「ああ、結構ね。先月は中国に出張に行ってた。」


「そうなの、知らなかった。」


「携帯、通じないエリアだからね。

 工場の中に缶詰になって、三日過ごした。

 一緒に行った奴が、向こうの人間とケンカになって、焦ったよ。」

 

二人の間に流れた時間をうめる会話。


あなたはどんな風に過ごしてたの?

何を考えていたの?

わたしのこと、少しは思い出してくれた?

 

 

 

 

髪が長くなっただけじゃない。

ほんの少し、やせたみたいだ。


襟ぐりからのぞく、細くなった首すじが白く誘う。

君の耳たぶに光っているピアスには、見覚えがない。


もっとも、一緒に居た時だって、

アクセサリーを変えてもわからないって、いつも怒られていたっけ。


そのピアスが前から持っているものなのか、新しいのか、

僕には区別がつかないよ。

 

「ここ、おいしいでしょ。」


「ああ、良く来るの?」


「ううん、そんなことない・・・」

 

都会にいる君は、どんな時間を過ごしているのか、

会う度、街は少しずつ変わっていく。

僕の知らない場所、知らない空間。


君がふだん誰と話し、誰と食事をし、

どこに行っているのか、僕にはわからない。


しばらくぶりに来ると、自分がお上りさんになったようで悔しい。

方向音痴の君を案内するのは、僕の役目だったのに。

 

 

 

 

幾ら話しても飽きることがない。

あなたの過ごしていた時間を、ずっと聞いていたい。


何度も夢に見た、あなたの隣にいる。


ビールのグラスを持つ手。

遠くのお皿を取ってくれる時に、伸ばす腕。


こんなにも確かに、すぐそばにあることに泣きそうになる。

 

「・・・どうした?」

 

うつむいて黙ってしまった私を心配して、

あなたがのぞき込んでいる。


向けられた、黒い瞳が心地よくて、

そのまま返事ができなかった。


「美緒?」


優し過ぎる声に、申し訳なくなった。


「ん、大丈夫。わさびが・・・つんとして、効いちゃったみたい。」

 

あなたは困ったように微笑んで、

わたしの手にほんの少しだけ触れる。


懐かしい温もりと、確かな存在感と・・・・。

そのまま、握り返したい衝動を必死に我慢する。

 

 

 

 

宿泊先のホテルまでタクシーで行こうか、と言ったのに、

「一緒に電車に乗りたい」と君が言うから、

土曜の夜の雑踏を抜けて、二人で地下鉄に乗る。


しばらくぶりの地下鉄は、ケータイに見入る人が増え、

目を閉じている人、一心に文庫本を読む人、

二人でくすくす笑っているカップル。


離れると、こんな光景すら懐かしい。

 

目的の駅につくと、少し先のホテルまで、

二人でゆっくり歩いて行った。


上階のフロント越しに、黒く広がる夜景。

柔らかいベルベットの上に、光の粒をぶちまけたようだ。


少し後ろに立つ君は、どこか張りつめたような表情をしていたけれど、

外国人の家族連れが通り、にぎやかなブロンドの男の子と目が合うと、

とたんに優しい微笑みを浮かべた。

 

間接照明が柔らかく足元を照らす中、

音もなく進む、ボーイの後をついて行く。

 

 

 

 

「美緒・・・」

 

あなたに抱きしめられ、

その声を聞いただけで、何も要らなくなった。

 

寂しかった、も、愛してる、も

みんな、あなたの声に入っているもの。


こうやってあなたを抱きしめるたら、

わたしの気持ちも伝えられるよね?


どんなに会いたかったか、

どれだけ寂しいのを我慢していたのか、

きっとわかってくれる。


見つめあうだけで、涙があふれそうなの。


うれしいのに。

やっと会えたのに、

涙なんかで、あなたの姿をぼやかしてしまいたくない。

 

あなたの匂いが体中に満ちるまで吸う。

あなたの温もりが、わたしを包んで溶かしてしまうまで、

じっと腕の中にいる。


やがて・・・優しい唇が少しずつ近づいて来て、

わたしの唇に触れたとき、

今度は目を閉じて、あなたを味わうことにする。

 

 

 

 

最初はほんの少し、ぎごちない。

それは、離れていた時間のせい。

 

だがすぐに、二人の間にしか湧き上がらない嵐が襲って来て、

たちまち夢中になってしまう。


体温をじかに感じること、

肌と肌がこすれ合うこと、

君の熱と、声と、柔らかさをつかむこと。


君に触れる度に、君とだけ味わえる感覚の大きさに

いつもながらの驚きと、明日からの深い喪失感を思わずにいられない。


この腕の中にいるうちから、

居なくなった時の寂しさを思うのは馬鹿げているとは

思うのだけれど・・・・。

 

 

 

 

朝が好き、朝が嫌い。


永遠に続けばいいと思った夜が終わり、

気がつくと、真っ白な光が鋭く差し込んで来て、

新しい日がめくられてしまったことを告げる。


まだ眠っているあなたの髪に指を入れて、

くるくると遊んでみた。


目の下にほんの少ししわがあるみたい・・・。

以前は気づかなかったのに。


シーツから出ている肩が少しひんやりしているのは、

いつものこと。


それでもこんなに近くにいられるのが嬉しくて、

裸の肩先に顔をこすりつけてみる。

 

「おはよう・・」


おはよう。

 

こぼれ落ちて行く時間の砂時計が見えた気がして、

あなたの傍から、片時も離れたくない。


あとどの位、一緒に居られる?

今度、いつ会える?


湧き上がる泡のような問いは、この時を苦くしてしまうから、

もう一度、ごくんと呑み込む。

 

「あなたが好き・・・」

 

昨夜、言えなかった言葉も、白い光の中で寄り添っていると

素直に口にのぼせられる。


あなたがわたしの肩を抱いて、

胸にぎゅっと引き寄せてくれる。


あなたとさえ居られれば・・・何も要らないのに。

 

 

 

 

君を絶対に空港になんか連れて行きたくない。


たとえ、そのために二人で過ごす時間が、

ほんの少し短くなったとしてもだ。


空港の待合室から僕の飛行機を、

たった一人で見送ることはさせたくない。


だから、どんなに中途半端でも

たとえ、ここが駅のベンチでも、

さっきから君の涙が止まらなくて、

何人かの好奇な視線が君の上を彷徨ってもだ。

 

 

本当に二人で生きていたいと思っているなら、

その時はいつか必ず来る。


君は僕を信じられるね?


笑顔なんて無理は言わない。


僕がいなくなっても歩いて行けるように、

涙が止まったのだけは、見届けたいな。

 

「今度はわたしが会いに行くわ・・・・」


「ああ、待ってるよ」

 

つないでいる手を二つに引き裂く痛みが、

もう会えない痛みより大きくなったら、

僕らは二度と会えなくなってしまう。


だから、その日を信じて、今は手を放して欲しい。

 

 

「じゃね」


「じゃね・・・・ちゃんと家に帰るんだぞ。」


「ん、大丈夫。元気でね。」

 

 

心配そうなあなたが電車に乗り込むのを

きちんと見届けた。


ドア越しの表情がまだ、心配そうだ。

だから、ぐちゃぐちゃの顔のまま、

何とか笑ってみせた。

 

「いつも、あなたを思っています・・・・」

 

もう聞こえないだろうから、

この言葉だけ、メールにするね。


無事に向こうに着いたあなたに、読んでもらえるように。


ここで待ち続けるわたしの思いが伝わるように。

 

 

 

 

 

 

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